“トップレス”で生きる~マラソンとAIと哲学【ロンドン子連れ支局長つれづれ日記】
私の“普通”は誰かの“違和感”かもしれない――イギリスで乳がんを乗り越え、トップレスでロンドンマラソンを走りきった1人の女性の姿は、私たちの「あたりまえ」を揺さぶった。偏見、合理性、AI、哲学…見えてきたのは“人間らしさ”とは何か、という問いだった。
(NNNロンドン支局 鈴木あづさ)
■トップレスで走る哲学…「あたりまえ」を揺さぶる

途中で体調不良に見舞われたが、無事に走りきった 日テレNEWS NNN
4月下旬、イギリスで行われたロンドンマラソンのゴール付近で、風景が止まったように感じた瞬間があった。人々の歓声の中、トップレスで走り抜ける1人の女性――それがルイーズ・ブッチャーさん(51)だった。2022年に乳がんを患い、がんが見つかった左胸を切除した2週間後、健康だった右胸も切除することを決めた。女性の外科医師は「メンタルヘルスに悪影響を及ぼすから、乳房の再建手術を受けた方がいい」と勧めたが、彼女は“元に戻る”ことより“今の自分”を選んだ。
「自分ではないものを戻す必要を感じませんでした。胸を残すことは、他人や社会に自分を合わせることでした。 だから再建手術を拒否したんです」
両腕を高らかに上げてゴールを走り抜けたその姿は、多くの人の「あたりまえ」を揺さぶった。トップレスで走ることについて、ネット上で批判されたり攻撃されたりしたこともあるという。
「スティグマ(偏見や差別)は女性に対する社会的な見方…“乳房が性的なもの”とされてきた歴史から来ているのです。だから、議論を呼ぶことは当然だと思っていたし、ポジティブにもネガティブな反応にもなることは分かっていました。それに、そうした反応を望んでいたんです。私の“普通”は誰かの“違和感”かもしれない――でも、こうした議論が起こる時こそ、変化が生まれる時ですから」
取材後、私は彼女の選択がいかに「常識」や「合理」といった言葉では測れないものであったかを考え続けていた。取材から帰宅し、イギリスの学校に通う12歳の息子にルイーズさんの決断について話した。乳房を再建しないことを選んだ上にマラソンをトップレスで走るなんて、すごく勇気がある…と興奮して話す私に、息子はこんな話を持ち出した。
「きのう学校で、ITの特別授業があったんだ」
――ああ、『ネットは危険』とか『中毒になるよ』とか、そういうこと?
「うん、それもあるけど、僕が面白いと思ったのはさ、“AIの思い込み”ってやつ。たとえば『ハウスキーパー』と聞いて、どんな人を思い浮かべる?」
――う~ん、市原悦子かな。
「何それ」
――『家政婦は見た!』…知らない?
「知らない」
――『家政婦のミタ』は?
「…知らないよ」
そうか、どちらも息子が生まれる前のテレビドラマだった…と遠い目になった私を尻目に、息子は軽くため息をついてからこう言った。
「あのね、AIは『ハウスキーパー』っていうとエプロンした女性、『ストアマネージャー』っていうとスーツを着た男性を描くんだって。つまり、人間のバイアスがAIにも伝染してるってこと。だから、『女性は胸がなきゃいけない、だからルイーズさんはすごい』みたいなのも、ママの思い込みっていうかバイアスみたいなものなんじゃないのってこと」
ぎくりとした。日々、ジェンダーにまつわる偏見などをテーマに扱っているにもかかわらず、自分自身の「刷り込み」に気づかなかった。それは自分だけでなく、社会全体、データ、AI…あらゆる場所に潜んでいるはずだ。
■“AI”論文は受賞できるか?

