中野に住んで30年、56歳男性が語る「中央線の呪い」の真相 「富士山から江戸城に流れ込む“龍脈上”にあるからと言うけど…」
中央線・中野エリア「ここを愛してるのは間違いない」
JR中央線(正式には中央本線)は、東京駅から新宿・八王子を経由し、長野県の塩尻駅を経て愛知県の名古屋駅までを結ぶ路線だ。
【画像32枚】歴史もカルチャーも自然もすべてある…個性豊かで飽きない「中央線」の魅力的な街たち
全長約400kmを超える路線には、さまざまな魅力をもつエリアが広がっている。ひと言ではなかなか形容しにくい魅力があるが、本稿ではあえて沿線の東京・中野エリアをピックアップする。
「ここを愛してるのは間違いない」と語るのは、東京都にある中野駅と高円寺駅の中間に30年暮らす『月刊ダンスビュウ』編集長、吉川有機さん(56)だ。

インタビューに応じる吉川有機さん。中野と高円寺の中間に30年暮らしている、中央線Loverだ(筆者撮影)
東京都八王子市出身の吉川さんは、1996年に山梨県甲府市出身の妻と結婚。新居を構える場所は、お互いの実家に一本で帰れる中央線沿いに決めた。
複数の候補駅のなかから中野を選んだのは、東西線も乗り入れていて当時の勤務先に通いやすかったことに加え、「中野はおもしろい街だ」と直感したからだ。一時はフリーランスとして活動していたが、再び会社員に。現在は中央線で御茶ノ水に通勤する日々を送っている。
中野〜高円寺エリアに住んで30年。実家にいた頃から数えると、人生の大半を中央線沿いで過ごしていることになる。「長い路線ならではの情報量がある」と語る彼に、長く住んでいるからこそわかる沿線の魅力を聞いた。
東京と名古屋を結ぶ長大なJR中央線
東京駅から愛知県の名古屋駅まで続く、長大な幹線であるJR中央線。東京・中野駅を最寄りとする吉川さんに沿線の魅力を聞いてみると、真っ先に返ってきたのは意外な答えだった。
「中央線のなにがいいって、東西に長い路線だからこそ景色がいいんですね」
サッカー好きで各地のスタジアムに足を運んでいた吉川さんは、そうした他路線との違いを肌で感じてきた。たとえば茨城の鹿嶋方面に向かう路線では田園風景が続き「あまり景色が変わらないな」と感じることもあったそうだ。しかし、中央線はひと味違う。
「中央線はひと駅ごとに景色が変わるんです。田舎のほうに行っても、トンネルを抜けると急に雪景色になったり、桜や桃の花が広がっていたりするんですよ。都心の住宅街が続く区間の景色も好きですね。それぞれの駅でいい景色を楽しめます」

中野駅ホーム上から見た景色。ひと駅ごとに景色が変わるのは、中央線の大きな魅力だ(筆者撮影)
この車窓の豊かさには、路線の成り立ちが深く関わっている。明治時代に私鉄の甲武鉄道として開業した中央線は、地形の変化がそのまま路線の個性になった。市ヶ谷付近では江戸城の外堀跡に沿って線路が敷かれ、市街地の地形に合わせて曲線の多い区間となっている。一方、中野から立川にかけては武蔵野台地の平坦地を比較的まっすぐ貫いていく。高尾から先は山間部に入り、急勾配やトンネルが連なる区間だ。
都心のビル群から武蔵野の広い空、そして深い山並みへと、車窓が次々に表情を変えるのは、こうした地形の変化があってこそだといえる。
複数の運行系統があるため、いざというときの選択肢が多い
景色に加えて、交通面での強みも大きい。
中央線のもうひとつの特徴は、御茶ノ水から三鷹にかけて線路が4本並ぶ「複々線」になっている点だ。ここでは中央線の快速電車にJR総武線の各駅停車が並走して、各駅への停車をカバー。さらに特急「かいじ」「あずさ」といった長距離列車も同じ快速線を利用しており、快速・各停・特急がそれぞれの役割を分け合う形で運行されている。また中野駅からは東京メトロ東西線が乗り入れており、都心の地下鉄ネットワークにもつながっている。
こうした複数の運行系統があるため、どこかでトラブルが起きても代替ルートを確保しやすい。吉川さんがこんなエピソードを教えてくれた。
「大雪が降って中央線が止まったとき、八王子から都内に通勤していた妹が帰宅できなくなったんです。家に泊めてほしいと連絡がきたのですが、あちこちで電車が止まっていて。それでも妹は地下鉄を乗り継いで、なんとか東西線で中野まで戻ってこられたことがありましたね」
とくに中野駅は中央線、総武線、東西線が交わる結節点だ。ひとつが止まっても別のルートがあるという選択肢の多さが、沿線で暮らすうえでの安心感につながっているのだろう。
駅ごとに異なる顔をもつ独特な中央線カルチャー
中央線の魅力はほかにもある。沿線、とくに新宿から西に延びるエリアには多種多様な文化が息づいており、「中央線カルチャー」という言葉が生まれるほどだ。吉川さんは「路線自体が古いから、駅も古くからあるところが多い。どの駅にもそれぞれのカルチャーが自然と根づいているんだと思います」と語る。
なかでも中野から吉祥寺にかけては中央線カルチャーの中心地ともいえるエリアで、ひと駅ごとに濃い個性がある。
中野はオタク文化の発信地だ。サブカルチャーの聖地と呼ばれる「中野ブロードウェイ」には、コレクターズアイテム専門店「まんだらけ」を筆頭に、マンガやアニメ、フィギュア、レトロ玩具といったポップカルチャーを取り扱う店舗がひしめく。吉川さんによると「中野ブロードウェイ」へと続く「中野サンモール商店街」には、昔からコスプレ姿の外国人観光客がよく歩いていたという。

