【世界陸上】リレー決勝で桐生選手に感じた異変。再び9秒台を記録した「厚底特許シューズ」ではなく…

【“特許”という視点から見る世界陸上】東京2025世界陸上の最終日に行われた男子4×100mリレー決勝では、桐生祥秀選手にいつもと違う変化が起きていました。そんな桐生選手に起きていた異変を考察しながら、桐生選手が履く厚底特許シューズについて解説します。※写真:長田洋平/アフロスポーツ

連日熱戦が繰り広げられていた東京2025世界陸上。実は選手の活躍の裏に「特許技術」が影響していることは、あまり知られていないかもしれません。今回は男子100m走と男子4×100mリレーで激走を見せてくれた桐生祥秀選手にフォーカス。

自身もフルマラソンを走るなど大の陸上好きである弁理士の筆者が、リレー決勝で起きていた桐生選手の異変を考察しながら、桐生選手が再び9秒台を出せた「厚底特許シューズ」について解説します。

【画像】桐生選手が履くasicsのシューズ

4×100mリレー決勝での桐生選手のタイム

34年ぶりに東京で開催された2025世界陸上ですが、最終日に男子4×100mリレーの決勝が行われました。

日本代表は予選で組3着、全体で5位の見事な走りで決勝進出を決め、メダル獲得への期待も高まっていました。

当日の決勝では、雨が降りしきる中、日本代表の各選手がスタート前に、マンガ『ワンピース』の主人公ルフィの決めポーズ(1走の小池祐貴選手がギア2、2走の栁田大輝選手がギア3、3走の桐生祥秀選手がギア4、4走の鵜澤飛羽選手がギア5のポーズ)を披露し、大いに盛り上がりました。

今大会は、アメリカのライルズ選手のかめはめ波ポーズなど、各選手のスタート前のユニークな決めポーズもとても印象的でした。

そんな大いに盛り上がった中で行われた男子4×100mリレー決勝では、日本は6位となり、惜しくもメダルには届きませんでした。

公表されている各選手の公式タイムと順位は以下の通りです。

1走 小池選手:10秒55(全体4位)

2走 栁田選手:9秒14(全体6位)

3走 桐生選手:9秒71(全体8位)

4走 鵜澤選手:8秒95(全体4位)

1走は助走がない中で走ることとカーブを走るため2走・4走と比べるとややタイムが遅くなりがちで、3走も同様にカーブを走るため2走・4走と比べるとややタイムが遅くなりがちです。そんな中、3走の桐生選手が全体8位の走りとなり、結果としては、前を走るチームとの差が開いてしまいました。

桐生選手は、2025年8月の記録会で8年ぶりとなる9秒台(9秒99)を出すなど、とても好調で、また今回のリレーメンバーの中でも経験豊富で頼りになる存在でした。

実際、リレー決勝でも桐生選手のバトンの受け渡しは非常にスムーズに見えました。では、桐生選手に何があったのでしょうか。筆者は、リレー決勝での桐生選手には、いつもとは異なる何かが起きていたのではないかと考えます。

8年ぶりに9秒台を出せるようになった理由

桐生選手は、東京2025世界陸上の100m走も含め、最近はasicsの厚底シューズを履いて走っています。

桐生選手が履いているasicsの赤い厚底シューズは「METASPEED SP 2」 ※画像:桐生選手 Instagram

マラソンや箱根駅伝では厚底シューズが一般的となっていますが、実は100m走などの短距離走でも、今では多くの選手が厚底シューズを着用しています。

今回の東京2025世界陸上の男子100m走でも、1位のセビル選手(ジャマイカ)と3位のライルズ選手(アメリカ)がadidasの厚底シューズ、2位のトンプソン選手(ジャマイカ)がNIKEの厚底シューズを履いて走っていました。

東京2020五輪あたりから海外勢を中心に厚底シューズで走る選手が増えてきたのですが、そうした中でも桐生選手は従来通り薄底シューズで走っていました。

しかし、海外勢が厚底シューズで好記録を次々と出している様子を見て、海外勢と戦うために、厚底シューズに対応する必要性を強く感じるようになったと、インタビューなどで語っています。

そして、桐生選手は厚底シューズを履いてベストパフォーマンスを出せるよう、日常生活でもさまざまな厚底シューズで歩くなどして、厚底シューズに体を慣らしつつ、自分に合う厚底シューズを探したといいます。

そのような中、asicsの厚底シューズ「METASPEED SP 2」と出会い、今年の4月になってこの厚底シューズに慣れてきたと、自身のX(旧Twitter)にて述べていました。

