倍率は数百倍、世界中から注文が殺到。日本の独立時計ブランドが、なぜ今世界を熱狂させているのか

倍率は数百倍、世界中から注文が殺到。日本の独立時計ブランドが、なぜ今世界を熱狂させているのか
なぜ今、スイスの高級ブランドではなく、日本の小さなブランドに世界中の富裕層やコレクターが熱狂しているのか? その理由は、大きく4つの要因が絡み合っている。
日本の独立時計ブランドに世界が熱狂する4つの理由
1. スイス時計への疲れと個性の渇望
長年、高級時計といえばロレックスやパテック フィリップなどのスイス勢が絶対王者だった。しかし、近年ある変化が起きている。
時計が「資産価値」や「投機対象」として見られるようになり、純粋な時計好きが面白みを感じなくなってきた。他人と被ることへの拒否感もある。どんなに高い時計であっても、お金さえあれば誰でも手に入る以上、量産品であることに変わりはない。「誰も持っていない、製作者の顔が見える、物語のある時計が欲しい」という世界中のコレクターの渇望が、独自の哲学を持つ日本の独立時計師へと向かっていったのである。
2. インターネットによる発見と拡散
かつて、日本の小さな工房の存在を世界が知る由もなかった。しかし、SNSと専門メディアの力が状況を一変させた。
大塚ローテックのような見たこともない動きをする時計や、ナオヤ ヒダ アンド コーの手彫りの文字盤は、インスタグラム上で言語の壁を超えて一瞬で拡散される。世界で影響力のある時計メディアが日本の作家を特集したことで、「日本の独立系時計ブランドを買うこと=最高にクールな行為」という認識が定着した。
3. 価格と品質のバランス
海外の富裕層から見ると、日本の独立時計は「安すぎる」と評価されている。スイスの独立時計師の場合、フィリップ・デュフォーやF.P.ジュルヌなどの時計は数千万円から億単位が当たり前の世界だ。一方、日本の場合はどうか。
菊野昌宏のような超絶技巧の時計でも数百万円から1000万円台。ナオヤ ヒダ アンド コーの200万~300万円台の時計は、仕上げレベルがスイスの1000万円クラスに匹敵するという評価を受けている。大塚ローテックやクロノトウキョウに至っては、数十万円台から購入が可能だ。「このクオリティでこの価格はあり得ない」と判断され、注文が殺到しているのである。
4. 日本特有の職人精神への信仰
世界には「Made in Japan」の狂気的なまでのこだわりに対する強い信頼がある。効率よりも美学を優先する独自の世界観、侘び寂びや伝統、アニメ・SF・ガジェット、デザインの素晴らしさ。こうした日本らしい多様な魅力が、欧米の時計にはないスパイスとして機能しているのだ。
菊野昌宏「和時計改 暁鐘」
日本の伝統と超絶技巧の芸術品

Masahiro Kikuno
菊野昌宏/1983年北海道生まれ。高校卒業後、陸上自衛隊に入隊。2005年に自衛隊を除隊し、ヒコ・みづのジュエリーカレッジで時計づくりを学ぶ。卒業後も同校に研修生として残り、独学で機械式時計をつくり始め、わずか3カ月後に不定時法を用いる和時計を完成させた。2011年、スイスの独立時計師協会(AHCI)に日本人で初めて準会員として入会し、世界最大の宝飾と時計の見本市「バーゼル・ワールド」に初出展。2013年には最年少でAHCI正会員に昇格している。年間1モデルを2、3本、オーダーメイドで製作するというスタンスをとっている。
「日本」と「腕時計」という言葉から連想するのは、おそらくセイコーやグランドセイコーだろう。しかし、それは正しいながらも、やや短絡的だ。日本は、スイスやドイツと並んで独立時計師の重要な宝庫なのである。そして、日本の伝統への純粋な畏敬の念を持ち、手造りと先祖伝来の手仕事による技術芸術への献身ぶりは、ひたすらに驚異的である。
才能あふれる若き時計師、菊野氏の代表作「和時計改 暁鐘」は、2016年にバーゼルワールドの新作として発表された。この作品の主な特徴は「江戸時代の和時計を再現」したことにあり、太陽の動きに合わせて昼夜の長さが変化する「不定時法」を、機械式腕時計の複雑機構として現代に蘇らせたことだ。不定時法とは、日の出と日の入りの間(昼)と、日の入りと日の出の間(夜)をそれぞれ6等分して「一刻(いっとき)」とする時間制度である。季節によって昼夜の長さが変わるため、「一刻」の長さも毎日変化する。
