「強いプーチン像」に陰り 勝利なき戦勝記念日

2021年の戦勝記念日パレード後の献花式に出席したロシアのプーチン大統領(モスクワ)
ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は四半世紀以上前に権力の座に就いて以来、ナチスドイツに対するソ連の勝利記念日であり、ロシアにとって最も神聖な日とされる5月9日を中心に新たな国家的宗教を築き上げてきた。
プーチン氏は今週9日に戦勝記念日のパレードを主宰する。ウクライナとの戦争がソ連のナチスとの戦争の期間を超えて以来、初めてのことだ。
だがそこに祝うべき勝利はない。首都モスクワを含むロシア全土にウクライナの執拗(しつよう)なドローン(無人機)攻撃が続く中、同氏は祝賀行事の期間中に停戦を求めざるを得ない状況に置かれている。パレードの主催者も安全保障上の脅威を理由に、装甲車両の展示や士官候補生の行進を取りやめ、イベントを大幅に縮小した。モスクワでは数日間、携帯電話とインターネットへの接続が遮断される見通しだ。
前線が膠着(こうちゃく)してロシアの死傷者が100万人を超える中、経済への打撃も続く。ミサイルやドローンを使った攻撃が日常化していることもあり、ロシアでは深刻な不満がここ数カ月で全土に広がっている。プーチン氏の統治にとって、これまでで最も大きな逆境となることが考えられ、2023年に起きたエフゲニー・プリゴジン氏によるクーデター未遂よりも深刻なものとなる可能性がある。
ロシア治安当局は中国の「防火長城(グレート・ファイアウォール)」を模倣し、ほとんどのオンライン活動を遮断する厳しい新規制でこれに対応している。これはドローン攻撃を防ぐ必要性から正当化されている。だが攻撃が続いているにもかかわらず、規制があまりにも厳しいため、戦争を支持する忠誠な国家主義者たちでさえ革命の予兆について語り始めている。モスクワの社交の場では、クーデター準備の疑惑や治安機関内部の派閥抗争に関するうわさが飛び交っている。

2025年の戦勝記念日パレードのリハーサルの様子。今年のパレードに装甲車両は登場しない
だからといって、ロシアで革命が差し迫っていたり、現在73歳のプーチン氏が近く権力の座から退いたりするというわけではない。だが、昨年12月と比べ空気が一変しているのは明らかだ。ロシア当局者らは当時、ロシア寄りの条件で和平合意を受け入れるようドナルド・トランプ米大統領がウクライナに迫ると期待し、経済制裁も解除されて経済活動にも恩恵がもたらされるとの見方に沸いていた。
心理的な転換点は1月に訪れた。ロシア政府はウクライナの「脱ナチス化」を掲げ、プーチン氏のいわゆる「特別軍事作戦」を展開。その期間が1941年から45年にかけてのナチスドイツとの戦争の長さを超えたのが、この時期だった。ロシアではナチスとの戦争を「大祖国戦争」と呼んでいる。
現在は国外に住むロシア野党政治家で、かつてプーチン氏のスピーチライターを務めたアッバス・ガリャモフ氏は、「それ以降、私たちは祖父たちの記憶に値しない存在だ、という感情が日ごとに積み重なっていく」と語る。「プーチン氏は祖父の世代に対する崇拝を作り上げたが、今それが自分に跳ね返ってきている」と述べた。
ロシア大統領府のドミトリー・ペスコフ報道官はウクライナとの戦争について、「大統領に対する社会の驚異的な結束」をもたらしたとしつつ、目標がまだ完全に達成されていないため4年以上続いていると述べている。
戦争支持派としてメディアで発言しているアナスタシア・カシェバロワ氏は、通信アプリ「テレグラム」への今週の投稿で、世論の変化に言及した。第2次世界大戦時の祖父たちが「すでにベルリンに到達していたのに、私たちはなぜかただ拳を振り上げ、レッドライン(越えてはならない一線)についてたわごとを言い続けている」と述べた。

ドローン攻撃を受けた、ロシアのウスチルガ石油ターミナル(3月)
ロシアの石油輸出施設・製油所・軍事工場を標的とするウクライナのドローン攻撃は、ここ数カ月で日常的なものとなっている。現在はロシアの人口の約70%が、ウクライナの攻撃圏内に入っており、この中には当初安全だと思われていた1000マイル(約1600キロ)離れた地域も含まれる。このような攻撃は国民の結束を高める効果をもたらしていたが、現在はウクライナ軍の攻撃精度が向上するにつれ、プーチン氏の弱さを露呈するだけのものとなっている。
カーネギー・ロシア・ユーラシアセンターのアレクサンダー・バウノフ上級研究員は「プーチン氏は現在、人々の生活の実態を知らない年寄りと認識されている」と述べる。1970年代のスペイン、ポルトガル、ギリシャにおける独裁政権の崩壊に関するベストセラーの著者である同氏は、「彼はもはや守護者と見られていない。スーパーマンとも見られていない」と付け加えた。
プーチン氏はドナルド・トランプ米大統領との最近の会談で、戦勝記念日のパレードを実施できるよう短期間の停戦を提案した。ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領はこれに対し、6日から始まる停戦を一方的に提示した。だがロシア軍はその期限を過ぎてもウクライナの都市への攻撃を続けている。パレードが開催される週末を通じて戦闘が続き、ウクライナによるドローンとミサイル攻撃が継続する可能性は高まっている。
ドイツ国防省元高官で、シンクタンクIRISを運営するニコ・ラング氏は、「プーチン氏が自由に選択できるなら、このパレードは開催しないだろう。ロシアの防空・航空監視が受けた打撃と、ウクライナのドローンやミサイルがどこを飛行するか選べている状況を考えた場合、屋外に立つのは避けたいはずだ」と述べた。その上で「しかし5月9日が持つほぼ宗教的な意味合いから、パレードを開催しないわけにもいかない」とした。
ウクライナから約600マイル離れたロシア・ボルガ地方のチュワシ共和国では、動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」を使った地元のインフルエンサーが、今週攻撃を受けたことへの地域住民の不満を投稿した。ロシアの主要な軍事工場を標的にしたウクライナのミサイルとドローンは、市内の主要なショッピングモールも損傷させ、民間人の死傷者も生じた。
フォロワーが17万8000人いるインフルエンサーのボバ・コーラ氏は、愛国的な怒りを示すのではなく、プーチン氏とゼレンスキー氏が静かに話し合い、「知恵が力に勝る」ことを示すことで、市民が再び死ぬことなく、子どもたちが平和に育てるようにしてほしいと訴えた。
米ジョンズ・ホプキンス大学の歴史学者セルゲイ・ラドチェンコ氏は「おそらくプーチン氏を除く全員が、戦争が計画通りに進んでいないことを理解し始めている」と述べた。

