「敗者は東大などに逃避?」中国受験戦争の苛烈

1400万人が受験、そのうち約4割が浪人生, 政府から支援されて大学進学率が高い高校も, 熾烈な争いを背景に”受験ビジネス”が隆盛する, 中国の大学を諦め、日本に”逃避”する学生も, 高考だけが人生の道ではない

人口が多い分、中国の大学受験は熾烈を極める。北京大学や清華大学など一流大学への進学を諦め、日本の東京大学などに”逃避”する学生もいるという(写真左:トマトム / PIXTA、写真右:筆者提供)

「高校では1年生のときから、朝5時50分に早朝自習が始まり、夜9時40分までずっと勉強が続く」。中国の名門・清華大学で修士課程を卒業した王さん(31歳女性)は、13年前の大学受験時代をそう振り返る。

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「体育や文化活動はすべて中止され、寝ること以外はすべて勉強。受験生はみんな疲れていて睡眠不足だった」(王さん)

中国に大学受験シーズンがやってきた。

中国では、毎年6月7日・8日に「高考」と呼ばれる全国統一の大学入学試験が実施される。「千军万马过独木桥(何千もの馬や軍隊が丸太の橋を渡る)」は、「高考」における熾烈な競争を比喩する有名なことわざだ。

1400万人が受験、そのうち約4割が浪人生, 政府から支援されて大学進学率が高い高校も, 熾烈な争いを背景に”受験ビジネス”が隆盛する, 中国の大学を諦め、日本に”逃避”する学生も, 高考だけが人生の道ではない

清華大学で修士課程を卒業した王さん。故郷である遼寧省丹東市の「高考状元」だった。写真は2019年の修士卒業時(写真:王さん提供)

「高考」で各地域の成績1位になった受験生は「状元(じょうげん)」と呼ばれる。それは、中国の隋から清の時代(598年~1905年)まで、約1300年間にわたって行われた官僚登用試験「科挙(かきょ)」制度を想起させる。科挙最終試験の首席合格者も「状元」と呼ばれていた。

いまだに中国社会では、職業の平等意識が十分に浸透していない。科挙制度と同様に、受験の結果が将来の地位を左右するという認識は、受験生や親にとって心理的重圧となるだろう。

しかし、「書中自有黄金屋、書中自有顏如玉」(学問をすれば富も名誉も美しい伴侶も得られる)という古訓が、今でも人々の心に深く根付いているようにも思える。

1400万人が受験、そのうち約4割が浪人生

2025年の大学入試志願者数は1400万人に達すると予想される。受験生の4割に当たる500万人近くは浪人生だ。

2025年の本科大学(4年制大学)入学者数は450万人前後と近年横ばいになると予想されている。つまり、受験者のおよそ3分の1しか本科大学に進学できないことになる。その事態が「受験戦争」の激しさを物語っている。

日本の大学と違って、中国の名門大学は、すべて国立大学だ。そして、中国の大学と入試を語るには「985」と「211」、この2組の数字を避けられない。

「985工程」は中国教育部が1998年5月に定めたもので、「世界一流大学」を目指して発足した国家重点支援プロジェクトだ。

「211工程」は「21世紀に向けて、100校以上の大学を支援する」目的で1995年に開始されたプロジェクトだ。2024年現在の「211工程」大学の数は112校。「985工程」の39校は「211工程」に含まれる。

2019年から、中国政府は「双一流(世界一流大学・一流学科建設計画)」(Double First-Class Initiative)という新しい枠組みで大学の評価・支援を行っている。現在、「一流大学」は39校、「一流学科」を有する大学は95校だ。「受験戦争」は主にそれらの百数カ所の大学の入試を指す。

1400万人が受験、そのうち約4割が浪人生, 政府から支援されて大学進学率が高い高校も, 熾烈な争いを背景に”受験ビジネス”が隆盛する, 中国の大学を諦め、日本に”逃避”する学生も, 高考だけが人生の道ではない

清華大学は、毎年20万人以上の受験生が志望票を提出するとも言われる(写真:tantan / PIXTA)

政府から支援されて大学進学率が高い高校も

2024年6月現在、中国の高等教育機関(大学、短期大学)は合計3117校あり、その内訳は本科大学が1308校、専科大学・高等職業学校が1560校、成人高等教育機関は249校となっている。

