妻との婚約記者会見は「勘違い」から突然に…元大関琴風の「演歌と土俵」

 元大関琴風の中山浩一さん(68)(元尾車親方、津市出身)は、現役を引退して2か月後の1986年1月、婚約を発表した。元おかみさんで妻の史枝さん(67)は当時、スイス航空の現役スチュワーデス。出会いから9か月、4回目に顔を合わせた時が披露宴という電撃結婚には、お二人の思い出がぎゅっと詰まっている。(三木修司)

「プロポーズもまだなのに」「もう止められないんだ」

「プロポーズもまだなのに」「もう止められないんだ」, 初デートは高級イタリアン, 「思いがあるのなら、娘にプロポーズして」, 「とんでもないところに来ちゃった」

婚約発表記者会見の後、史枝さんを抱き上げる琴風(1986年、佐渡ヶ嶽部屋で)

 86年1月5日、27歳だった史枝さんは、東京・渋谷のデパートで買い物をしていた。引退したばかりの琴風が所属する佐渡ヶ嶽部屋に、初めてあいさつに行くための手土産を探しに来ていた。すると館内放送が流れた。「長島(旧姓)史枝さん、至急、ご自宅に連絡してください」

 電話口で母(光子さん=昨年1月、90歳で死去)から「琴風さんが言っていたけれど、あなた婚約発表することになっているわよ」と聞いた。「あいさつのつもりが婚約発表? プロポーズもまだなのに……。会社に何て報告すればいいの?」。史枝さんの頭は混乱した。

 師匠の佐渡ヶ嶽親方(元横綱琴桜)から「琴風がきょう、彼女を連れてくるからな」と連絡を受けた部屋のベテランマネジャーが勘違いし、「婚約発表の記者会見」が設定されたのだった。

 2階の大広間には金 屏風(びょうぶ) が広げられ、急な知らせを受けた新聞記者らが詰めかけた。「ごめん。もう止められないんだ……」。琴風から懇願された史枝さんは、成人式で着た振り袖を引っ張り出して自分で着付けをし、頭をセットして会見場に駆けつけたという。

初デートは高級イタリアン

「プロポーズもまだなのに」「もう止められないんだ」, 初デートは高級イタリアン, 「思いがあるのなら、娘にプロポーズして」, 「とんでもないところに来ちゃった」

中山浩一さんと史枝さん夫妻。保護犬のあられちゃんと(東京都中央区の自宅で)

 なれ初めは85年の6月だった。相撲が大好きな史枝さんが友人に誘われ、右膝を痛めて5月場所を途中休場していた琴風を見舞ったことだった。その際、「スイス人の同僚が喜んでくれるかも」と持参した色紙20枚に手形をお願いしていた。

 後日、欧州路線の2週間の業務を終えて日本に戻ると、色紙と一緒に 胡蝶蘭(こちょうらん) の植木鉢が届けられていた。「お疲れさまでした」とのカードも添えてあった。「お相撲さんって随分、繊細なのね」と胸がキュンとした。

 次は琴風から食事に誘った。六本木にあるイタリアンの高級レストランの個室だった。以前、琴風が知人に連れて行ってもらった店。104(NTTの番号案内)で調べて予約したという。スチュワーデスと演歌歌手――。会話はスムーズに進み、1本15万円のワインを開けた。バイオリンの生演奏が2人を包み込む。

 中山さんは「普段、外で食べる時は焼き肉か中華料理ばかり。ワインなんて味も銘柄も分からないから、お店に言われるがままにね……。でも自分としては勝負だった」と照れくさそうに振り返った。

 初めてのデートの夜は更け、琴風は史枝さんをハイヤーで送り届けた。

「思いがあるのなら、娘にプロポーズして」

「プロポーズもまだなのに」「もう止められないんだ」, 初デートは高級イタリアン, 「思いがあるのなら、娘にプロポーズして」, 「とんでもないところに来ちゃった」

引退相撲は結婚披露宴のわずか3か月後だった=1986年6月2日朝刊

 欧州路線を飛ぶ史枝さんは留守がちだった。そんな時、琴風は足しげく神奈川県川崎市にあった彼女の実家を訪ね、両親と食事や会話を楽しんだ。ある日、義母の光子さんに言われた。

  「娘も年頃です。何度か見合いもしましたが、お相手への気持ちが、全然ありませんでした。でも、今度は違います。母親の私には分かるのです。思いがあるのなら、娘にプロポーズしてやってください」

 琴風は「史枝さんとの結婚は自分の幸せです」と飾りのない言葉で答えた。

 3度目に顔を合わせた時が「唐突な婚約発表」の場だった。記者会見で矢継ぎ早の質問を受けた史枝さんは、青山学院女子短大英文科卒であることやスイスの風景にあこがれて全日空から転職したことをテキパキと答えた。その横で「初めて聞く話」に相づちを打つ琴風の姿があった――。

「とんでもないところに来ちゃった」

 琴風との結婚は相撲界との縁組でもある。その初っぱなから史枝さんは、「すべてが別世界で異文化でした……。とんでもないところに来ちゃった、というのが正直なところでした」と笑顔で振り返った。3月には大阪で結婚披露宴、6月には東京で「尾車」襲名披露と断髪式――。相撲部屋のおかみとしての細腕繁盛記の始まりだった。

琴風豪規

 ことかぜ・こうき 1957年、津市栄町生まれ。小結、関脇の三役を経験しながらケガで幕下陥落。再起し、81年9月場所で初優勝を飾り、大関昇進を果たす。引退後は尾車部屋を興し、豪風、嘉風ら多くの関取を育てた。相撲協会の事業部長など歴任。現NHK専属解説者。