「吹奏楽部の指導」はまるで都市伝説、呼吸法も高音奏法も「エビデンス」がない?《指導の質》を高める科学的検証の必要性
わが国の吹奏楽文化の源流と言える中学校の吹奏楽部は、その大半が少子化によって、現状維持が困難になることは間違いない。地域展開が進む中で、部活動という枠組みから、各地域によって再構築される演奏団体(以下、これを「地域響」と呼ぶ)へと変貌するだろう。
【グラフ】エビデンスが見当たらない「吹奏楽の指導」。実は、基本となる呼吸法もその1つだ。
その過程で特に重要になってくるのが、「指導者」だ。これまでは、主に学校教員が「顧問」という形で運営と指導を担うことが一般的であったが、従来の顧問教員がそのまま地域響で指導を継続するとは限らない。
働き方改革の関係で、指導から解放される顧問もいれば、指導したくても継続がままならない場合も多々出てくるであろう。事実、すでに指導者の“人材難”の兆候はそちこちで表れている。
「感性中心の指導」脱却のため注目すべき要素
かと言って、単に吹奏楽部の所属経験がある人材が必ずしも能力的にふさわしいとは言えない。地域響の「質の担保」のためにも、音楽界発展のためにも、指導者の養成について再考すべきであろう。
以前の記事「【後編】吹奏楽コンクールの審査基準や指導法に違和感、地域展開で『音楽基礎教育』が必須な理由 」でも指摘したが、これまでの吹奏楽指導は基本的に“感性中心”のものがほとんどだった。「個人差」を超えた論理的かつ普遍的な根拠に基づき成り立っている指導はほぼ皆無と言っていい。
新生吹奏楽としての地域響の指導が、そのような根拠のないままでよいはずはない。今こそ感性中心の指導から脱却するために、私たち大人が再勉強して指導のあるべき姿を再考しなければいけない。
作品への審美眼の涵養やソルフェージュ等の音楽基礎要素の重要性については、すでに前述の過去記事で述べた。今回は、演奏における「身体性」のエビデンスの観点から、新たな指導のあり方について考えていきたいと思う。
エビデンスなき指導「呼吸法」の都市伝説
管楽器演奏における「呼吸法」は、さまざまな「言い伝えの宝庫」の代表格だ。その中心は「腹式呼吸」であり、長らく管楽器演奏の呼吸法の基礎として認識されている。これに関して、筆者がこれまで耳にしてきた指導の代表例は以下のとおりである。
・お腹を膨らますように息を吸う
・息を吸う際には肩を上げてはいけない
・お腹で支えて息を吐く
これらの真反対の教えもあるようで、実はいずれもきちんと系統だったメソードは確立されてはいない。管楽器界は感性や経験の積み重ねに重きをおく傾向が強いため、こうした教えの真偽については多く語られることなく都市伝説のように伝承されてきたのだ。
以下は、筆者が2023年秋にSNSを中心に管楽器の奏法に関するアンケート集計を展開し、国内のほぼ全世代2047人から得た結果の一部である。吹奏楽界の都市伝説的な指導がどのくらい普及しているのかを確認する目的で行ったものだ。

基本奏法の言い伝え(呼吸)
この呼吸指導の言い伝えに関する結果を見ると、1・2・3に関しては全世代を通じてかなり幅広く伝播された教えであると考えられる。しかし、実は「本当に正しい呼吸法」としてエビデンス付きで論じられているものがまったくない。
例えば、吸った息は必ず肺にしか入らず「お腹」には入らない。そもそも、「お腹」とはどこを指すのか。胃に空気は入らない。肺に息が入るのであるから当然肺は膨らみ、その勢いで肩周りも広がり伸び上がるはずなのに、なぜ「肩を上げてはいけない」のか。
筆者はこのような呼吸法の指導の矛盾を長く研究しているが、明確なエビデンスと共に指導法を記したものは、残念ながら見当たらない。
わが国における腹式呼吸に関しては、古くは平安時代の書「梁塵秘抄」の中で、歌舞音曲を行う際に、腹式呼吸と思しき呼吸が重要であると書かれている。だが、こうした腹式呼吸がどのように管楽器演奏の基盤となったかは、未だ明確ではない。
海外の管楽器界に目を向けると、非常に興味深い書籍がある。フランスのトランペット奏者であり、パリ国立高等音楽院で1等賞を取得し、理論的教育者として活躍したミシェル・リキエール(Michel Ricquier)氏の著作『Traite Methodique de Pedagogie Instrumentale(管楽器教育における体系的アプローチ:筆者訳)」である。
本書は管楽器教育を中心に、呼吸を軸とした意識の捉え方や心理学的考察に基づく指導法を詳細に記述し、脱力や呼吸、セルフコントロール、意識の活用法について非常に詳細に説明されているのだが、その中に、何と「HARA」という項目があり、以下のように腹式呼吸について記されている。
この書籍の出版は1982年だ。筆者が知る限り、それ以前に海外において類書は見当たらない。つまり、この書籍の出版以前に、西洋では腹式呼吸という概念が、管楽器演奏において認識されていなかったことが考えられる。
また現状も、欧米諸国の管楽器指導において腹式呼吸が強調されることはあまりないように感じる。少なくとも筆者は欧米への留学時代に一言も耳にしていない。
これらのことから筆者は、明治維新直前に西洋から「輸入」された軍楽隊の教えに腹式呼吸は含まれていなかった可能性が高く、日本は「文化として根付いていた腹式呼吸」を独自に管楽器演奏に応用したのではないかと推測している。
管楽器演奏における腹式呼吸にはそもそもエビデンスがないのだ。吹奏楽指導者はそのことを認識し、経験則だけに頼らず、医学や生理学的など身体分野の研究も学び、最もふさわしい呼吸法を考えていく必要があるのではないだろうか。
「金管楽器の高音奏法」もまた非常に多様であり、確実なエビデンスを見つけることが難しい“都市伝説的な指導法”の1つである。
以下は、先述のアンケートで、金管楽器の高音吹奏について、都市伝説的な指導がどのくらい行われているのかを調査した結果である。