そうした流れの中で、今年8月の記録会で8年ぶりとなる9秒台(9秒99)を記録したのです。

素晴らしい走りを見せてくれた2025世界陸上の男子4×100mリレーの予選でも、桐生選手はこのasicsの厚底シューズ「METASPEED SP 2」で走っていましたが、実は決勝ではこの厚底シューズを履いていなかったのです。

桐生選手は競技後のインタビューなどで、リレー決勝では雨が降っていたため、いつもの厚底シューズではなく、薄底のシューズに履き変えて走ったと語っていました。

実際に筆者がテレビで見ていても、桐生選手が緑色の薄底シューズで走っていることは確認できました。

そして、桐生選手はリレー決勝で3走として走り出した瞬間に右ふくらはぎをつってしまったとも語っていました。

長い時間をかけて肉体や走り方を厚底シューズに合わせるようにし、実際に厚底シューズに慣れて良いタイムが出せるようになってきた中で、急に薄底シューズに変えて走ったことが、タイムが振るわなかった要因の1つとなったのかもしれません(雨の中でも、優勝したアメリカや2位のカナダの選手などの他国の選手は、いつもどおりの厚底シューズで走っていました)。

とはいえ、桐生選手は久々の9秒台を出すことができて、厚底シューズにどんどん慣れてきている状態ですから、今後さらに好記録を期待できそうです。

そんな桐生選手の久々の9秒台にも貢献したasicsの厚底シューズ「METASPEED SP 2」は、実はasicsのさまざまな「特許」が用いられており、日本人の走り方を考慮して作られたと考えられるのです。

日本人の特性を考慮した技術の結晶

桐生選手が履くasicsの厚底シューズ「META SPEED SP 2」は、asicsが特許出願中(特願2022-124010)の技術が用いられていると考えられます。その概要は以下の通りです。

1:厚みがあり高反発素材のミッドソールを、2枚のプレートで挟み込むことにより、衝撃を和らげつつ、効果的な反発性を実現する(上部のプレートはカーボンプレートにする)

2:ボトムプレートの足の親指(母指球)部分をやや上にくぼませることで、接地から蹴り出しまでの間の足の動きの安定性を高める

ソール構造は図1のようになっています。

図1:「METASPEED SP 2」のソール構造 ※画像:特許情報プラットフォーム

桐生選手が厚底シューズを履く前に使用していたasicsの薄底シューズ「METASPRINT」と比べると、特に前足部においてかなり厚みがあることが分かります。

桐生選手が以前履いていた薄底シューズ「METASPRINT」※画像:asics 公式Webサイト

そしてasicsはほかにも、日本人の特性を考慮した興味深い重要な技術についても、特許を出願(特願2022-140847)しています。この技術は、走行時に足首関節の角度変化を小さくすることを目的としています。

なぜこの技術が重要かというと、それは「日本人の走り方の特徴」と関係があるからです。

1991年の世界陸上東京大会の時に、日本陸上競技連盟バイオニクス研究所が、100m走において優勝したカール・ルイス選手(アメリカ)と日本人選手との走り方の違いを研究した際に、日本人選手は足首の角度が大きく変化していることが明らかになりました。図2はその変化の違いを解説しています。

図2:『スポーツ選手なら知っておきたい「からだ」のこと』(小田伸午著/大修館書店刊)より

当時100mを9秒86で走り優勝したカール・ルイス選手は、驚くほどに足首角度の変化が小さいのです。

これは、足首角度の変化を小さくすることができれば、より速く走れることを示唆しています。asicsは、このような日本人特有の走り方の特徴を踏まえて、より速く走れるような技術を開発し、それがシューズに生かされています。

桐生選手がさまざまな厚底シューズを試した結果、日本のメーカーであり、日本人選手の走り方を踏まえてシューズ開発をしているasicsの厚底シューズが一番しっくりきたのも、納得できることかもしれません。

日本が誇るメーカーとして、NIKEやadidasに負けないシューズを作れるasicsによって、日本人がより速く走れるようになること、そして桐生選手のさらなる記録更新にも期待したいです。

▼藤枝 秀幸プロフィール

大手IT企業などでSEとしてシステム開発などに従事した後、2009年に「藤枝知財法務事務所」を開業。以降、IT分野やエンタメ分野を中心に契約書業務や知的財産業務を行う。メディアや企業のコンテンツ監修なども手がけている。All About 弁理士ガイド。