三菱創業者岩崎久弥のこだわりにじむ、千葉・富里の旧別邸一般公開中 没後70年

旧岩崎家末広別邸の入口。市が修復し、一般公開されている=14日、千葉県富里市
三菱創業者・岩崎弥太郎の長男で三菱財閥3代目社長・岩崎久弥(1865~1955)没後70年の今年、晩年を過ごした旧岩崎家末広別邸(千葉県富里市七栄)の主屋が4月から一般公開されている。市が修復を続けてきた主屋は四季の自然を楽しむことに加え、当時の先端技術を用いた建築で、久弥のこだわりと思いを現代に伝える。
末広別邸は、久弥が経営し、第二次大戦終了まで農政事業を先導してきた末広農場内に昭和初期に建てられた主屋、東屋、石蔵の総称。市教育委員会生涯学習課によると、維持管理してきた三菱地所から平成24年に寄付され、翌25年に国登録有形文化財に指定された。

「客間」のガラス障子は主庭がよく見えるようにデザインされている=14日、千葉県富里市
昭和2年ごろに建てられた主屋は木造平屋建てで建築面積491平方メートル。久弥が同農場を訪れる際の別邸として建築された。中庭を取り囲むようなつくりで、外周に用いられたガラス障子が特徴。上下が正方形格子に区切られた模様は、主に居室とした「客間」からトイレの窓にまで用いられており、主屋全体に共通性を持たせている。客間からは、主庭がいかによく見えるかということを重視されている。

台所には当時主流のかまどがなく、オーブンが置かれている=14日、千葉県富里市
壁や天井などは伝統的な和風意匠だが、主庭は日本庭園ではなく、芝生で覆われ、西洋の庭を思わせるつくりとなっている。
当時から使用していた水洗トイレも一部で洋式便器を導入。台所も当時主流だったかまどはなく、オーブンなどが置かれていた。
また関東大震災(大正12年)の教訓を生かし、防災にも気を配っていた。壁には耐火性が高い石膏ボードが用いられており、天井裏と床下の一部には鉄板による補強を加え耐震性を意識している。
四季折々の風景が楽しめる庭園に建てられた当時の最先端技術を用いた家屋は「人の役に立つ農場」を目指し、採算を度外視してでも実験的農業に挑戦した久弥の精神性を映している。
別邸の管理を担う同課の岡村雅枝課長は「人が集う交流拠点づくりのために整備してきた。地域の歴史を学ぶ場として、文化を感じられる場所としてさまざまな機会を提供していきたい」と話している。
入館料は1人200円(中学生以下は無料)。別邸脇の花壇では6月下旬からアジサイの見ごろを迎える。(鈴木貴之)