「自由に暮らしたかった」と悔やむ母忘れられず…不動産会社会長が私財を投じて「高齢者向けアパート」をつくった理由

「人生100年時代」と言われるが、友人や話し相手がいない―――。高齢者の孤立・孤独は深刻な問題だ。高齢の独居男性の15%は会話頻度が「2週間に1回以下」という衝撃のデータもある。孤独から抜け出すにはどうすればいいのか。一人で住んでいた一軒家を断捨離し、高齢者が集う小さな賃貸アパートに転居した人々をたずねた。
* * *
■会話かみ合わなくても「笑顔」
晴天が広がった4月初旬のある日。さいたま市南区の住宅地にある小さなアパートをたずねると、敷地内のテラスのいすに座り、高齢の男女が談笑していた。
筆者も仲間に混ぜてもらい、おしゃべりをしていると、敷地内に、金髪でピンク色の派手なコートを着た高齢女性が入ってきた。
「あ、〇〇さんが帰ってきた! おーい、〇〇さん!」
男性がそう叫び、手を振った。
女性は82歳の入居者で、歩いて近づいてきたものの、ただニコニコしているだけ。
「〇〇さん、補聴器つけた方がいいってば!」と、みんなが笑いかける。女性は声がよく聞こえていないのか、会話はかみ合わなかったが、その表情は明るい。しばらく談笑は続いた。

■母は「自由に暮らしたかった」と後悔
ここは埼玉県指定の居住支援法人「あかつき会」が運営する高齢者向けアパート「あかつき館 明花」だ。テラスと中庭にテーブルといすが設置され、さらに中庭には家庭菜園があり、入居者が植えた野菜が育っていた。
理事長の碇亮(いかり・りょう)さん(78)は、地元の不動産会社「バックアップ」の会長でもある。長崎県出身の碇さんは上京して大学を卒業後、たたき上げで会社を築いた。だが、自身が年を重ねるにつれ、高齢者の孤独に関するニュースを目にすると、苦しく感じるようになった。
碇さんの母は長く施設で過ごして亡くなったが、施設は外出にも許可がいる。「体が動くうちは自由に暮らしたかった」と悔やんでいた母の姿は今も脳裏に焼き付く。
高齢者の孤立・孤独問題は深刻で、特に男性で顕著だとされる。国立社会保障・人口問題研究所の調査では、高齢の独居男性の15%は会話頻度が「2週間に1回以下」という衝撃の結果が出ている。
「財産を私の家族が分け合うよりも、この世の中に何を残せるか、何を未来につなぐことができるかを考えたんです」と碇さん。

■私財を投じて高齢者向けアパート運営
高齢者が人生の最期まで自由に、生き生きと暮らせる住まい作りを決断した。私財を投じて2020年から高齢者向けのアパートを建設し運営を始め、今ではさいたま市内と近隣に4棟を構える。
家賃はアパートにより異なるが、4万5000~6万5000円ほど。談話ができるテラス席や家庭菜園が整備されている。風呂と洗濯機は共用で複数設置されており、24時間、好きな時間に使うことができる。さらに掃除は業者が行ってくれるのがメリットだ。水道・ガス代は共益費から支払われる。部屋には家具のほか、キッチンと冷蔵庫などが備え付けられており、引っ越す際の持ち物は最低限で済む。

■家事負担を減らして暮らし楽しむ
「高齢者はお風呂などの水回りの掃除が大変で、すぐにカビなどの汚れがでてしまいます。家事負担を大きく減らし、その時間を自由に使ってほしいと考えました。『ホテルのように自由に楽に使える』と、とても好評なんです」と碇さん。
また、風呂を使う際は、部屋の番号が書かれた札を脱衣場への扉にかけるルールにしている。「高齢者はお風呂での事故に注意が必要ですが、『あれ、〇〇さんの札、まだかかっているね』と、お互いの見守りにつながります」。入居者は、そんな「共用」のスタイルをメリットだと感じてくれているという。
入居の条件は自分で生活でき、問題行動を起こさないこと。希望者には碇さんが直接、面談することにしている。
現在の入居者は70~90代が中心。その多くは、一人暮らしをしていた家を思い切って断捨離したり、サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)などの施設に入居していたが、施設を出る選択をした人たちだ。
入居者みんなが口にしたのは、施設で必要のない施しを受けるよりも「自由」がほしかったということ。そして何より、一人暮らしの孤独や不安から抜け出したいと願っていたことだ。
■さみしさを抱えていた
テラスにいた男性は、聞けば79歳。県北部で100坪を超す土地に建つ家に一人で住んでいたという。
傍目には立派な一軒家に住むご老人だが、当の本人は会話もない日常に、ずっとさみしさを抱えていた。掃除や庭の手入れも、つらく感じるようになっていた。

人づてにこのアパートの存在を知り、転居を決断した。
「朝起きて、テラスに来れば誰かがいておしゃべりできる。全然、孤独じゃないよ。ここはきれいなアパートだけど、雰囲気は昭和の良い時代の長屋みたいでね。『ちょっと醤油切らしちゃったから貸してよ』、なんて人情味がある暮らしができるんだよね」とうれしそうに話す。
■楽しく暮らせて「一人ぼっちじゃない」
テラスにいた女性は70代。夫に先立たれてから、4LDKの一軒家に一人で住んでいた。「テレビが友達みたいなさみしい暮らしで…。掃除だけでも大変だし、変なリフォーム業者が来て、家の中まで上がりこんできたこともあってね」
入居したのは2年前。自然と仲間ができて、花火を一緒に見たり、イベントに連れ立つこともある。「楽しく暮らせるし、一人ぼっちじゃないから安心しますよね」と女性は話す。
他にも、近所のラジオ体操にアパートのみんなでいくうちに、アパートとは違う仲良しの友達ができたという70代の女性。サ高住から転居した男性は、「自分が食べたいものを食べて、行きたい場所に好きなときに行ける。自由っていいよなあって思うよ」と笑う。
■チャレンジ続けていきたい
碇さんが熱意だけで始めた事業のため、採算はギリギリ。それでも、碇さん自身が入居者とのつながりを楽しんでいるし、感謝の声がうれしい。「不動産会社で利益を出している、うちのような会社にしかできないチャレンジだと思います」と、アパートをもっと増やしていきたいと熱く語る。
高齢者の孤立・孤独は、健康を害するリスク要因になるとも指摘される。事実、笑顔だらけだった入居者たちからは想像がつかないが、碇さんが面談した時は表情がとても暗かった人が何人もいたという。
「こんなに変わるんだなあって、学ばされますよ」(碇さん)

体さえ元気なら、必要なのは自由な暮らしと、一緒に笑い合えて、たまに助け合える仲間。生活資源は最低限で十分だ。
「あかつき館」という小さなアパートにいた人々は、「持たざる暮らし」を選択し、新たな幸せを手にした人たちだ。老後の幸せとは何か。彼らの生きる姿は、ひとつのヒントなのかもしれない。
(ライター・國府田英之)
・見栄晴 「私、幸せなの」母親が介護施設で漏らした言葉に救われた 逝去する瞬間、手をぎゅっと
・介護施設に初出勤した日、渡された制服の臭いを嗅いだ 元グラビアアイドル・岩佐真悠子さんが「介護は天職」と語るまで
・安藤優子「介護があっても働くことを諦めないで」 母を看取った日、いつも通り生放送へ