受刑者自身も知らない「終身刑並みの無期懲役」 「ゆるやかな死刑」へのブラックボックス…背景に検察の思惑
<「マル特無期」を問う>中編
最高検の指示で、無期刑判決を受けた人の中から「マル特無期」に選定し、仮釈放時に厳しい意見を付ける運用を続けてきた検察。その仕組みを可能にしたのが通達の存在だが、経緯をひもとくと、検察のもう一つの思惑が浮かび上がってくる。死刑と背中合わせの無期刑とは何か。改めて考えた。(木原育子)
◆無期懲役判決への上告が頻発
最高検から出された「マル特無期」の通達は、2002年に朝日新聞がその存在を報じるまで公にはされてこなかった。2009年に毎日新聞が通達から10年の現状を問うたが、以後、一般紙では報道されていない。

情報公開請求で開示された1998年の通称「マル特無期」通達
通達が出された時代、何が起きていたのか。通達が出た前後の1996年から1999年に朝日新聞の検察担当だった上智大の奥山俊宏教授(ジャーナリズム論)は、通達前年の1997年に言及する。
「刑事事件で最高裁に上告できるのは、高裁判決に憲法解釈の誤りや判例違反があった場合に限られ、検察による上告はまれだった。そうした謙抑的な態度を改め、最高検が主導して、高裁の無期懲役判決に対し、表向きは判例違反を理由に、実質的には量刑不当を理由に立て続けに上告した」と振り返る。計5件が最高裁に上告された。
◆死刑判決回避の傾向を問題視
そのうちの一つ、広島高裁の判決は、強盗殺人事件で無期懲役刑を受け、仮釈放中に再び知人を殺害した事件だ。一審二審とも再び無期刑に。これを不服として検察は1997年2月に上告。同年8月に上告趣意書を最高裁に提出し、「死刑適用に関する一般的基準に違反している」「反省しているといった、事後の個別的な事情を過大に重視する基準を新たに策定したのと同じだ」と批判した。
一方、当時の検察幹部は重要な見方を示していたと奥山氏は明かす。「死刑判決を避けようという傾向が、高裁段階でだんだん強まっている実感がある。このままズルズルとなし崩しになっていいのか。問題提起したい」。検察側が、この国の死刑のあり方を方向付けようと仕掛けたとみる。

最高検察庁が入る中央合同庁舎6号館
奥山氏は「通達もその延長線上にあったのだろう。もちろん、1995年に摘発したオウム真理教事件の被告の量刑をどうするかという問題も念頭にあったはずだ。永山(則夫)死刑囚への刑を執行した1997年は、刑事司法の運用面で大きなターニングポイントだった」と振り返る。
◆増えていく死刑判決と確定者数
通達は、検察側の狙い通りの「効果」があったようにも見える。刑事司法に関するデータを掲載するNPO法人「CrimeInfo」によると、通達から2年後の2000年には、ほぼ1桁台が続いていた一審での死刑判決数が2桁台と増え始め、6年後の2004年には死刑確定者が14件と1960年代と同等に。まだオウム真理教事件関連で死刑確定が相次ぐ前だ。無期刑確定者も1990年代は50人以下だったが2003年に117人、2006年に135人など3桁台に跳ね上がった。

一般社団法人「刑事司法未来」代表理事で、龍谷大の石塚伸一名誉教授(刑事政策)は「無期刑になれば検察官は、死刑でなかった理由を示すかのように、詳細な報告書を提出しなければならないとされている。それは、検察にとって敗北の理由を報告するようなものだ。それならいっそ死刑を求刑した方が『男らしい』という空気感をつくり出したのではないか」とみる。
◆仮釈放させない烙印「恣意的に」
市民からの声も高まる。昨年5月下旬に始めた「マル特無期通達を廃止してください」と書かれた法務大臣や検事総長ら宛ての署名は、650筆に達した。

