東武SL大樹、プロしか知らない「毎日運行」の裏側

SLを「毎日運行」している, SLが行ったり来たり, 「安全を見せる」ことを意識, 「撮り鉄好み」の煙の正体, 機関庫内でどんな作業をしている?, 再び転車台に載って出発, まだまだ「伸びしろ」がありそう

東武鉄道の蒸気機関車(SL)「C11形123号」。午後の運行に備え一度機関庫に入る(撮影:鼠入昌史)

2017年に運行を開始した、東武鉄道の蒸気機関車「SL大樹」。当初はJR北海道から借り受けた「C11形207号」による運行だったが、2020年に「C11形325号」、2022年には「C11形123号」が加わって、現在は3両体制になっている。

【はじめに写真を見る】意外に知らない「SL大樹」運行の裏側。鬼怒川温泉駅から下今市駅に戻ってきたSLは客車を留置線に入れると切り離して機関庫へ。次の運行の準備をして、今度は客車の鬼怒川温泉方へ連結…と大忙し。これを毎日やっているのだから大変だ

いわゆる“鉄道の無煙化”が実現してもう半世紀経つというのに、世にも珍しい“SLの毎日運行”を実現している。

SLを「毎日運行」している

曜日によって運行は異なるが、下今市―鬼怒川温泉間を2往復する「運行パターンD」の場合、午前と午後にそれぞれ1往復ずつ走る。

そんなSLの運行で見せ場になっているのが、入れ替えシーンだ。終点に到着して折り返すとき、列車の進行方向はそれまでと反対になる。

【写真】鬼怒川温泉駅から下今市駅に戻ってきたSLは客車をバックで留置線に入れると切り離し、転車台に載っていったん機関庫へ。次の運行の準備を済ませると、今度は客車の鬼怒川温泉方に連結…と大忙し。これを毎日やっているのだから大変だ

電車ならば両端に運転台があるから運転士が移動するだけで済むが、先頭に連結した機関車で引っ張っている場合はそうもいかない。そこで、転車台を使って蒸気機関車の向きを反転させて進行方向に移動させる作業が必要になる。「機回し」などと呼ばれるこの作業が、下今市駅・鬼怒川温泉駅で行われているのである。

午前の往復運転を終え、下今市駅に到着した蒸気機関車の入れ替えの様子を見学した。

SLを「毎日運行」している, SLが行ったり来たり, 「安全を見せる」ことを意識, 「撮り鉄好み」の煙の正体, 機関庫内でどんな作業をしている?, 再び転車台に載って出発, まだまだ「伸びしろ」がありそう

午前の鬼怒川温泉駅までの1往復を終えて下今市駅に戻ってきた「SL大樹」(撮影:鼠入昌史)

SLが行ったり来たり

お客を乗せた「SL大樹」が下今市駅のホームに到着するのは11時51分。お客を降ろすと、まずは上り方面に機関車が先頭に立って進み、踏切を越えた先で進路を反転。機関車が後ろから押す“推進運転”で留置線に入る。

ここで機関車と客車が切り離され、機関車だけが再び上り方面へ。すぐに反転して今度は転車台に続く線路に転線する。

下今市機関区の職員が振る旗を合図に後ろ向きにゆっくりと進み、転車台にも職員がスタンバイ。午後の運行まで、機関車は機関庫に入って水などの補給や整備を行う。転車台に載った機関車はぐるりと回り、向きを変えるとバックして機関庫の中へと収まった。

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一度下今市駅上り方の踏切の向こうまで移動し、留置線にバックで入る(撮影:鼠入昌史)

この様子はフェンスを隔てた広場から誰でも見ることができる。また外国人観光客の姿もあった。行楽シーズンの休日ともなれば、なかなかのにぎわいになるのだろう。乗るだけではない「SL大樹」の楽しみ方といっていい。

