富雄丸山古墳に副葬された中国鏡 製造から埋葬まで最大400年
- 富雄丸山古墳の割竹形木棺に副葬されていた三角縁神獣鏡など=奈良市で2024年3月12日、久保玲撮影
- 富雄丸山古墳から出土した「三角縁神獣鏡」(右端)。中央は中国・前漢で作られた「虺龍文鏡」。左端は中国・後漢の「画像鏡」=奈良県橿原市の県立橿原考古学研究所で2025年7月28日午後2時41分、皆木成実撮影
- 富雄丸山古墳3銅鏡の年代
- ㊧桜井茶臼山古墳「陳氏作六神三獣鏡(三角縁神獣鏡)」(破片)=奈良県立橿原考古学研究所付属博物館の春季特別展「王陵 桜井茶臼山古墳」図録より㊨兄弟鏡と分かった富雄丸山古墳の銅鏡(一部)。銘文の一部「好上有」がいずれも読み取れる=奈良市教育委員会提供
- 富雄丸山古墳から出土し、大王墓の桜井茶臼山古墳出土品と兄弟鏡と分かった「三角縁神獣鏡」(手前)。中央は前漢で作られた「虺龍文鏡」。奥は後漢の「画像鏡」=橿原市の県立橿原考古学研究所で2025年7月28日午後2時40分、皆木成実撮影
- 富雄丸山古墳から出土した「三角縁神獣鏡」=2025年7月3日(奈良市教育委員会提供)
- 富雄丸山古墳から出土した三角縁神獣鏡=奈良県橿原市の県立橿原考古学研究所で2025年7月28日午後2時40分、皆木成実撮影
- 富雄丸山古墳から出土した中国・前漢の「虺龍文鏡」=2025年7月3日(奈良市教育委員会提供)
- 富雄丸山古墳から出土した中国・後漢の「画像鏡」=2025年7月3日(奈良市教育委員会提供)
- 表面に付着した土などの除去作業が終わり、報道陣に公開された富雄丸山古墳出土の蛇行剣=奈良県橿原市で2024年3月26日、川平愛撮影
- 富雄丸山古墳=奈良市で2023年1月20日、本社ヘリから
- 直径109メートルの国内最大の円墳、富雄丸山古墳。右上が墳丘で、中央が桜井茶臼山古墳出土品と兄弟鏡と分かった「三角縁神獣鏡」などが出土した造り出し部分=奈良市で2023年1月20日、本社ヘリから
- 大王墓とされる全長204メートルの前方後円墳・桜井茶臼山古墳。右が前方部=桜井市で2009年12月27日、本社ヘリから森田剛史撮影
富雄丸山古墳の割竹形木棺に副葬されていた三角縁神獣鏡など=奈良市で2024年3月12日、久保玲撮影

富雄丸山古墳から出土した「三角縁神獣鏡」(右端)。中央は中国・前漢で作られた「虺龍文鏡」。左端は中国・後漢の「画像鏡」=奈良県橿原市の県立橿原考古学研究所で2025年7月28日午後2時41分、皆木成実撮影

富雄丸山古墳3銅鏡の年代

㊧桜井茶臼山古墳「陳氏作六神三獣鏡(三角縁神獣鏡)」(破片)=奈良県立橿原考古学研究所付属博物館の春季特別展「王陵 桜井茶臼山古墳」図録より㊨兄弟鏡と分かった富雄丸山古墳の銅鏡(一部)。銘文の一部「好上有」がいずれも読み取れる=奈良市教育委員会提供

富雄丸山古墳から出土し、大王墓の桜井茶臼山古墳出土品と兄弟鏡と分かった「三角縁神獣鏡」(手前)。中央は前漢で作られた「虺龍文鏡」。奥は後漢の「画像鏡」=橿原市の県立橿原考古学研究所で2025年7月28日午後2時40分、皆木成実撮影

富雄丸山古墳から出土した「三角縁神獣鏡」=2025年7月3日(奈良市教育委員会提供)

富雄丸山古墳から出土した三角縁神獣鏡=奈良県橿原市の県立橿原考古学研究所で2025年7月28日午後2時40分、皆木成実撮影

富雄丸山古墳から出土した中国・前漢の「虺龍文鏡」=2025年7月3日(奈良市教育委員会提供)

富雄丸山古墳から出土した中国・後漢の「画像鏡」=2025年7月3日(奈良市教育委員会提供)

表面に付着した土などの除去作業が終わり、報道陣に公開された富雄丸山古墳出土の蛇行剣=奈良県橿原市で2024年3月26日、川平愛撮影

富雄丸山古墳=奈良市で2023年1月20日、本社ヘリから

直径109メートルの国内最大の円墳、富雄丸山古墳。右上が墳丘で、中央が桜井茶臼山古墳出土品と兄弟鏡と分かった「三角縁神獣鏡」などが出土した造り出し部分=奈良市で2023年1月20日、本社ヘリから

大王墓とされる全長204メートルの前方後円墳・桜井茶臼山古墳。右が前方部=桜井市で2009年12月27日、本社ヘリから森田剛史撮影