ヌートバー選出に込めた平和へのメッセージ、分断のロサンゼルスで大谷に見る希望とは WBC優勝に導いた栗山英樹さん

インタビューに応じる元野球日本代表監督の栗山英樹さん=7月

 野球の2023年ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の日本代表監督としてチームを優勝に導き、現在は日本ハムのチーフ・ベースボール・オフィサーを務める栗山英樹さん(64)は終戦から時が経過するにつれ、平和の大切さを次世代に伝える責任を強く感じるようになった。ロシアによるウクライナ侵攻に衝撃を受けた後、WBC日本代表で初めて日系選手のラーズ・ヌートバー(カージナルス)を選出したことに込めたメッセージ、分断が深まるロサンゼルスで活躍する米大リーグの大谷翔平(ドジャース)に見る希望とは―。戦後80年の節目に思いを聞いた。(共同通信=浅山慶彦)

▽祖父を通じて感じた「戦争」

 ―幼少期に戦争、戦後を感じたことは。

 「母方の祖父が戦争に行っていて、その大変だった感じとか、みんなが祖父をいたわる感じとか、子どもの頃、そういう空気に初めて戦争を感じた」

 ―祖父と戦争のことを話したことは。

 「一切なかった。母でさえも、戦争の話をしなかった。非論理的なこと、人間の醜さとかを見て、口にもしたくなかったんじゃないかな。それだけ苦しく、嫌なことをいっぱい経験しているから、言葉にすること自体も苦しかったと思う。

 ただ、最近は母に当時の話を聞くようにしている。『何でそういう話をしなかったの』と聞くと『今だから言うけど、やっぱりいい思い出がなかったし、子どもに伝えるようなものなんてなかった』と言っていた。それぐらい、しんどかったんだろうね」

WBC準決勝に臨む日本・栗山監督=2023年3月、マイアミ(共同)

▽風化させない

 ―なぜ当時の話を聞くようにしたのか。

 「聞いておかないと後悔するよ、って言ってくれる人がいた。確かに、どうやって父と母が知り合ったのかも知らないし、どんな体験をしたのか、というのも聞いていなかった」

 ―知らないと、次に伝えることもできない。

「そうだね。だから、そういうつもりで聞いている。われわれが受け継いでいかないといけない。体験しないと分からないことかもしれないけれど、戦争に関しては体験してはいけないことなので」

 ―次世代に託す思いは。

 「世界で戦争をやっていない時期がないっていうのは、本当に人間は愚か。その愚かさをみんなが口にすることで、理論ではなく『戦争はあり得ないんだ』となる社会をつくらないといけない。一番、風化させてはいけないのは戦争だと思う」

WBCで優勝し、喜ぶ大谷(左)と栗山監督=2023年3月、マイアミ(共同)

▽平和享受したからこその責任

 ―戦争体験者が少なくなってきている。

 「われわれ、戦争を体験してない人間はすごく幸せ。その人間はもっと責任を負わないと駄目。自分たちだけが幸せになっていては駄目。先人が苦労して、命を張って、われわれは平和を享受した。次に同じことが起こらないようにする責任がある」

 ―国内、海外問わず、戦争に関する場所を積極的に訪れている。

 「感性が消えないようにしないといけない。例えば、2010年代には米ハワイのパールハーバーに行った。沈んだ船からまだ油が出ていて、重油のにおいがしていた。現実感、というものがすごかった。この前は(新潟県)長岡市の山本五十六記念館に行った。山本五十六さんは野球をやっていて、その記述が結構残っていた。野球をやりたかっただろうなと思う。

 みんな、戦争をしては駄目と思いながらも、時流で仕方ないとか、いろんな思いがあったんだろうなと。どんな時代だって、自分の家族を守りたい。そう思っても、戦争に行かないといけない。壮絶な葛藤があったと思う」

WBC準決勝を前に栗山監督(左)とタッチを交わす日本・ヌートバー=2023年3月、マイアミ(共同)

▽決断の背景にウクライナ侵攻

 ―23年WBCでは日系選手で初めてヌートバーを選出した。

 「日本野球の歴史を考えた時に外国籍の選手を入れていいのかどうかということは、最後の最後まで迷った。大谷翔平の投打二刀流など前例がないことでも、選手のためになることであればちゅうちょなく決められるけれど、本当に迷った」

