日産スカイラインはどこで道を誤った? 「諦めない」から早5年 日産は新型スカイラインをどのように売っていくべきなのか

 日産の長期計画発表以降、自動車界隈は新型スカイラインの話題で持ちきりだ。しかしどこかで「スカイラインは変わってしまった」という思いを持っている人もいるだろうし、なんだか腑に落ちない人もいるだろう。スカイラインはいったいどこで変わってしまったのか。そして道を誤ってしまったのか。新型に課された使命を紐解いていこう。

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文:ベストカーWeb編集部/写真:ベストカーWeb編集部、日産

「外資系勤務のタワマンに住んでいる人」

1957年の登場以来、13代にわたって展開されてきたスカイライン。それだけに「スカイライン」そのものに強い思い入れがある人も少なくない

 スカイラインといえば日本を代表するGTサルーンであり、その歴史は2027年で70年を数える。かつてのGT-R伝説から始まり、スポーツイメージも強いクルマであったが本来のスカイラインが目指してきたモデル像というのは「万能性」にある。

 ワインディングでは快適かつ走る喜びを感じさせ、家族旅行では人数分の荷物とお土産を満載して子どもと奥さまはスヤスヤ眠り、出張やゴルフなど高速道路をひとりで移動する時はハイペースで疲れ知らずのロングランをきめる。いつでもどこでも、どんなステージでも移動する喜びを感じるのがスカイラインなのだろう。

 原理主義的なことを言い始めるとキリがないのだが、近年の日産ファンがスカイライン離れをした明確な事柄がある。代表的なものが2014年のV37スカイライン発表時。「どのような人物像がターゲットか」というメディアの質問に商品企画担当者は下記のような返答をしたと報じられた。

「40代前半の男性で、共働きの奥さまがいて、娘さんがおひとり。そして都心のタワーマンションに住んでいる外資系企業の管理職の方です(抄訳)」。

 通常の新車発表会や記者会見において、自動車メーカーサイドはメディアからの想定問答をしっかり用意する。もちろん「外資系管理職」の受け答えもアドリブではなく用意された回答なのだが、これまでスカイラインを支えてきた層からすればいきなり遠いところにスカイラインが旅立っていってしまった感じだろう。

2014年に13代目として登場したV37型スカイライン。写真は、2017年のスカイライン60周年イベントでのもの。インフィニティ・スカイラインてさ!

 日本市場で、しかもスカイラインに対してあまりにも的外れな内容だし、そんなハイパーエリートのような人物に向けた車種であるわけがないことは日産社内でも理解していたはずだ。しかしそれがまかり通ったというのは、担当者自身の思惑というより、役員などの要求がかなり強かったと見るのが自然だろう。

 さらに迷走は続いていく。V37は日本に導入する予定もない「インフィニティ」エンブレムを装着して「インフィニティ・スカイライン」などというあり得ないブランディングを敢行。「スカイラインは北米を見ている」という国内世論に完全に対抗したのだ。公式にスカイラインは日本を離れ、そして日産自動車を離れたように捉える人は多かった。

 さらにさらに、2019年にはインフィニティエンブレムをやめて日産エンブレムに戻すという、もはや愚行とも思える動きをする。こんなに混沌とした迷走状態は、日産の歴史においてもなかなかないだろう。ましてやスカイラインで、だ。

ダウンサイジングターボも登場したV37。走りは「スカイラインらしい」と評する声も多い

 なにより悲痛なのが、ステア・バイ・ワイヤやハイブリッド、そして400RなどV37スカイラインの開発現場で汗をかいてきたエンジニアたちだ。エンジニアが担当できる車種は生涯でも限られている。日産でスカイラインを担当できるというのは大きな「誉れ」であるのだ。しかし自分たちが担当した技術的にチャレンジングだったスカイラインがしょうもないマーケティングに潰されていく。

 当時のエンジニアたちの忸怩たる思いを聞くたびに、メディアとしてもスカイラインの話題には熱が入ってしまうのをお許しいただきたい。

スカイラインはファンに寄り添う必要はない?

先日発表された新型スカイラインに関するティザーからは、歴代の要素が読み取れると話題になった

 新型スカイラインに話を移そう。スカイラインは新型になっていったいどこに向かうべきなのか? 現状のティザー画像を見ている限り非常にコアなファンに寄り添ったデザインになっている。ファンとしては大歓迎だし、近年のデザインテイストから外れ、変化に富んだものでワクワクする姿になっている。

 このデザインの決定もなかなか大変だったという話も聞くが、今回発表された「クラシカル案」と別にもうひとつ「V型スカイラインの系譜を継ぐデザイン案」も複数あったはずだ。そのなかでこのクラシカルデザインが採択されたのにはイヴァン・エスピノーサCEOの思い入れも大いにあったであろう。

 ただ日産が改めて認識してほしいのはこのクルマはスカイラインであって、決してインフィニティQ50の日本版ではないということだ。

2007年に登場したGT-R。スカイラインとは別れたものの、2008年にはニュルブルクリンクで当時の量産市販車最速タイムを記録。世界に与えたインパクトは強烈そのもの

 日本人が思うスカイラインらしさは確固たる根強いイメージがあり、そこから離脱することは容易なことではない。しかしメーカーが意欲を抑えて、世間に迎合するのもまた違う。次世代スカイラインが控える今こそ、市場とメーカーのギャップを乗り越えた歴史を思い出してほしい。

 それは2007年にGT-RがR35になり「スカイライン」から離れた時だ。これまでのスカイラインGT-Rを愛するユーザーとメーカー間のブランド理解に乖離が起きた。

「V6はGT-Rじゃない」「車重が重すぎる」「MTがない」などそれまでのスカイラインGT-Rとの差にネガティブなイメージが先行した。しかし蓋を開けてみればどうだ。圧倒的な実力と777万円というとんでもないバーゲンプライスでR35は「GT-R」の分離に成功して名声を収めた。イヤーモデルが出る頃にはそんなネガを言っていた層もほぼ消えた。

もはや日本の宝、世界の宝と言ってもいいスカイラインだからこそ次の歴史につなげてほしい

 これは開発責任者の水野和敏氏をはじめ、当時のGT-Rに関わるチームの徹底したマーケティングからなるものだった。ニュルブルクリンクと仙台ハイランドでクルマを鍛えあげ、日本のファンも置いてけぼりにしない情報公開を徹底していた。

 その積み重ねでR35 GT-Rは日本のスカイラインGT-Rファンの溜飲を下げさせたのだ。歴史から学ぶのであればスカイラインは決してファンにすり寄ることがマストではない。メーカーとしての確固たる意志とユーザー理解がなによりも大切なのだ。

 2014年のベストカー本誌にてV37スカイラインのインプレッションを担当した編集部員が次のような原稿を残している。

【スカイラインというクルマに求められるのは「お客様の声を聞いて作り上げた」無難な”商品”ではなく、作り手が熱いメッセージを込めた、「新しいスカイラインはいままでとは違う、こんなスカイラインです!」という”想い”なのではなかろうか】

 どうか新型スカイラインのCVEやマーケティング担当者は販売現場や開発現場の声をしっかりと聞いてほしいし、スカイラインを知る層にも、そしてこれからスカイラインに触れる層の声も聞いてほしい。2027年、70年も続くスカイラインブランドの舵取りが大きく変わろうとしている。