「見られているものですからね、気が引き締まります」

こう話してくれたのは、東武鉄道下今市機関区車両科長の大谷秀明さん。入れ替え作業や機関庫内での整備を担当する車両科の責任者だ。手作りの小さな旗を一緒に振っている子どもの姿も見るとか。SLが走り始めて8年、すっかり地域にも馴染んでいるようだ。

「安全を見せる」ことを意識

眞壁正人下今市機関区長も言う。

「SLの運行に関わる人の動きも“魅せる”ことで楽しんでもらう。おもてなしというのはもちろんですが、まず『安全を見せる』ことを意識しています」

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客車を切り離した機関車だけがバックで機関庫の脇から転車台方面へ(撮影:鼠入昌史)

「お客さまから『一緒に写真撮ってください』とお声がけいただくことが多いのは、現場のモチベーションにつながっているように思います」と話すのは運輸科長の伊藤健一さん。

「地元のお子さんがイベントごとにきてくれて、それで親御さんやおじいちゃんおばあちゃんとも仲良くなっています」(伊藤運輸科長)

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左から大谷秀明車両科長、伊藤健一運輸科長、眞壁正人下今市機関区長(撮影:鼠入昌史)

「撮り鉄好み」の煙の正体

ちなみに、SLが走るとなれば、写真を撮りたくなる鉄道ファンも少なくなかろう。実は、伊藤運輸科長もそのひとり。「東武の車両はなんでも好き」と言ってはばからない伊藤科長、SLの運行を担う立場になったいまでも折を見て撮影に足を運んでいるという。

「撮り鉄としては黒い煙を上げて走ってもらいたいんです。でも、だいたいは透明な煙で、運転がうまいなと思いつつ、残念だなと」(伊藤運輸科長)

そんな撮り鉄共通のホンネに対し、眞壁機関区長は言う。

「黒い煙が出ているということは、不完全燃焼なんです。愛好家の方へのサービスで、ここは黒い煙を出さないとというスポットもありますが、もちろん完全燃焼のほうがいいんです」(眞壁機関区長)

不完全燃焼だと煙管にススが溜まるなど、車体にも負荷がかかる。出力を上げる登坂区間でも、黒い煙が出るのは最初の一瞬だけなのが実は腕のいい機関士の証し。ただ、とくに気温の高い夏場は蜃気楼のようにしか見えず、写真映えがしなくなるというわけだ。

それはさておき、午前の運行を終えて機関庫に戻って来たSLは、午後の運行に備えてひと休み。といっても、その間にも整備や準備の作業を続けている。その1つが「缶替え(かまがえ)」だ。車体下(つまりレールの間)に設けられたスペースに、火室の中の余分な灰をかき出してゆく。機関車が去った後にのぞいてみれば、燃え尽きた石炭の灰が層になっていた。

車両の前方ではシューシューと激しい音を立てながら白い蒸気を地表に向かって吐き出している。まるでいまにも出発しそうな勢いだが、これはドレン切りという作業。シリンダーの中に残っていた蒸気が冷えて水になって溜まったものを排出する作業だ。

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シリンダーに溜まった水分を吐き出すドレン切り。ものすごい勢いで水蒸気が噴き出す(撮影:鼠入昌史)

機関庫内でどんな作業をしている?

「また、このときに水や石炭の補給もしています。石炭は3トン積みで、1往復で0.5トンしか使わないので、毎回補給するわけではないですが、水は半分ほど使ってしまうので補給しています」(大谷車両課長)

もちろんこうした作業の間も火室から火を絶やすことはない。それどころか、1日の運行を終えても、またその日1日出番がない機関車でも、常に石炭は燃え続けている。24時間、蒸気機関車から火が消えることはないのだ。これを「保火」という。

「長期間運転しないようなケースを除き、火を消すことはありません。火を保っておくことで、運転前に早く圧力を上げることができるんです。もし消してしまったら、それだけ出発に時間を要することになる。とくに冬場などは鉄でできているSLのこと、冷え切ってしまって全体が温まるまでにかなり時間がかかってしまいます」(大谷車両科長)