「和時計改 暁鐘」は、全面に彫金師の金川恵治氏の手作業による彫りが施されている。前面の装飾は、金の薄板を糸鋸で透かしたのちに彫りを施し、青銅で作られたケースを見せるようにして奥行を作っている。側面には麻の葉文様が緻密に彫り込まれ、裏面には純銅と黒四分一の木目金をあしらい、「暁鐘」の名が彫られている。モデル名「暁鐘(ぎょうしょう)」の由来は「夜明けの鐘」である。江戸時代、人々は寺院がつく鐘の音で時刻を知った。「暁鐘」は、その情景を腕時計の中に再現しているのだ。
独学で機械式時計の製作技術を身につけた菊野氏が、設計から加工、組み上げまで、ほぼ全ての工程を一人で手作業で行っている極めて希少な作品である。
・ブランド:菊野昌宏
・モデル名:和時計改 暁鐘
・ケースサイズ:42mm×34mm
・ケース厚:12mm
・ケース素材:ブロンズ、ゴールド
・巻き上げ方式:手巻き
・風防:サファイアクリスタル
・パワーリザーブ:約48時間
・防水性:30m防水
・価格:非売品
公式サイト
ナオヤ ヒダ アンド コー「NH TYPE 3B-3」
理想のヴィンテージウォッチを追求した腕時計

Naoya Hida & Co.
飛田直哉/1963年京都府京都市生まれ。1990年より複数の外資系専門商社においてセールスやマーケティング業務を担当。F.P.ジュルヌやラルフ ローレン ウォッチ アンド ジュエリーの日本における代表を務めた後、2018年にNH WATCH株式会社を設立した。
2018年に設立され、2019年にファーストモデルを発表して以来、日本の独立系時計ブランドとして世界中の愛好家から熱狂的な支持を集めているナオヤ ヒダ アンド コー。創立者の飛田直哉は、かつてF.P.ジュルヌやラルフ ローレン(時計部門)の日本代表を務め、ヴィンテージウォッチの造詣も深い業界の重鎮だ。
彼が「現代の技術で蘇らせる、理想のヴィンテージウォッチ」というコンセプトを掲げ、「自分が本当に欲しい時計」を追求して作ったのが、ナオヤ ヒダ アンド コーである。1930年代~1950年代のパテック フィリップ(カラトラバ等)に見られるような黄金比の美しさを持ちながら、ヴィンテージ特有の水や衝撃に弱いという弱点を現代の技術で克服している。
ナオヤ ヒダ アンド コーの時計には、3つの徹底的なこだわりがある。最大の特徴は、インデックス(数字)がプリントや植字ではなく、職人の手彫りであることだ。彫金師の加納圭介氏らが顕微鏡を覗きながら一つ一つ数字を彫り込み、そこにカシュー(合成漆)を流し込むという、信じられないほど手間のかかる技法を採用している。これにより、プリントにはない立体感と温かみが生まれる。
ケース素材には、ロレックスなどが使用していることで知られる「904Lステンレススチール」を採用している。通常の時計に使われる316Lよりも硬く、腐食に強く、研磨した時の輝きが美しい素材だが、加工は非常に困難である。あえてドレスウォッチにこのタフな素材を使うことで、日常使いに耐える耐久性を持たせている。
搭載されるムーブメント(Cal.3019SSなど)は、汎用機の「バルジュー7750」をベースにしているが、クロノグラフ機構を取り去り、手巻き仕様に徹底的に改造したものだ。なぜわざわざクロノグラフの機械を使うのか? それは「大きなテンプ」による精度の安定性と、手巻きした時の「コハゼの音と感触」にこだわり抜いた結果である。モデル名はシンプルに「TYPE(タイプ)」と番号で呼ばれている。
TYPE 1/ブランドの顔となるモデル。37mmケースにスモールセコンド(9時位置の秒針)を備えた、王道のクラシックデザイン
TYPE 2/センターセコンド(秒針が中心にある)モデル。より実用的でモダンな印象
TYPE 3/ムーンフェイズ(月齢表示)搭載モデル。美しい月のディスクが特徴
TYPE 4/36mmのケースを備えたややスポーティなデザインのモデル
TYPE 5/レクタンギュラーケースのモデル
TYPE 6/永久カレンダー機構を搭載したドレスウォッチ
2025年に発表された「NH TYPE 3B-3」は、2022年から製造されている代表作のひとつ「NH TYPE 3B」の派生モデルであり、17~18世紀の懐中時計を彷彿とさせるディテールを腕時計のサイズに凝縮することを目標として製作された。大きくくりぬかれた窓から見える18Kイエローゴールド製の月の顔、そして11個のローマンインデックスは、すべて熟練した職人による手彫りで表現されている。前作「NH TYPE 3B」との最大の違いは、外装がステンレススチール(SUS904L)から18Kイエローゴールドに変更されたことにある。また、ムーンフェイズ・ディスクにはラピスラズリが採用された。
