サヘル・ローズさんが「見ないふりをしてしまう」私たちに問いたいこと 戦争は「遠い国の出来事」じゃないから

〈言わねばならないこと〉 「力こそ正義」なのか

 大国の「力」に世界が揺れています。「協調」や「平和」を追求してきた戦後の国際秩序が崩れつつある中、さまざまな人々の「言わねばならないこと」を通し、未来へ希望をつなぐ知恵を考えます。

 米国とイスラエルによる大規模な攻撃を受けたイラン出身の俳優サヘル・ローズさん(40)も、世界の現状に心を痛める一人です。戦災孤児で、来日後の中学時代には国籍のため、いじめを経験しました。母国に関する発言に慎重な姿勢が求められる状況の中、日本、そして世界の人々に問いかけたい思いを語りました。

  ◇  ◇

◆サヘル・ローズさんの独白「今、私たちは本当に豊かなのだろうか」

 戦後80年が過ぎた今の日本で、私はあらためて「平和」とは何かを考えています。

苦しむ子どもたちに思いを寄せるサヘル・ローズさん(石橋克郎撮影)

 戦禍の深い傷痕から立ち上がり、すさまじいスピードで経済成長を遂げ、先進国と呼ばれるようになった日本は、たくさんのものを作り上げてきました。けれども、今、私たちは本当に豊かなのだろうか、と自分自身にも、あなたにも問いかけたい。

 物価は上がり、働いても暮らしを楽にはできず、不安を抱えながら毎日を生きている方々が大勢います。声を上げたくても上げられない人、助けてと言う前に、もう諦めてしまう人も少なくはないと思います。

 そんな現実を見ていると、「先進国」という言葉だけが、どこか遠くから聞こえてくるような気がしています。

 私の祖国イランを思うと、その痛みは決して遠い国の出来事ではないのです。

◆「小さな無関心が、暴力をゆるしてしまう」

 けれど、報道される戦争や紛争は、世界で起きている苦しみのほんの一部に過ぎません。ニュースにならない戦争があり、数に入らない苦痛もあります。子どもたちが空を見上げるたびに怯(おび)え、家族が明日に希望を抱けない場所が、この地球にはいくつもあります。

 戦争は、ある日突然、どこか遠くから落ちてくるものではない気がしています。

 それまでに、憎しみが育ち、分断が置き去りにされ、誰かの痛みを「自分には関係ない」と見過ごした先で、少しずつ形になっていく。それが「戦争」ではないでしょうか。

「小さな無関心が暴力をゆるしてしまう」と語るサヘル・ローズさん(石橋克郎撮影)

 だから私は、傍観者でいることも、加担することにつながるのではないかと感じています。見ないこと、知ろうとしないこと、考えることをやめてしまうこと。そういう小さな無関心が、暴力をゆるしてしまうのではないでしょうか。

 それは遠い国の話だけではありません。教室の中でも、職場の中でも、誰かが静かに傷ついている瞬間は、きっとあるはず。いじめもまた、特別なものではなく、誰かを「外側」に追いやることで成り立ってしまいます。そして多くの場合、それは誰かの黙視によって支えられています。

◆「戦争を起こすのは、権力を持つ人でしょうか」

 日常は、私たちが思うよりずっと弱いものです。昨日までそこにあった暮らしが、明日も同じように続くとは限らない。笑い合った食卓も、通い慣れた学校や職場も、戦火だけでなく、災害や貧困、差別によって、あっという間に壊れてしまうかもしれません。

 だからこそ、いま目の前にある日々を「当たり前」と思わず、その脆(もろ)さにも想像力を向けなければいけないのだと思っています。

「日常の脆さに想像力を向けてほしい」と語るサヘル・ローズさん(石橋克郎撮影)

 私は心から日本を愛しています。そして同じように、この地球を愛しています。本来、私たちは国境や肩書の前に、ただこの星に生きている1人の人間です。地球は誰か1人のものではなく、奪い合うためにある場所でもないはずです。

 それなのに、なぜ戦争はなくならないのでしょう。戦争は、いったい誰が起こしているのでしょうか。権力を持つ人でしょうか。武器でしょうか。歴史でしょうか。

 それとも、痛みに慣れ、見ないふりをしてしまう私たち自身なのでしょうか。 戦後80年のいま、その問いを、私は読者の皆さんに問いかけたいです。

 サヘル・ローズ 1985年、イラン生まれ。イラン・イラク戦争のさなかに孤児となり、7歳まで孤児院で過ごし、8歳で養母と来日。2017年の主演映画「冷たい床」でイタリア・ミラノ国際映画祭、最優秀主演女優賞。世界の難民キャンプの子どもらを訪ねるなど人道支援活動も続け、2020年に米国で人権活動家賞を受賞した。近著は、戦争だけでなく、いじめや不登校に苦しむ子どもたちへ向けたエッセー「生きることから、すべては始まる 希望の地図を探す旅人」(大空出版)。

「日常の脆さに想像力を向けてほしい」と語るサヘル・ローズさん(石橋克郎撮影)

【関連記事】"サヘル・ローズさんは言う「憎しみの連鎖は次の戦争の引き金に」 孤児として生きのびた経験から伝えたいこと

【関連記事】"あなたのNOを、誰かが必要としている ガザ攻撃で考える「声を上げる意味」〈世界と舫う 畠山澄子〉

【関連記事】"<視点>LGBTQ公表議員ゼロ 少数者の「強み」に目を 千葉支局・長屋文太