ホルムズ海峡危機救うか「アラビアの鉄道」の潜在力 航空網混乱で「特別列車」運行、貨物新路線も登場

2月28日に始まったアメリカとイスラエルによるイランへの軍事攻撃を受け、中東の湾岸地域ではミサイルやドローン攻撃が拡大し、空域閉鎖や航空機の運航停止が相次いだ。

【よくわかる図と写真】イラン情勢の混乱で中東の航空路や海上輸送が不安定な中、アラビア半島の鉄道網が力を発揮。今年から旅客列車を運行するUAEの鉄道「エティハド・レール」やサウジアラビアの二大イスラム教聖地を結ぶ時速300kmの高速鉄道など、知られざる鉄道の姿とこれまでの歩み

主要な航空ハブであるアラブ首長国連邦(UAE)のドバイやアブダビ、そしてカタールなどを発着する航空網は広範囲で機能停止し、日本人も含め現地に滞在していた外国人の多くが移動困難な事態に陥った。

「未開業の列車」で緊急輸送

こうした状況の中、移動手段を失った人々の救援手段として「未開業の旅客列車」が使われた。UAEの「エティハド・レール」は3月3日、まだ営業運転を開始していない試運転中の旅客用車両を使ってサウジアラビア国境―アブダビ間に救援列車を特別運行して人々を運んだ。

【地図・年表と写真】イラン情勢の混乱で中東の航空路や海上輸送が不安定な中、アラビア半島の鉄道網が力を発揮。今年から旅客列車を運行するUAEの鉄道「エティハド・レール」やサウジアラビアの二大イスラム教聖地を結ぶ時速300kmの高速鉄道など、知られざる鉄道の姿とこれまでの歩み

イラン情勢の混乱に端を発し、世界でも最大の原油輸送ルートでもあるホルムズ海峡をめぐり、各国間のさまざまな駆け引きが続いている。すでに日本を含む多くの国々で石油供給への懸念やガソリン価格の上昇がみられ、今後の物価の値上がりへの不安も大きい。

湾岸地域の海上輸送にさまざまな制限がある状況の中、整備が進みつつあるアラビア半島の鉄道はその解決策の1つになるだろうか?

まず、救援列車を特別運行したエティハド・レールについて見てみよう。

エティハド・レールは、UAE政府が整備を進める国内横断鉄道であり、もともとは貨物輸送が主目的だ。硫黄やコンテナなどを輸送する鉄道として構想され、2009年に設立。サウジアラビア国境からアブダビ、ドバイを経て東部港湾のフジャイラに至る。線路の幅は新幹線と同じ国際標準軌の1435mmで、全線非電化だ。

2026年4月時点では貨物列車のみの運行で、2016年に一部区間で運行を開始。現在の路線は2023年に全線開業した。路線網はさらに拡大の計画があり、将来的には湾岸諸国全体を結ぶGCC(湾岸協力理事会)鉄道網の一部となるべく位置づけられている。

「未開業の列車」で緊急輸送, 旅客列車は26年運行開始予定, 「海峡」通らない貨物輸送ルート登場, 日本への原油輸送に影響は?, アラビア半島で鉄道の役割は増すか?

エティハド・レールの貨物列車(写真:Etihad Rail)

旅客列車は26年運行開始予定

旅客列車については、2026年中にアブダビとドバイ、フジャイラを結ぶ11駅の区間で運行を開始する予定で、その後は駅や路線を段階的に拡張する計画だ。車両はスペインのメーカーCAFが設計・製造した、大出力のディーゼル機関車を両端に連結した編成を導入している。最高速度は時速200kmだ。

まだ正式な運行開始日程は発表されておらず、現在は試験走行を行っている段階だが、今回はこの試運転中の旅客列車3本を使い、UAE国民ら350人超をサウジ国境からアブダビへと運ぶなど、航空網がマヒ状態に陥る中で移動手段を失っていた人々を輸送。鉄道による旅客輸送の威力を開業前にいち早く発揮した。

アブダビ首長国当局の発表によると、今回の特別列車運転はエティハド・レールとアブダビの危機管理当局の連携により、試運転の一環として実施した。エティハド・レールのプロジェクト担当者は、今回の旅客列車運行は「どんな状況下でも重要なサービスを維持できるよう設計されたUAEの鉄道ネットワークの対応力と柔軟性を示すものだ」と述べている。

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エティハド・レールの試運転中のディーゼル旅客列車。イラン情勢混乱で航空路がマヒする中、営業運転前の列車を特別運行して輸送にあたった=2026年3月3日(写真:

近年、アラビア半島ではドバイをはじめ都市部で鉄道の整備が進んだが、エティハド・レールのように都市間を結ぶ鉄道網も伸びつつある。

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アラビア半島の鉄道路線

その代表格は、サウジアラビアの「ハラマイン高速鉄道」である。メッカとメディナという二大巡礼都市を結ぶこの路線は全長約450kmで、2018年に開業。大量の巡礼者を短時間で輸送することを目的として建設された旅客列車専用の高速鉄道で、スペイン・タルゴ製の高速列車が時速300kmで走っている。ほかの鉄道との接続はない独立した路線だ。