基本奏法の言い伝え(金管高音吹奏)
高音の吹き方についての指導がいかに多様であるかがわかるのではないだろうか。正反対の指導が同程度存在しているものもあり、統一された指導というものが確立されていない、認知されていないということがうかがえる。
実際問題として、科学的な根拠、すなわち個人差の影響を受けない確定的な事実・事象によって「理詰め」で確立した高音奏法について、これまで一度も見たことがない。
期待が膨らむ「金管楽器吹鳴」の研究
だが実は、科学者の間ではすでに数十年前から、金管楽器吹鳴のメカニズムを解明しようとする動きがある。代表的なのは、筑波大学博士課程学生だった榎田氏らの論文(※)である。彼らは人工の吹鳴装置を作り、金管楽器の発音元である唇の振動を再現し、さまざまな角度から唇のアパチュア(唇の隙間)が音の高さに与える影響について検証を行ってきた。
※榎田翼・若槻尚斗・水谷孝一、2013、「トランペットの吹鳴における唇のアパチュアの大きさが音高に与える影響」、電子情報通信学会論文誌、J19-A、No.5、pp197-204

人工の吹鳴装置(写真:「19th International Congress on Sound and Vibration」での榎田翼・若槻尚斗・水谷孝一の発表論文より)
筆者は、この研究メンバーだった若槻氏の活動に期待を膨らませている。より精度の高い、「口唇の筋肉機能を内蔵した新型人工口唇」の開発に取り組んでいるのだ。
25年の日本音響学会音楽音響研究会での発表によると、若槻氏は、従来の人工口唇は人間の口唇機能を十分に再現できていないと考え、その検証のために、マウスピースを付けた人間の口腔内をファイバースコープカメラで撮影し、演奏時の口唇の振動を計測した。その結果、人工口唇の吹鳴時とは異なり、高音域では口唇の振動範囲が横方向に縮小する一方、縦方向には明確な変化が見られなかったという。
「科学的検証」と「音楽人の感性」のすり合わせ
この結果は、吹奏楽界に存在する「高音時にアパチュア(唇の隙間)を小さく」という指導とも一致している。つまり、従来の人工口唇と実際の人間の唇では、高音吹鳴時に違いが見られたわけだ。
この違いを生むものは何か。おそらく、唇の構造、皮膚と筋肉、歯と唇の関係、アンブシュア(奏法時の口の形)を構成する口輪筋および取り巻く諸筋肉の関係性等が、影響しているのではないかと思う。私たち音楽人が感覚的に持っている吹奏楽の経験値を、若槻氏らが取り組んでいるような科学的検証とすり合わせていくと、解明されるかもしれない。そうなれば、上手な演奏者と初心者の口唇の振動の違いも明らかとなり、よりよい指導法が見いだせるかもしれない。
これからの時代は、科学者の研究に音楽人も関心を向け、子どもたちの管楽器教育にあたる必要があるのではないだろうか。
奏法の論理的な理解を深め、普遍度の高い要素に裏打ちされた指導法を確立し、管楽器演奏の質を上げることが、「吹奏楽部の再構築」の重要な土台になることに疑問の余地はないはずである。