実際、その日は運転しないという機関車の運転台に入らせてもらうと、保火だけだというのにムワっとする熱気を感じる。

火を絶やさないということは、もちろん夜中も誰かが火の番をしているということだ。その担当者は「保火番」と呼ばれ、機関区の職員が交代で担当している。このあたり、車庫に入れてパンタグラフを降ろしたら終わりの電車とは大違い、である。

「実は、最近では保火の火種として石炭だけではなくおがくずを固めたバイオ燃料も使っているんです。営業運転に使えるほどの火力は出ませんが、保火ならば充分ですからね」(大谷車両科長)

再び転車台に載って出発

と、意外なエコへの取り組みも聞いたところで、そろそろ午後の運行に向けた出発時間が近づいてくる。午前の運行を終えて機関車と客車は切り離されているから、再び連結してホームに入線しなければならない。

つまり、ここでも入れ替えが発生するというわけだ。機関庫を出た機関車は転車台に載り、少しだけ回転して今度は留置線の下り方に向かい、客車の先頭に連結する。

その後、機関車から客車へのブレーキホースもしっかり連結されているかを職員がていねいに確認。万が一運行中に連結が外れたりブレーキが利かなかったりしては一大事。複数の職員によって、確実な確認作業が行われている。もちろん、こうした作業の様子もSL広場から眺めることができるのだ。

SLを「毎日運行」している, SLが行ったり来たり, 「安全を見せる」ことを意識, 「撮り鉄好み」の煙の正体, 機関庫内でどんな作業をしている?, 再び転車台に載って出発, まだまだ「伸びしろ」がありそう

ゆっくりと機関庫を出て午後の運行へ(撮影:鼠入昌史)

その後、推進運転で踏切の上り方まで引き上げ、その後進路を反転してホームへ。ホーム入線後は、普通の列車と同じようにお客を乗せ、定時になったら高らかに汽笛をあげて出発する。

ただ、普通の列車とは違うのは見守る人の誰もが手を振っているということだ。ホームに立つ駅員や機関区の職員はもちろん、広場から出発を眺めていた観光客、また地元の親子連れ。みな手を振って「SL大樹」を見送っている。この心温まるシーンが、いわばSL運行による最大の効果にして、真髄といっていい。

SLを「毎日運行」している, SLが行ったり来たり, 「安全を見せる」ことを意識, 「撮り鉄好み」の煙の正体, 機関庫内でどんな作業をしている?, 再び転車台に載って出発, まだまだ「伸びしろ」がありそう

再び転車台を経て、客車の鬼怒川温泉方先頭へ連結する(撮影:鼠入昌史)

【写真をすべて見る】午前に鬼怒川温泉駅まで往復して下今市駅に戻ってきたSLが午後に再び出発するまで。進行方向を変えるだけでも相当複雑な動きをしていることがわかる。その間にいったん機関庫に入って準備をするなど想像以上に忙しい

一方、今後の課題がないわけではない。下今市―東武日光間の「SL大樹ふたら」が加わったにせよ、基本は下今市―鬼怒川温泉間の運行。それも週1回などではなく毎日の運行だ。だから、撮り鉄が集中しないというメリットはあるものの、うがった言い方をすれば“特別感”が薄れてしまう。

「最近は日光への外国人観光客も増えてきていますが、SLにはまだそれほど、なんです。日本人観光客に『これって毎日走ってるの?』などと聞かれることも」(大谷車両科長)

まだまだ「伸びしろ」がありそう

東武の沿線の駅ではポスターなどでお知らせしているので、うまく周知をしていけば、伸びしろはありそうだ。

SLの運行を始めるにあたって、東武鉄道では迷惑をかけることになると沿線の住民宅を訪ねて説明を繰り返して理解を得るなど、地道な活動によって“地域の資産”としての価値を獲得してきた歴史がある。

もし、わずかでも時代が違えば、コロナ禍もあったことだし、なかなかSLの運行が実現しなかったかもしれない。そうした中で手にした地域の資産・SL大樹。息の長い活躍を願いたいものである。