さまざまな理由から、ナオヤ ヒダ アンド コーの時計は大量生産ができない。年間生産数は非常に限られており、販売は公式サイト受注期間中の申し込みが基本となる。現在、日本国内のみならず海外のコレクターからも注文が殺到しており、非常に入手が困難な「幻の日本の時計」のひとつとなっている。
・ブランド:ナオヤ ヒダ アンド コー
・モデル名:NH TYPE 3B-3
・ケースサイズ:37mm
・ケース厚:10.8mm
・ケース素材:18Kイエローゴールド
・巻き上げ方式:手巻き
・風防:両面無反射サファイアクリスタル
・キャリバー:3021LU
・パワーリザーブ:約45時間
・防水性:50m防水
・価格:¥8,250,000
公式サイト
大塚ローテック「9号」
男のロマンとギミックを詰め込んだ発明品

ŌTSUKA LŌTEC
片山次朗/1971年生まれ、東京都文京区出身。デザイン学校卒業後、トヨタ系列の会社でカーデザイナーの仕事に就き、「アルテッツァ」や「ファンカーゴ」などの外装デザインに携わる。その後、会社を退職し、クラシックカー専門店でメカニックのアルバイトをしながらプロダクトデザインの仕事を始め、2000年にプロダクトデザイナーとして独立。2012年に東京・大塚で時計ブランドを立ち上げる。2024年には国際的な「GPHG」で国産初の部門賞を受賞している。
大塚ローテックは、デザイナーであり時計作家である片山次朗が手掛ける、日本のインディペンデントな時計ブランドだ。従来の日本の独立時計ブランドとは異なり、「レトロフューチャー」や「工業製品」のような独特の魅力で世界中の時計ファンを熱狂させている。その特徴と人気の理由を解き明かしていこう。
大塚ローテックの時計は、高級ジュエリーのような煌びやかさではなく、昭和の時代の電圧計や水道メーター、あるいはSF映画に出てくるコクピットの計器のような、「計器としての時計、ガジェットとしての魅力」を追求したデザインが特徴だ。ブランド名の「大塚」は片山氏が活動拠点としていた東京の地名。「ローテック」は「Low Technology(ローテクノロジー)」の略である。デジタル全盛の現代にあえてアナログな機械式の面白さを追求するという想いが込められている。
大塚ローテックの時計は、普通の「時針・分針」が回る時計とはまったく違う動きをする。扇形に針が動いて戻る(レトログラード)、数字が瞬時に切り替わる(ジャンピングアワー)。これらを実現するために、ベースムーブメントには信頼性の高い日本のミヨタ製を使い、その上に片山が自ら設計・製造した独自の駆動モジュールを載せている。
ケースデザインには、あえてビスを露出させたり、ワイヤー状のラグを採用したりと、工具や重機を思わせるディテールが満載だ。「スチームパンク」や「メカ好き」の心を鷲掴みにするデザインだが、決して安っぽくはない。金属の質感や加工精度が非常に高いため、「大人の遊び道具」としての品格が漂う。
大塚ローテックが2025年9月22日に発表した「9号」は、株式会社ミネベアミツミの特製ルビーボール・ボールベアリングと世界最小ボールベアリングが採用されている。このモデルは片山氏がモジュールだけでなく、ベースムーブメントから手掛けた自社製ムーブメントを搭載。ジャンピングアワー、リワインディングミニッツ、トゥールビヨン、アワーストライキング、パワーリザーブインジケーターなどの複雑機構を、縦41.3mm、横26.4mmのスクエアケースに収めている。
現在、大塚ローテックは日本で最も入手困難な時計のひとつとなっている。製造数は、片山が小規模で製造・組み立てを行っているため限られている。販売方法は基本的に不定期の抽選販売であり、新作や再販のアナウンスがあると世界中から応募が殺到し、倍率は数百倍ともいわれている。当初は日本のマニア向けだったが、海外の著名な時計メディアに取り上げられたことで世界中で爆発的な人気となり、海外コレクターも血眼になって探している状況だ。
大塚ローテックは、「高級時計=金無垢や宝石」という既成概念を壊したブランドである。安価で丈夫な汎用ムーブメントを使いながら、アイデアとデザイン、そして金属加工の技術で「時刻を見るのが楽しい」と思わせる独創的な機構を作り出しているのだ。
