糖尿病でも「好きな外食」を優先…83歳女性の《食事制限より大切なこと》を支える訪問看護師が見た、「幸せな老後」の正解

「看護師の格好で家に来られると困るんだ!」

【写真】医療過疎地の訪問看護師が「絶対に持ち歩いているもの」

ある日、北海道八雲町にある「リリーホームナーシング訪問看護ステーション(以下、リリー)」の代表で訪問看護師の木村久子さん(57歳)に、漁師町に住む60代の利用者からクレームが入った。リリーを開設して間もない、今から7年前のことだ。

利用者宅に出入りする木村さんを見た隣近所の人たちの間で、「あの人はもう長くないらしい」という噂が出回っているというのだ。

広大な町内と近隣町村は医療過疎地域

「看護師が家にくるほどの重病」。これが世間の訪問看護のイメージなのかと、木村さんは新鮮な驚きを覚えたという。

「私が訪問するのはいいけれど、近所に看護師ということがバレないように普通の服で来てくれということでした。私は看護師のユニホームを着て訪問することも利用者さんやご家族の安心につながるかなと思っていたのですが、それは私のおごりというか、病院看護師の発想だったんです。ガツンと訪問看護の洗礼を受けました」

病院看護師歴27年のキャリアを持つベテランの木村さんは、迷うことなくユニホームを廃止。それ以来、リリーの看護師はトレーナーにパンツといったシンプルで動きやすい私服で利用者宅を訪問している。「隣の奥さんが遊びに来たみたいな感じ」がちょうどいいらしい。

北海道森町在住の木村さんがリリーを開設した八雲町は、木村さんの生まれ故郷である。函館市と室蘭市の中間に位置し、東京23区の約1.5倍の面積に人口は1万4000人余り。少子高齢化と人口減少が進み、広大な町内と近隣町村は医療過疎地域だ。

リリーは開設時から現在も、八雲町と近隣町村では唯一の民間ナースステーションである。木村さんを含めた看護師4人体勢で、365日7時から21時まで利用者宅を訪問しながら、24時間オンコール、緊急時訪問もこなす。

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全利用者宅に持っていく基本の看護セット(写真:木村久子さん提供)

八雲にある医療施設はほとんどが平日9時から17時、日祝日は定休日という体制だ。リリーは医療の空白を縫うように利用者宅を訪問する。訪問に使う車の1カ月のガソリン代は12万円。年間走行距離は6万キロを超えるという。

2年前からリリーを利用しているAさん(83歳)は、夫と死別した20数年前から1人暮らしだ。2人の子どもたちは車で3時間の札幌に住む。

糖尿病でも好きに外食をする

Aさんは14年前に2型糖尿病発症、3年ほど前からごく軽度の認知症も出現している。週1回の治療薬の注射のために通院していたが、診察日を忘れたり、雨の日は来なかったりということが続き、Aさんの自宅から徒歩数分のリリーに、主治医から訪問看護の依頼がきた。

小柄でおしゃれ。いつもニコニコしているAさんには町内にちゃん付けで呼び合う昔からの友人が大勢いて、毎日のように家を行き来してお茶をし、行きつけの喫茶店に集合してランチを楽しむ。友人の家族の車でおいしいものを食べに遠出することも多い。

「過去に糖尿病の食事療法の指導も受けたそうですが、友だちとの外食が楽しいからできるわけもなく……(笑)。代わりに週1回の注射が選ばれたって感じですね。主治医が出した在宅療養の方針は唯一、現状維持だけ。薬を毎日飲んで、週1回きちんと注射をしていれば日常生活の制約も特にありません。食べることは大好きですが、外食しても年齢的に食べる量はそれほどでもないし、カロリーの制限よりも皆でわいわい食べるほうが、Aさんには大事なんです」

娘も、母の性格と暮らしぶりを十分に把握している。「母の今の生活の中でコントロールできることがあればそれでいい」というスタンスだ。

訪問看護の訪問時間は30分。最初の5分は今日までどう過ごしていたかを聞く。それからバイタルチェック、注射と続き、服薬カレンダーに薬をセットする。

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持ち歩く血圧計は電子血圧計ではなく、不整脈など細かな変化を感知する手動のタイコス式にこだわっている。利用者に合わせて成人用、幼児用、乳児用3種類のカフ(腕に巻くもの)を持ち歩く(写真:木村久子さん提供)

その間じゅう、Aさんは何回も「もう終わった?」「まだやることある?」とたずねてくる。

「そろそろ終わりますよ」と伝えると、Aさんは弾んだ声で「コーヒー出すから待っててね!」と言って台所に向かうのが常だ。

無用なトラブルを避けるため、利用者からの頂き物は禁止にしている事業所が多く、リリーも契約時の重要事項説明書に記載している。

木村さんが「訪問先では何も食べてはいけない決まりなんですよ」と困った顔をしても、Aさんは「2人しかいないんだから、誰にも言わなきゃいいことでしょ」と鋭いところを突いてくる。

1人暮らしのAさんは自宅に誰かが来てくれるのがうれしくて仕方ないのだ。その気持ちをむげにはできないので、木村さんは3回に1回くらいごちそうになることにしている。

看護師よりも「好きなこと」を優先してほしい

そのかわり、“楽しい茶飲み話”では終わらせない。一緒に台所に立ってコーヒーを入れる手順やガスの使い方を観察し、出された茶菓子は、自尊心を傷つけないようにさりげなく賞味期限をチェックする。