近年では、企業や財団が設立する「民間大学」の芽が出はじめた。日本でいう私立大学のようなもので、大学の運営は基本的に学生の学費に依存している。学費は国立大学よりはるかに高いため、裕福な家庭の子どもしか入れないと言える。

ちなみに、高校は普通高校、国際高校(海外留学のためにある高校)、職業高校の3種類に分けられている。普通高校には、1980年代〜1990年代に国が指定した「全国重点中学」があったが、その後、制度としては廃止された。

地方レベルでは「省級重点高校」が依然として存在する。進学率や教育実績によって「名牌高中」(ブランド高校)、「示範高中」として選抜される高校もある。こうした学校は教育資源が充実し、大学進学率が高く、政府から重点的に支援されている。

中国人の間では「望子成龍」(わが子が学業でよい成績を収め、立身出世することを望む)という夢が永遠に続いており、「受験戦争」は子どもが生まれたときから始まる。

高考を直前に控えた5月末、受験生たちはすでに「戦闘モード」に入っている。ある受験生は「頭の中は高考のことだけ」と話す。

受験生の母親の一人は、ため息交じりに語った。「我が家の受験戦争は小学校から。子どもをよい小学校に入学させるために『学区房』(よい学校がある地域の物件)を買い、全財産を子どもに投資してきた。中学から高校も競争が激しく、普通高校に進めるのは半数。子どもは何とか普通高校に進んだが、成績は振るわず……。いい大学に行けないかもと思うと、自分の人生が失敗した気がした」。

娘が昨年受験を終えたという富裕層のお父さんは、ややリラックスした様子で受験の事情を明かしてくれた。「ここ数年、政府は学習塾(課外補習機関)の管理を強化してきた。一部の保護者は『補習機関は儲けすぎだ』と不満を漏らしていた。しかし実際には、多くの親たちが週末に子どもをこっそり補習塾に通わせており、特に『マンツーマン指導』は盛んである」。

「私の娘も、昨年1年間の補習費用が少なくとも10万元(約200万円)を超えた。さらに進学プランナーに支払った費用も数万元。子どもが毎日12時間勉強するのは最低限だ。幸い、娘は去年、まずまずの大学に合格した。私たちがこれまで費やしたお金も、報われたと思う。入試制度の改革は何度も行われたが、実質的に何も変わらないではないか……」(同上)

熾烈な争いを背景に”受験ビジネス”が隆盛する

近年、受験生を対象にサービスを提供する新たな職業が生まれた。「升学规划师(進学プランナー)」と「高考志愿填报师(大学入試志望校コンサルタント)」が人気職業になっている。

江蘇省南京市で科学技術や科目競技の学習指導を行う湯さんに取材をした。筆者が「進学と志望校選びの指導は、本来であれば学校が担うべきものではないか。なぜ今では学校がその役割を果たせなくなったのか?」と問うと、湯さんは率直に答えた。

「学校の先生は基本的に授業を担当するだけだ。それでも負担が大きいと思う。高校や大学入試に向けた進路指導については、先生は責任を負っておらず、そのための時間や専門的な知識も持ち合わせていない」と湯さんは現状を分析する。

一方で近年人気の進学プランナーは、「主に保護者に対して、各段階で具体的に何を準備すべきかを指導する。例えば、子どもの学習計画の立て方、さらには家庭教育や親子関係についてもアドバイスを行う。料金には明確な基準はなく、1回ごと、項目ごと、年間契約などさまざまな形式があり、数百元から数万元まで幅がある」(湯さん)。

「大学入試志望校コンサルタント」は、「高考」の後に受験生が行う「志愿填报(志望校・学部の選択と提出)」をサポートする職業。主な業務は、AI・ビッグデータを活用し、最適な志願校リストを作成することだ。

中国では受験ルールがますます複雑化しており、同じ点数でも志望校によって合否が変わる。地方(特に農村地域)や経済窮迫な家庭には情報面で明らかに不利である。そのため、大学入試志望校コンサルタントにアドバイスを求める受験生は多い。

2020年から中国の教育部は、トップ39大学を対象に、「強基計画(日本のAO入試に相当)」を実施し始めた。これは大学入試制度改革の一環として導入された新たな選抜制度である。

