引っ越し2日後に兄の訃報を聞いた鈴木蘭々さん「夢でポテトチップスを分けてくれた」

澄んだ声で語りながら、やわらかな笑顔をみせる鈴木蘭々さん(鴨川一也撮影)
歌手やタレントとしてだけでなく、実業家としても活躍する鈴木蘭々さん(49)。初めての1人暮らしの記憶は、兄への思いとともにある。兄が世を去ったのは引っ越しから2日後だった。1人暮らしを始め、兄のような思いやり深い人になろうと決意すると、芸能活動がうまく回りだしたと振り返る。
「じゃあね」に「うん」
1人暮らしを始めたのは、「平成の女子高生」だった18歳のとき。芸能界の仕事をしながら学校に通いやすいようにしようと思って、高校の近くを選びました。兄2人、3人きょうだいの末っ子の私が家を出るのは親にとってさびしいことだったかもしれませんが、所属事務所の社長が説得してくれた記憶があります。

早世した次兄との思い出を語った鈴木蘭々さん(鴨川一也撮影)
引っ越しの日。トラックが実家に到着したとき、26歳の次兄は「調子が悪い」と言い、横になっていました。風邪かなと思いながら、その姿に「じゃあね」と声をかけたら、返事は「うん」とひと言。近くに住むし、また会えるだろうと思って軽いあいさつを交わすだけで別れてしまったんです。
私が1人暮らしを始めた2日後、次兄は帰らぬ人になってしまいました。心筋梗塞のような症状で亡くなったと母から聞きました。次兄は知的障害がありながらも、自分のおやつを妹に分け与えてくれる優しい人でした。亡くなったあとも次兄が残り少ないポテトチップスを分けてくれる夢をみました。それで実際に会えなくても、心の中で次兄が応援してくれているように感じられるようになったんです。それからは不思議と仕事が舞い込んでくるようになりました。

鈴木蘭々さんのホワイト系を基調にしたファッション。ブラック系がアクセントになっている(鴨川一也撮影)
思いやりに囲まれて
初めての1人暮らしは、キッチン付き11畳ほどのワンルームの部屋。テレビもベッドも、ほかの家具も「使っていないからあげる」などと言って譲ってくれる友人が何人もいて。そんな思いやりに囲まれて暮らし始めました。冷蔵庫は、学校帰りによく立ち寄ったリサイクルショップで買ったような気がします。そんなに自炊もしないし、物が冷やせればいいやという感じで。
中古の家具をちょっとかわいくするために、東急ハンズ(現・ハンズ)で買った赤と白のカッティングシートを家具に貼り、配色を統一しました。グレーの冷蔵庫や黄緑と白が基調の台所にも貼って、ポップに彩りました。ちなみに今、使っているソファも20代のときに購入したものですが、紫とオレンジの布に張り替えて使い続けています。
高校の近くだったので、友人たちが遊びにきて、そのまま泊まることもありました。友人が寝るときに敷く布団がなかったから、ソファベッドを買おうと思って。当時はさほど芸能活動での稼ぎがなく、弁当店で3カ月ほど働かせてもらいました。作ってから時間がたってしまった弁当を持ち帰れるのがうれしくて。自炊はお金もかかるし面倒だったので、とても助かりました。
初心が今もパワーに
今は都内の別の場所で1人暮らしをしています。毎朝、起きたら窓を開けて、掃除機をかけて。特に台所など水回りをきれいにしておこうと心掛けています。今では、あの頃よりも広い部屋に住めるようになりましたが、振り返ってみると、やはり初心に支えられています。あのとき次兄と周りの人たちの思いやりを実感したおかげで、自分も誰かのためになりたいと強く思えるようになりました。その気持ちが今も自分のパワーになっていると思います。(竹中文)
鈴木蘭々
すずき・らんらん 昭和50年、東京生まれ。13歳でスカウトされて芸能界入り。50歳の節目を迎える記念ライブを7月6日に東京都目黒区の「ブルース・アレイ・ジャパン」で開催予定。