Aさんは認知障害については専門科の受診をしていない。利用者の日常生活の変化を把握して関係各所につなぐことも、リリーの役割である。

「買い物もお金の計算もできるし、人とのコミュニケーションも問題なく、携帯電話も使えます。調理も動作面に関しては大丈夫。身支度も問題ない。でも物の管理と日付の認識ができなくなっています。

亡くなったご主人にお供えしたお菓子を一緒に食べましょって、お仏壇から下げてくるのですが、その賞味期限が半年以上前とか、堅焼き煎餅なら大丈夫かなと思ってかじったら、まるでぬれ煎餅状態とか。Aさんに限らずご高齢の利用者さんの場合、お仏壇から下げてくるお菓子は要注意というのは、在宅あるあるなんですけれどね(笑)」

物の管理に加えて、物忘れも激しくなってきている。

朝と晩の薬の飲み忘れや、リリーの訪問日や訪問時間を忘れて外出してしまうことが多くなった。どこにも出かけないで家にいるときは順調に薬を飲めるし、看護師の訪問も忘れないのだが、外出の予定が入ると頭の中はそこにまっしぐら。他のことが抜け落ちていく。

木村さんの訪問看護のポリシーは、利用者の社会生活を“縮めない”こと。

「在宅医療だからこそ、社会生活があるのは必然だし必要なことです。定期的に必要な医療ケアがある場合は別として、慢性疾患で病状が安定しているならば、お出かけや来客などの予定を優先してほしい。

特に認知症の方にとってお友だちとの交流は脳を活性化させると言われています。予定を立てるとき、その日は看護師が来る日だからダメだって思ってほしくないんです」

「老健施設への越冬入所」でやせて帰ってきたが…

Aさんが大好きなお出かけが、不在や服薬忘れの原因ならば、それを組み込んで対策を立てる。

木村さんは主治医と相談して薬は朝1回の処方に切り換えて、訪問回数を週1回から2回にした。週2回ならば、Aさんが薬を飲み忘れた日が続いても2日間で済む。それから訪問時間を今までの13時半から午前中の10時半に変更した。

「元々、Aさんは朝が弱いから訪問は午後からにしていたんですが、寝起きを狙うことにしました。まちがいなく家にいますから(笑)。訪問のキャンセルや夜間への振り替えが多い月は利用料が加算され、毎月の請求額が流動的でしたが、週2回の寝起き訪問にしたことで毎月の利用料も安定しました。年金の中から出しているお金なので、ずっと気になっていたんです」

目下の課題は、雪が降る12月~3月の暮らしである。道路は凍結し、暖房器具による火事も心配なため、Aさんは2年前から、この期間は町内の老健施設に越冬入所をしている。

しかし、昨年3月に施設から自宅に帰ってきたAさんがあまりにやせていて、木村さんは驚いた。糖尿病の数値がよくないAさんは、施設では糖尿病食になるからだろう。もちろん医師が常駐しているので、やせていても健康状態には問題ないのだが……。

「脂肪が落ちたのはいいことですが、高齢なので同時に筋肉も落ちてしまいました。Aさんは体力も衰えて、何かの病気ではないかと不安な様子でした。でも早速、お友だちとの外食が再開して、皆さんのフォローも大きく、2カ月ほどで在宅バージョンのAさんに戻りました」

老健施設での食事管理は糖尿病の医療コントロールとして最善である。しかし、木村さんは在宅でそれを目指すことは絶対的な正解ではないと思っている。残された人生をどう過ごすのかは、個人の権利だからだ。

病院や施設と同じ管理を望む人、ライフスタイルを大事にしたい人。木村さんは利用者の希望や病状を主治医と共有して医療指示をもらい、介護や福祉とも連携して、利用者に合わせたサポートの策を練る。

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木村さんが車に常備している2軍バッグの中身。創傷処置セットや使い捨ておむつ、防水シートなど、主治医の指示書以外の突発的・不測の事態の処置に使うものが入っている(写真:木村久子さん提供)

健康的な食事よりも大事なこと

糖尿病は治癒する病気ではない。Aさんの場合、治療の目的は正常値を目指すのではなく危険水域にいかせないこと。だから食生活の改善や運動ではなく、訪問看護を利用して服薬と注射で数値をコントロールしていく。

主治医と共有する治療方針のベースにあるのは、楽しく自分らしく自宅で暮らしたいというAさんの希望である。

Aさんには、望めば娘の世話になって札幌で暮らすという選択肢もある。だが、本人は八雲を離れる気はないと断言している。木村さんはそんなAさんの楽しい日常を一日でも長く支えていきたいと考えている。

「冬は道路が凍結して徒歩での外出は難しいため、日々の買い物をどうするかが大きなネック。私は生協の宅配が有効かなと思うんです。私の訪問日に一緒にカタログを見ながら注文のマークシートをつければ、Aさんの脳トレになるし、認知症の度合いを測ることもできる。今から少しずつ一緒に訓練していけば、越冬入居期間を短くできるかなと思います」

今年も北海道の遅い春の到来とともに越冬入居を終えたAさんが自宅に帰ってきた。「木村さん、ただいま!」の声が嬉しい。