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最高時速300kmでサウジアラビアの二大巡礼都市、メッカとメディナを結ぶ「ハラマイン高速鉄道」(写真:Besides the Obvious/gettyimages)

一方、アラビア半島の中で広い面積を占めるサウジアラビアにはこれ以外にも鉄道網が存在する。以前から存在する、首都リヤドとペルシャ湾岸のダンマンを結ぶ鉄道、そしてダンマンとヨルダン国境を結ぶ南北鉄道だ。これらの路線は基本的に、貨物・旅客列車の双方を運行している。

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サウジアラビアの首都リヤド駅に停車する、リヤドとダンマンを結ぶ鉄道の旅客列車(写真:Simon Dawson/Bloomberg)

「海峡」通らない貨物輸送ルート登場

南北鉄道は、キング・アブドゥルアジズ港といったダンマンの港湾とサウジ北部の鉱山地帯、ヨルダン国境のアル・ハディサを結び、途中からリヤドに延びる支線もある。サウジ北部ではボーキサイトやリン鉱石が採掘されており、この鉄道は鉱物資源を湾岸の港へ運ぶために整備された。

こうした鉱物輸送を前提に整備されてきた鉄道が、いま新たな役割を担い始めている。

サウジアラビア鉄道は3月26日、ペルシャ湾岸のキング・アブドゥルアジズ港、キング・ファハド工業港、ジュベイル商業港と、ヨルダン国境のアル・ハディサを結ぶ貨物列車の運行を開始した。同日は、ラマダン明けの祝祭であるイード・アル=フィトル直後にあたる日でもあった。

運行する貨物列車は1編成当たり400TEU(20フィート海上コンテナ換算で400個分)超のコンテナを積載できるという。日本のJR貨物のコンテナ列車の最大輸送力は1編成当たり12フィートコンテナ130個(26両編成)なので、その輸送力の大きさがわかる。

従来、サウジ国内の長距離陸送はトラック輸送に依存していたが、貨物列車を利用すれば所要時間はおおむね半減するとされる。コンテナ単位での集約輸送により、輸送の安定性も向上する。

そしてこのルートにより、ホルムズ海峡を通ることなくペルシャ湾岸と他国を結ぶ貨物輸送ルートを確保できることになる。

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砂漠地帯ですれ違うサウジ鉄道の貨物列車(左)と旅客列車(写真:Abdullah Al-Eisa/gettyimages)

日本への原油輸送に影響は?

アメリカとイスラエルによるイラン攻撃に端を発するホルムズ海峡の封鎖は、原油のみならずコンテナ貨物をはじめとする海上輸送に甚大な影響を及ぼしている。既存の鉄道を活用した新たな「貨物回廊」は、こうした影響を回避する策の1つだ。

ただ、日本に影響が大きいのはやはり原油輸送だ。では、鉄道はホルムズ海峡経由の輸送の代替となりうるだろうか?

結論から言えば、それは難しい。ホルムズ海峡を通過する原油は日量で約2000万バレル規模に達する。これは超大型タンカー数隻分に相当する量であり、鉄道で同等の輸送を行うには、車両数・ダイヤ・積み下ろし能力のすべてにおいて桁が異なる。今回の貨物新ルートが対象としているのはあくまでコンテナ貨物で、原油などの液体資源輸送を直接代替するものではない。

ただ、アメリカによるホルムズ海峡の「逆封鎖」など、湾岸地域の海上輸送の先行きが見通せない中、海上輸送に集中していた物流の一部を内陸へと分散させるルートができたことは意味がある。コンテナ貨物を陸路へ振り分けることで、港湾や海上輸送の負荷を間接的に緩和しうる。

1908年に開通したヒジャーズ鉄道が巡礼と軍事輸送を担う路線であったのに対し、2010年代に整備が進んだ南北鉄道は、サウジ国内の鉱物資源を港湾へと輸送するための路線として建設された。アラビア半島における鉄道は、100年の間にその役割を大きく変えてきた。

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アラビア半島の鉄道史

アラビア半島で鉄道の役割は増すか?

第一次世界大戦下では補給路として機能した鉄道が破壊されたが、現在は再び物流インフラとして再構築が進んでいる。湾岸から内陸、さらに紅海側へと接続されつつある鉄道網は、ペルシャ湾岸と紅海側を陸路で結ぶことで、ホルムズ海峡を通過しない輸送経路の一部を担う構造を持ち始めている。

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かつてオスマン帝国が敷設し、第一次世界大戦中に「アラビアのロレンス」が破壊した「ヒジャーズ鉄道」の機関車(写真:Westend61/gettyimages)

ペルシャ湾岸の情勢が不安定化し、今後も海上輸送をめぐる不安が続きそうな中、これからアラビア半島で鉄道が担う役割が増すかもしれない。