4月下旬にロシアのトゥアプセ製油所がドローン攻撃を受けた後、黒海への原油流出を防ぐための障壁を設置する作業員
ラドチェンコ氏はここ数週間で黒海沿岸トゥアプセの製油所と石油輸出港に壊滅的な被害が生じた一連のウクライナの攻撃に触れ、これが重要な転換点になったとみている。トゥアプセへの攻撃は人気の観光リゾートが並ぶ沿岸地域に広範な汚染をもたらした。同氏は「これが遠くから戦争を支持していた人々にとって、戦いが身近なものとなった瞬間になった」とし、「一部の人は現在、戦争は悪い考えだったとの結論を下すかもしれない。当然、それ以外の人々にとっての結論は、戦争が十分に積極的に遂行されていないということだ」と述べた。
ソーシャルメディアで多くのフォロワーを持つ軍事アナリストや愛国的ブロガーたちは、後者の見解を示している。だが彼らもまた、政府が課す規制や政府高官の腐敗にますます不満を募らせている。その中でも国防相を務め、現在は安全保障会議の書記を務めるセルゲイ・ショイグ氏は、ナショナリスト(国家主義者)たちの目の敵となっている。かつてプーチン氏の側近だったショイグ氏は、戦争初期段階の失策の責任者として非難されている。
ロシア国防省ではショイグ氏の元副官4人がその後に汚職容疑で逮捕された。一方で失敗に終わった2022年前半のキーウ攻略作戦を率いたアレクサンドル・チャイコ大将が空軍の新司令官に昇進すると、超愛国派は動揺した。
ナショナリスト系の論客として知られるアレクサンドル・カルタビフ氏は、自身の人気のテレグラムのチャンネルに、ロシアの現在の「集団的精神障害」の中で社会の安定はせいぜい2カ月しか持たないと投稿。その後に取り返しのつかない革命的変化が訪れるとの予想を示した。
広範な閉塞(へいそく)感と不満は、ロシアのテレビスターでインスタグラムのインフルエンサーでもあるビクトリア・ボニア氏によっても示された。モナコに住む同氏はこれまで政治から距離を置いていたが、腐敗した知事や官僚がうそをつき続け、国が恐怖によって統治されているため、プーチン氏は国の本当の問題を把握していないインスタグラムに投稿。その内容には160万件の「いいね」がついた。

モスクワでは今週、携帯電話とインターネットへの接続が遮断される見通しだ
ボニア氏は戦争には直接触れず、黒海の油膜への言及にとどめ、代わりにコーカサスの洪水を巡る政府対応の失敗、安価な中国製品が地元の起業家を苦しめている状況、そしてインスタグラムの新たな規制により顧客や親族、友人との連絡が取れなくなっていることに焦点を当てた。
同氏はプーチン氏に対し、「あなたはこの国で何が起きているか知らない」と語りかけ、自身が忠実なロシア市民であることを強調しながら「人々は恐れることに疲れてくる。彼らはバネのように圧縮されており、いつかそのバネははじける」と述べた。
プーチン氏のスピーチライターだったガリャモフ氏は、こうした感情が一つの傾向を示しているとし、「以前は政治に無関心だった人々が、今では政治的な見解を表明し、人々の苦しみを気にかけ、当局に不満を言うことが流行している」と説明。「歴史的にみると、こうした流行は通常、革命に先行するものだ」とした。
ロシア政府はボニア氏の投稿について、同氏の助言を検討すると回答した。また一部のロシア政府高官も、最近の規制は行き過ぎと公言しているが、これを覆す動きは見られない。
プーチン氏のアドバイザーや国営テレビの幹部を務めていたマラト・ゲルマン氏は、「今後深刻な不満が生じる可能性をロシア政府は理解しており、そのため今のところ低レベルの不満が表面化するのを容認している」と説明。その上で「今のところ、彼はいかなる市民的反乱も鎮圧するだけの十分な資源を持っている」とした。
ロシアによるウクライナ侵攻が始まった2022年に駐モスクワ米国大使を務めていたジョン・サリバン氏は、異なる見解を示した。サリバン氏は「ロシアでは物事はゆっくりとしか進まないが、起きる時は一気に起きると言われている」とし、「1、2年前は言えなかったことだが、今なら可能性があると思う」と述べた。
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――筆者のヤロスラフ・トロフィモフはWSJ外交担当チーフコレスポンデント