・ブランド:大塚ローテック
・モデル名:9号
・ケースサイズ:48mm(縦)×30mm(横)
・ケース厚:13mm
・ケース素材:ステンレススチール(316L)
・巻き上げ方式:手巻き
・風防:サファイアクリスタル
・キャリバー:SSGT
・パワーリザーブ:約40時間
・防水性:30m防水
・価格:¥17,600,000
公式サイト
クロノトウキョウ「37mm INSEKI '隕石'」
天才時計師の美学を量産技術で表現したプロダクトデザインの傑作

Kurono Tokyo
浅岡肇/1965年神奈川県生まれ。東京藝術大学美術学部デザイン科卒業後、浅岡肇デザイン事務所を設立。プロダクトデザイナーとしての傍ら、コンピューターグラフィックスの技術がまだ浸透していなかった時代にいち早く3DCGなどの先端技術を身につけ、広告や雑誌の世界でも活躍。腕時計のデザインを手掛けた仕事をきっかけに独学で腕時計づくりを始め、2009年に日本で初めて高難度のトゥールビヨン機構を搭載した高級機械式腕時計を発表。その強烈な独自性を放つ時計は世界中から注目されている。現在も時計製作の全工程をゼロから手掛ける独立時計師として活躍中であり、世界で数十人の独立時計師から構成される国際的な組織、独立時計師アカデミーAHCIの正会員でもある。
クロノトウキョウは、日本を代表する独立時計師である浅岡肇氏がデザイン・設計を手掛ける時計ブランド。浅岡が自ら手掛ける時計は数千万円クラスで、注文しても数年待ちという状態だ。
少しややこしいが、このブランドには2つのプロジェクトがある。1つ目は「クロノトウキョウ(CHRONO TOKYO)」。日本の時計セレクトショップ「チックタック(TiCTAC)」専売の日本国内向けモデル名だ。2つ目が「クロノ・ブンキョウ・トウキョウ(Kurono Bunkyō Tokyo)」。海外向けに展開しているグローバルブランド名である。基本的には同じデザイン・設計思想だが、ロゴや文字盤の色展開が異なる。現在、海外では「クロノ・ブンキョウ・トウキョウ」が爆発的な人気を博しており、「GPHG(ジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリ)」にノミネートされるほどの評価を得ている。
クロノトウキョウの最新作となる「37mm INSEKI '隕石'」も、実にユニークな1本だ。隕石をクロノトウキョウの文字盤に使用するアイデアは以前から温められていた。しかし、製品化には2つのハードルがあった。
クロノトウキョウの文字盤はボンベダイヤルであることが特徴だが、隕石自体を加工することは難しい。そこで、ブルズアイのデザインとして中央部分を隕石にし、その周辺を外周に向かって緩やかなカーブをつけた。こうして、クロノトウキョウらしい隕石文字盤が完成した。この隕石はムオニオナルスタ隕石と呼ばれ、約100万年前にスウェーデンに落下したものだ。主成分は鉄だが、切断面をエッチング処理すると組織の組成の差から文様が浮き出てくる。
隕石の文字盤はひとつひとつが異なり、同じものは2つとない。場合によっては面白みのない文様になってしまうことがある。これが2つ目のハードルだった。そこで浅岡氏自身が全文字盤をチェックして良い文様だけを選び、その証として文字盤に判子をあしらった。100万年前といえば、人類が誕生する遥か以前のことだ。今日の予定を確認するために時計に目をやると、そこには悠久の時を経た隕石がある。すると「日々の時間があまりにもちっぽけなものに感じられる」というのが、この時計の試作品を身に着けていた時に浅岡が感じたことだ。
氏はこう続ける。「この時計を使うと、もしかしたら時間にルーズになるかもしれません。そのことを予めお断りしておきます」
・ブランド:クロノトウキョウ
・モデル名:37mm INSEKI '隕石'
・ケースサイズ:37mm
・ケース厚:11.5mm
・ケース素材:ステンレススチール
・巻き上げ方式:自動巻き
・風防:サファイアクリスタル
・キャリバー:MIYOTA 90S5
・パワーリザーブ:約40時間
・防水性:30m防水
・価格:¥308,000
公式サイト
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