長嶋茂雄さん告別式 松井秀喜さん「監督、きょうは素振りないですよね?」思い綴る

巨人軍の長嶋茂雄終身名誉監督の告別式が、8日都内で行われました。

現役時代「ゴジラ」の愛称で親しまれ、長嶋さんが監督時代に指導を受けた松井秀喜さんが弔辞。感謝の言葉を送りました。

<松井秀喜さんの弔辞>

「監督、きょうは素振りないですよね?その目を見ていると『バットを持ってこい!今からやるぞ!』と言われるようで、ドキッとします。けど今はその声が聞きたいです」

「ドラフト会議で私を引き当ててくださり、満面の笑みで親指を突き上げてくれました。タイガースファンだった私は心の中で、ちょっとズッコケました。しかしその後すぐ電話で『松井くん、待ってるよ!』と言ってくださり、あっという間に私の心は晴れました」

松井秀喜さんをドラフトで引き当て喜ぶ長嶋茂雄さん(写真:日刊スポーツ/アフロ) 日テレNEWS NNN

「監督は一度ユニホームを着てグラウンドに出ると、強烈な光を発し、私と2人で素振りをする時はバットマン長嶋茂雄になりました。それが私の日常でした。監督が引退された年に生まれた私は、監督の現役時代を共に過ごした方々と同じ気持ちになりたくてもなることができません。ですが逆に私は、その“野球の神様”長嶋茂雄というものを肌で感じていないからこそ、普段の自分自身で接することができました。それが私にとって非常に幸運だったと思っています」

「監督が退任する日、私は最後の素振りだと思って振っている途中、涙が止まりませんでした。これが最後の素振りになると思ったからです。『何泣いているんだ。タオルで涙拭いて、ほら振るぞ!』の声をかけてくださりました。それが最後だと思いましたが、翌日もやりましたね。そして次の年も、次の年もやりました。私は長嶋茂雄から逃げられません。これからもそうです。それが私の幸せです」

松井秀喜さんの打撃練習を見る長嶋茂雄さん(写真:日刊スポーツ/アフロ) 日テレNEWS NNN

「私が現役時代1度だけ監督にお願いしたこと覚えていますか?私はセンターを守っておりましたが『サード守らせてくださいよ』とお願いしました。そしたら『おまえはサードじゃないよ。おまえはやっぱりセンターだ。オレはおまえを(ヤンキースのスーパースター外野手)ジョー・ディマジオにしたいんだ』とおっしゃって私は全くピンと来ていませんでした」

「ある日素振りで監督のご自宅にお邪魔した時、私はジョー・ディマジオのバットと大きな写真があることに気づきました。見逃しませんでした。監督は本当にジョー・ディマジオが好きなんだなと思って、またその選手のようになれと言ってくれたことに、本当に幸せを感じました。それから私は喜んで、センター大好きになりました。その時、監督は私がジョー・ディマジオと同じユニホームを着て、同じグラウンドでプレーすることを夢にも思っていなかったと思います。もちろん私も思っておりませんでした」

「私が引退して監督に挨拶に行った時、『監督がジョー・ディマジオと言ったから、私ヤンキース行ったんですよ』と言ったら笑顔を見せてくれました。その時初めて私は、大好きなジャイアンツを去ることになりましたが、これで良かったんだと思いました。そして今も遠い離れた場所にいます。日本に帰ってくる度に監督に挨拶に行くと、監督の言いたそうなことを言おうとするけど言わない。でもその気持ちはいつも受け取っておりました」

ヤンキースに移籍した松井秀喜さんを訪問した長嶋茂雄さん(写真:アフロ) 日テレNEWS NNN

「これからも監督のなぜ私だったのか、なぜ私にたくさんのことを授けてくださったのか、その意味を…その答えを自分自身の心の中で監督に問い続けます。今度は私が監督を逃がしません。ですからきょうはありがとうございましたもさようならも、私は言いません。今後も引き続きよろしくお願いします。その強烈な光で、ジャイアンツの未来を…日本の野球の未来を照らし続けてください」