家族とインタビューに応じるルイーズさん 日テレNEWS NNN
さらに息子はこう言った。
「ママってさ、どっちかっていうと、感情で判断するタイプだよね。もしAIが、もっと社会の中で物事を判断するようになったら、合理的な決定が増えていくんじゃない?」
そこで私は先日、取材先から聞いた話を思い出した。アメリカのある大学で、1人の女子学生が生成系AIを使って素晴らしい論文を書いた。ただ、彼女に賞を与えるかどうかで教授たちの議論は紛糾し、このことをめぐって特別な教授会が開かれたという。
――このAIを使って論文を書いた学生に、賞をあげるべきだと思う?
私が聞くと、息子はさもあたりまえのような顔で「当然」と即答した。「ママは『サルから人間が進化した理由は、火と道具と言葉だ』って言ってたじゃん。AIは最新の道具なんだから、使わない手はないでしょ」
――うーん、でも、それによって人間は進化するかもしれないけど、同時に、退化もするかもよ。思考停止したりAIに過度に依存したりして、その結果、AIがじわじわと人間を滅ぼすかもしれないけど、いいの?
「人間が作ったんだから、そういう風にならないようにするにはどうすればいいかって考えるのも、人間の仕事でしょ」
うーむ、一本取られた気分だ。
実はこの話を聞いたとき、私は「他の学生が何十時間もかかって論文を書き上げているのに、AIを使って楽をした女子学生に賞をあげるのは違うんじゃないかと思う」と意見し、相手から「昭和の発想ですね」と笑われたばかりだったのだ。
結論から言うと、くだんのアメリカの大学では、彼女の論文に賞を進呈することにしたのだという。ただし、その女子学生が日頃から大変優秀であることを、まわりの教授陣が知っていた…ということは付記しておく。
◇◇◇
日頃めったに学校の話をしない息子は、今の話に触発されたのか、こう続けた。
「『TPR』の授業で習ったんだけど、デイヴィッド・ヒュームって知ってる?」
ちなみに『TPR』というのは「Theology, Philosophy, Religion(神学、哲学、宗教)」の略で、単なる哲学や宗教学にとどまらず思考力や倫理観、社会的共感力を育てる上で、非常に重要な役割を果たしている。イギリスは多民族・多宗教国家なので、キリスト教だけでなくイスラム教、ユダヤ教、ヒンドゥー教、仏教など多様な信仰について学び、自分と異なる価値観や背景をもつ他者を尊重する土台を作っているのではないかと思う。
――ああ、うん。デイヴィッド・ヒュームね、知ってるよ。イギリスの哲学者でしょ?
記憶の底を大急ぎであさり、そう答えてから思い出した…『理性は情動の奴隷であるべきだし、それ以外ではありえない』と彼は言ったのではなかったか。
人間の判断は論理ではなく、感情や習慣によって形づくられている。そして、その習慣こそが偏見を生む土壌になる…。「ハウスキーパーはエプロンをつけた女性」といった連想は、社会の中で繰り返し目にしてきた映像や広告、言葉といった「習慣」が生んだ無意識のバイアスだ。“女性は胸がなければならない”といった習慣による概念形成は、現代のジェンダーバイアスの構造そのものではないか――。
■あなたは「レバー」を引けるか…人間らしさの本質

ルイーズさんの自宅から帰る途中、美しい夕陽に出会った 日テレNEWS NNN
さらに息子は得意げに続けた。
「でね、授業で『トロッコ問題』っていうのをやったんだ。“ブレーキの壊れたトロッコがあって、このまま進むと5人が死んじゃう。でも、レバーを引けば1人だけが立ってる別の線路に行ける。あなたはレバーを引きますか?”って話」
――難しいね…。授業ではどういう結論になったの?
「ママ…」と息子はあきれたように小さくため息をついた。「これは結論を出す授業じゃないんだよ。考えて話し合うってことが大事なの。分かる?」
最近、やたらと知った風な口を聞くようになった息子は、肩をすくめて去って行った。
◇◇◇
『あなたはレバーを引くか?』
AIならきっと、「1人を犠牲にして、5人を救うべきだ」と言うだろう。それが合理的な考え方だ。だが、実際にその1人の顔が見えたら…その人の家族、その人の名前を、人生を少しでも知っていたら…私たちは理性ではなく、感情に引き裂かれて決断をためらうだろう。
AIなら、ためらわずにレバーを引くのかもしれない。だが人間には、それができない。いや、できないからこそ人間なのだ。
ヒュームは、道徳や善悪の判断において、理性よりも「共感」こそが出発点になると語った。他人の痛みを自分のことのように感じる力…それがなければ、偏見はいつまでも温存されてしまうだろう。AIに偏見が伝染するのは当然だ。AIが学習する膨大な過去のデータには、私たちが長年積み重ねてきた無意識の偏見がしみこんでいる。ヒュームの言う「習慣」を変えなければ、AIの判断も変わらない。
ルイーズさんは、健康な方の胸を「合理的に」に残すこともできたはずだ。だが彼女は両方をなくすことを選び、それを「誇り」と呼んだ。それは医学でも論理でもなく、彼女自身の物語を生きるための選択だった。
偏見は習慣から生まれる。選択には感情が宿る。
AIの合理性が社会を形づくろうとする時代にあって、私たちは今一度、「人間の不完全さ」の価値を見直さなければならないのではないか。人が人を思うとき、そこには必ず「合理ではないもの」がある。それこそがヒュームの言う「情動の力」であり、私たちがまだAIに託せない、唯一無二の人間性なのではないだろうか。
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■筆者プロフィール

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鈴木あづさ
NNNロンドン支局長。警視庁や皇室などを取材し、社会部デスクを経て中国特派員、国際部デスク。ドキュメンタリー番組のディレクター・プロデューサー、系列の新聞社で編集委員をつとめ、経済部デスク、報道番組「深層NEWS」の金曜キャスターを経て現職。「水野梓」のペンネームで作家としても活動中。最新作は「金融破綻列島」。