 ―決断に至った理由は。

 「きっかけは(22年の)ロシアによるウクライナへの侵攻だった。この時代にも戦争が起こるんだということを目の当たりにした。それで、子どもたちに対して『人はみんな仲間なんですよ』というメッセージを送る責任、使命がジャパンという代表チームにはあると思った。私が唯一、戦争で苦しんだ人たちや戦争をしてはいけないという思いを形にできるのは、そこだった」

 ―スポーツでも国と国が戦う。

 「ルールの中で大げんかをする。だからいい。WBCの時に米国に渡ってから、日本戦がない時にベネズエラやドミニカ共和国の試合を見ていて、選手の喜び様やベンチの声、これって本当に代理戦争みたいだなと感じるほどだった」

米大リーグ、ブルージェイズ戦で40号ソロを放つドジャースの大谷翔平=8月、ロサンゼルス(共同)

▽大谷が映す、あるべき社会

 ―大谷が活躍しているロサンゼルスでは、不法移民摘発を巡って抗議デモが起きた。

 「私が感じているのは、民族的な差(優劣)というものはない、ということ。人には皆いろいろな特徴があって、どの民族もいいものもあるし、苦手なところもある。

 自分の家族を守る、自分の地域、国を守る。それはすごく重要なこと。それは分かるけど、自分の力ではどうにもならないことが要因で分断が起きること、自分の力ではどうにもならない不当なルールがあることが、一番しんどい。いつも平等に、競争が正しく行われないといけない」

 ―不当なルールをなくすためには。

 「リーダーが間違うと、分断やいろんなことが起こってしまう。野球で言えば、監督が当てはまるかもしれない。頑張ってもどうにもならないルールだけは省いてあげないと、人は真っすぐ前にはいかない。頑張ろうとなっても、頑張れない状況になってしまう」

 ―そうしたロサンゼルスで大谷が活躍している。

 「そういう(民族間で優劣があるかのような)考えを、野球というスポーツで翔平が打ち消してくれた。日本人がメジャーでホームラン王を取るなんて、誰も思っていなかった。アジア人でもトップになれるんだっていうことを示してくれた。

 正しいルールの下で競争が行われれば、みんなが平等に勝負できる。頑張った人、自分の特徴を出した人が、いい形で前に進める。そういうことを、翔平が示している感じがする。不当な扱いで苦しむ人たちにとって、翔平の活躍を見ることは心が晴れるような思いなのかもしれない」

▽野球の力

 ―デモなどがありながらもドジャースタジアムは満員。野球の力を示している。

 「そういう風に言ってもらえるとうれしい。だけど、現役を辞めたばかりの30代の頃、学校の校長先生に言われたことがある。『戦争の前とか戦争中は野球なんてやるなってすごく怒られたんだ。野球をやっても何の生産もしない、だったら畑でお芋を作った方が国のためになるんだ』って。本当にその通りで、正しいと思う。ただ、今はそういう(戦争が起きているような)時代ではない。野球ができている」

 ―野球が人々に届けられるものとは。

 「野球を見て、ああ、良かったな、うれしいな、楽しいなって、その一瞬の笑顔を届けることしか僕らはできない。野球にそこまでの力があるのかは分からないけれど、一瞬だけでも楽になったり、一瞬だけでも笑顔になったり、そう感じてもらえるとうれしい」

 ―今年6月には昭和の大スター、長嶋茂雄さんが亡くなった。

 「美空ひばりさんであり、石原裕次郎さん、長嶋さんがそうだけど、日本が戦争に負けて苦しかった時、高度経済成長期で働きづめの中でそういう方々から一瞬の笑顔、喜びを国民がもらっていた。その時代背景の中で野球が発展した」

 ―現代には大谷翔平というスターがいる。

 「大谷翔平のような存在がいることによって、野球っていろんなことを教えてくれるよね、楽しいよねって思ってもらえている間に、野球界が動かないといけない。少しでも人々の生活にプラスになるように、子どもたちの成長に何か意味があるように、夢を持って頑張ろうと思ってもらえるように、形を整えていかないといけない」