サブカルチャーの聖地といわれる「中野ブロードウェイ」。たくさんの人が行き交う(筆者撮影)

3階にある「まんだらけ」の本店。入り口は壁一面が本棚となっており、巨大な妖怪のお面やオブジェなどが飾られている。とにかくインパクトがすごい(筆者撮影)
だが隣の高円寺は、同じサブカルチャーの街でありながらまるで色が違う。
「中野のほうはマンガやアニメといったオタク文化の色が強い。高円寺はどちらかというと音楽や演劇の街で、もう少し歴史や厚みのある文化が根づいている印象ですね」

高円寺は古着カルチャーも色濃い街。「高円寺パル商店街」には、古着で作られたオブジェが 天井から飾られていた(筆者撮影)
吉祥寺も独特の存在感をもつ街だ。音楽やアート、古本といった文化が息づき、自然豊かな「井の頭恩賜公園」やレトロな「ハーモニカ横丁」など、この街にしかない世界観がある。吉川さんは仕事で吉祥寺に通ううち、この街の住民がもつ強い地元愛に気づいたという。23区外であることに微かな負い目を感じつつも、「吉祥寺に住んでいること」自体が住民にとってのアイデンティティになっている、と。
吉川さんが通勤で利用する御茶ノ水にも、また違った個性がある。明治大学や東京医科歯科大学などが集まる学生街として知られるが、江戸時代には上級武士や大名の屋敷が並ぶ格式の高いエリアだった。

御茶ノ水駅聖橋口を出ると、神田川を望む落ち着いた雰囲気が広がる(筆者撮影)
「楽器店やCD・レコードショップ、文具店や画材屋がたくさんあって若者の街というイメージが強いけど、歴史や文化の情緒がいまだに残っている。それはすごいことだと思います」
日々の買い物は中野と高円寺、映画を見るときは新宿へ
こうした個性的な駅が連なる中央線沿線で、吉川さんは普段どの駅を使っているのか。 聞いてみると、吉川さんは「やっぱり新宿ですね。なにかといえば新宿に行くことが多いです」と答えた。
実家が京王線沿いにあった頃から、遊びに出かけるといえば決まって新宿だった。のちの転居で中央線ユーザーになってからも、それは変わっていない。
「私のなかで都会の代表は新宿なんです。映画や買い物、昔からなんでも新宿でした」
かつてはヨドバシカメラで買い物をするのが定番で、歌舞伎町にあったダンスホールにも足繁く通った。最近は頻度こそ減ったものの、映画を見たいとき、少し大きな買い物をしたいときの行き先は、やはり新宿になる。
一方、日々の暮らしを支えているのは中野と高円寺だ。中野駅北口から広がる「中野サンモール商店街」には、アーケードのなかに100以上の店舗が連なり、天候に左右されず食品から日用品、趣味の買い物までが完結する。

全長224mのアーケードが続く「中野サンモール商店街」には、飲食店や衣料品店、ドラッグストアなど100店舗以上が軒を連ねている(筆者撮影)
「商店街の突き当たりにある『中野ブロードウェイ』の地下階には、スーパーや魚屋、肉屋、八百屋が入ってるんです。とにかく安いので、日常の買い物でよく使っています」と吉川さんは話す。食料品に関しては、仕事帰りに隣の高円寺に足を延ばすこともあるという。その理由を問うと「スーパーや八百屋の品ぞろえと価格が素晴らしいんですよ」と教えてくれた。

「中野ブロードウェイ」地下1階にある八百屋。「◯◯安いよ〜」という元気な店員さんの声が印象的(筆者撮影)
明確な理由はわからないが、中央線には「離れられない」引力がある
ここまで中央線の魅力を語ってくれた吉川さんだが、途中で弱点にも触れた。
「中央線は止まりやすい。運行本数が多いゆえに、事故も多いっていうのは間違いないですね」
JR東日本は2028年度末までに、都内の約120駅にホームドアを設置する計画を発表した。吉川さんも中野駅で「工事のマーキングがしてあるのを見た」そうなので、安全性の向上と遅延の減少が期待される。

インタビューに応じる吉川有機さん。桜の咲く「中野四季の森公園」にて(筆者撮影)
遅延や混雑を差し引いても、中央線には人を引きつけるなにかがあるのだろう。「一度住んだら離れられない」という声は多く、吉川さん自身もそれを実感している。
「かつて、三善里沙子さんの『中央線の呪い』というエッセイが話題になりました。中央線沿線に住むと、住人はそこから抜け出せなくなる、という内容です。その本には、中央線が富士山から江戸城に流れ込む『龍脈』上に位置しているから、不思議な魔力が発生している、なんてことも書かれていましたね」
吉川さん自身も「なぜだろう」と首をかしげる。同じ沿線の住民同士で「なぜ中央線から離れないのか」と話題になることがあるものの、誰もハッキリした理由は言えないそうだ。
「なんとなくだよねって話はしたことがあります。でも、そのなんとなくが意外と強いんじゃないのかな」
続く後編では、吉川さんのいう「なんとなく」の正体に迫り、中央線沿いから離れない理由をひもといていく。