「マル特無期」の通達を廃止するよう求めたチラシ
署名を始めた会社員梅本さゆりさん=東京都在住=は「再審法の運動に比べれば小さいかもしれないが、日本の行刑制度の本質を突いていると思っている」と話す。かつて無期刑受刑者の国家賠償訴訟に関わる中で、通達の存在を知った。「社会での更生を促す仮釈放を認めるまでが国家の務めではないか。検察がマル特無期を恣意(しい)的に選定するのは差別的だ」と訴える。
梅本さんだけではない。無期刑受刑者に手紙を送る活動をしているNPO法人山帰来(大津市)の松岡由香子さんも「マル特無期に指定されると、どんなに改心改悛(かいしゅん)した受刑者も仮釈放させない烙印(らくいん)が事実上、押される。政治犯など恣意的に一生出させないようにすることもやろうと思えばできる」と訴える。
◆「開示すれば刑の執行に支障」
マル特無期は誰が対象か明らかにされず、受刑者本人にさえ対象なのか否か告げていない。理由について法務省刑事局は「明らかにした場合、個々の受刑者において、該当するか否かを考えることになると思われ、その結果、受刑者の改善更生の意欲や処遇のあり方に影響を与えて、刑の執行に対する支障を及ぼすことになる」とする。

多くの死刑囚が収容されている東京拘置所
刑事司法の秘密主義は今に始まったことではない。死刑執行もどのような基準で、どのタイミングで法相が判を押すか明かされたことはない。元共同通信記者でジャーナリストの青木理氏は「例えば、2000年代初頭まで国は死刑を執行した事実さえ言わず、メディアが報道するとこっそり裏で認める状況だった」と話す。その上で、「死刑制度とマル特無期通達の秘匿性は重なる。自身がマル特無期に指定されているかいないのか、最も重要な情報が本人に隠されていることは人権軽視も甚だしい」と問題視する。
◆「隠す正当性はどこにあるのか」
CrimeInfo代表で東京経済大の田鎖麻衣子教授(刑事法学)は、「死刑制度もマル特無期も、国は、情報を出さないことで問題の指摘や議論を封じ、維持につなげたいのだろう。だが、民主社会において、行政のあり方を秘匿する正当性は一体どこにあるのか」と批判する。「マル特無期に限らず、現行の仮釈放制度では、受刑者自身には仮釈放の審理を求める権利も証拠の提出権もなく、仮釈放を許可しない理由も明らかにされない。手続き過程がブラックボックス化し、恣意的な運用を許す制度のあり方そのものを変える必要がある」

6月27日、白石隆浩死刑囚の刑執行について記者会見する鈴木馨祐法相=東京・霞が関の法務省で(中村千春撮影)
6月27日、神奈川県座間市のアパートで男女9人の切断遺体が見つかった事件で死刑が確定した白石隆浩死刑囚(34)の刑が執行された。国会閉会中で、参院選公示直前の時期に3年近く止まっていた死刑執行が再開された。
◆「ゆがんだ形で受刑者の死に関与」
なぜ、政府は死刑制度を維持し続けるのか。前出の石塚氏は話す。「昔、米国の研究者に『日本に軍隊がないから、死刑制度を維持しているのではないか』と真面目に聞かれた。国の言うことを聞かなければ、最後は暴力で抑えつけられるということを市民に見せつける国家装置が軍隊と死刑制度だからだ」。軍隊があれば死刑はなくなるということではないが、妙に説得力があったという。
石塚氏は「無期刑はマル特無期通達によってゆがんだ形で、受刑者の死のプロセスに関わっている。『マル特』の書類にハンコひとつで、ゆるやかな死刑判決になる」とした上で、こう続けた。「死刑と無期刑は背中合わせだ。死刑制度の是非だけでなく、事実上終身刑化する無期刑も合わせて考えるべき時期が来ているのではないか」
◆デスクメモ
これまでの取材経験では、死刑は国会が閉会中に執行されることがほとんどだった。国民の関心が向きにくく、国会で執行の理由や是非を追及されないからだろう。今回、約3年ぶりの執行もまさにそのタイミングだった。情報を与えず、議論をさせないのは「マル特無期」も同じだ。 (祐)
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