「高考」の成績に加え、面接・校内試験・実績などを総合的に評価する方式がとられている。志望倍率が100倍以上に達することもあり、その結果、「進学プランナー」が果たす役割はますます重要になっている。

「受験戦争」とはいえ、保護者、教育関係者、受験生の誰もが、大学入試の競争が過酷であり、受験生が大きなプレッシャーにさらされていることを認識している。

それでもなお、「高考制度」は維持する必要があるという点については、ほぼ全員が首を縦に振る。中国に身を置く限り、「高考」は中国人にとって避けて通れない、人生で必ず経験する道であると、口をそろえて語る。

中国は国土が広大であるため、日本のように受験生が自由に大学を選んで受験することは現実的ではない。仮に受験生が大規模に移動すれば、混乱を招く恐れがある。また、各大学が自主的に入試を行えば、不公平が生じる可能性があるという点も、多くの人が共通して抱いている認識である。

中国の大学を諦め、日本に”逃避”する学生も

冒頭の王さんは「受験戦争」の勝ち組で、まさに「金の卵」。毎年20万人以上の受験生が志望票を提出するとも言われる清華大学に合格した。

彼女は大学在学中、交換留学生として東京大学で5カ月間学び、さらに全日本空輸(ANA)で5カ月間実習した。現在は四川省成都市の清華大学の研究機関に勤めている。

王さんの故郷は北朝鮮との国境に位置する遼寧省丹東市の東港。農業と漁業が盛んな小さな辺境の町だ。彼女は母校で初めて清華大学に合格した文系生であり、丹東市の「高考状元」だった。

「幸いなことに、当時両親はとても理解して応援してくれた。父は『大学入試が終わったときに後悔しなければ、それが成功だ』と言ってくれた。こころの救いになった」と王さんは13年前を振り返る。

「清華大学は毎年約3000人を合格させており、競争の激しさはここ十数年間ずっと変わっていない。ただ、ここ数年は入試のカタチがやや柔軟になり、数学、化学などのコンテストに参加して優秀な成績を収めた学生が、清華大学への推薦入学の資格を得られる場合もある。ただ、こうしたケースは『九牛の一毛(ごく少数)』といえる」(王さん)

名門大学への入学を果たした王さんとは対照的に「受験戦争の敗者」となった若者たちは、その後どの道を選ぶのだろうか。翌年の再挑戦を選ぶ者がいる一方で、年々増加しているのが海外へ留学する学生だ。

筆者は長年にわたり、在日中国人留学生の教育に携わってきた。その経験の中で見えてきたのは、日本文化に憧れて来日する学生が多い一方、親に命じられて日本に渡る者、さらには「受験戦争」からの逃避先として日本を選ぶ者もいるという現実だ。

中国の名門大学にあと一歩届かず、日本で新たな進路を切り開こうとする留学生たちがいる。ある留学生進学塾で出会った何人かの若者は、わずか数点差で北京大学や清華大学への入学を逃し、「中国の名門大学に入れないならばアジアの名門校に挑戦しよう」と日本留学を決意した。

彼らは実際に、東京大学をはじめとする難関大学に見事合格した。「日本では自分で大学を選んで受験できるし、留学生には入試の際に優遇制度もある」と、日本留学のメリットを語る留学生は多い。

高考だけが人生の道ではない

1400万人が受験、そのうち約4割が浪人生, 政府から支援されて大学進学率が高い高校も, 熾烈な争いを背景に”受験ビジネス”が隆盛する, 中国の大学を諦め、日本に”逃避”する学生も, 高考だけが人生の道ではない

職業高校に通う18歳の馬さん。日本料理が大好きで、日本語学習に励んでいる(写真:馬さん提供)

最近、筆者は故郷の知人の紹介で、ある職業高校に通う馬さん(18歳)と出会った。

彼は日本料理が大好きで、現在は福建省福州市の日本料理店で実習に励んでいる。将来は日本で本格的に学びたいと、日本語の勉強に熱心に取り組んでいる。

「高考だけが人生の道ではない。夢を実現するために日本留学したい」。そう語る彼の瞳はまっすぐだった。馬さんが来年4月、無事に日本へ渡航し、夢への一歩を踏み出せることを心から願っている。