5年間で常備兵が10万人減、BTSが引き起こした韓国兵役論争…”負け知らず”の通称「イギジャ部隊」が去った最前線サネミョンの町の今
2025年6月21日、韓国のトップアーティストグループ「BTS」のSUGAが兵役を終え、メンバーが再結集を果たした。韓国ならではの徴兵制が、このグローバル・スターの活動を中断させてしまうことについては、2020年から翌年にかけて国内で激論が巻き起こったが、最終的には全員が兵役に就くことで決着した格好だ。
だが、韓国の徴兵制は根深い問題を抱えている。
歴代政権が繰り返してきた兵役期間の短縮と、急激に進む少子化の結果として、深刻な常備兵不足が生じているのだ。未だ北朝鮮と「休戦」中の韓国が直面する安全保障の危機、その現状を取材した。
※本記事は菅野朋子『韓国消滅の危機 人口激減社会のリアル』(角川新書)から抜粋・編集したものです。
「世界的アイドル」の代替服務を認めるか
「兵役」は韓国において、外からはうかがい知ることができないほどセンシティブな話題であり、それだけにしばしば過敏な反応を引き起こす。
2020年、21年と起きたBTSメンバーの兵役免除の動きには、入隊前後の20代男性が特に強く反発した。最終的に20年には法改正が行われ、30歳まで入隊を延期できる対象者に「大衆文化で功績のあった者」が加えられたことで、本来ならばその年の12月に入隊する予定だった最年長メンバーの入隊期限が2年先送りされた。
翌21年にも再びBTSを兵役免除や代替服務の対象にしようという声が国会議員から上がり、国会の国防委員会では、「兵役法一部改正法案」が論議された。
改正法案には大衆文化で功績のあった者を「芸術要員」として代替服務させる案も含まれており、その行方が注目された。これに対し、国防省は「公正さ」の観点から一貫して反対の立場をとった。この時も「好きなことをして、大金まで稼いでいるのに兵役まで免除されるなんて不公平だ」と反対する20代男性の声は根強く、親世代も巻き込んで、賛否を巡り激論が飛び交った。

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結局、改正案から大衆文化に関する条項はとり除かれた。折しも、大統領選挙を控えていた時期で、「誰も猫の首に鈴はつけたがらない」ともいわれた。20代男性の票を失うわけにはいかないという政治的力学が働いたわけで、この議論の中で浮き彫りとなった問題こそ「兵役数の減少」という揺るぎない現実だった。国防省としては、兵役数(常備兵)が減少していく中で、これ以上の特別待遇を認めるわけにはいかなかったのである。
BTSメンバーはその後22年から23年にかけて全員、兵役に就き、任期を全うして除隊している。
常備兵48万人の衝撃
韓国の国防計画は2005年、故盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権(任2003〜08)時代に発表された『国防改革 基本計画』をもとに、政権が代わるごとに修正が重ねられてきた。兵役数について見ると、05年は、「50万人台の精鋭化」とある。その後も「2020年まで51.7万人水準で精鋭化」(09年)、「2022年52.2万人台で兵役調整」(14年)となり、文在寅(ムンジェイン)政権(任2017〜22)時の18年に発表された『国防改革2・0』でも、「2022年まで50万人台で兵役調整」とされるなど、50万人台というのが基準になっていた。これは07年に施行された「国防改革に関する法律および施行令」で「20年まで50万人の水準を目標」と定められていたことによる。
これに対し18年、兵役数はそれまで維持されていた60万人台を割り57万人に減少、「兵役資源の第一の絶壁」が訪れた。背景のひとつとされたのは、歴代政権で行ってきた徴兵の服務期間の短縮の積み重ねだ。
17年の大統領選挙の公約として、服務期間の短縮を掲げていた当時の文在寅政権も、『国防改革2.0』の中でこれを実行している。陸軍の場合は21か月から18か月に、空軍・海軍もそれぞれ、3か月短縮され、21か月、20か月となっている(海兵隊は18か月)。
21年、韓国国防省は、『2022〜2026 国防中期計画』を発表、ここで50万人の兵役数の水準を保つためには毎年20万人の現役資源(徴兵兵)が必要だと説明した(「聯合ニュース」2021年9月4日)。
ところが、翌22年には、新たに成人した男性が26万人いたにもかかわらず、常備兵は48万人と早くも50万人台を割ってしまう。国防省は、合計特殊出生率に基づき、常備兵となる成人男性の人口推計を行っているが、2036〜37年には推定20万人前後となり、兵役資源の「第二の絶壁」が訪れると予測している。こうした流れに23年7月、同省は常備兵力の目標水準「50万人」を削除する方向であることを公表。25年5月、この内容が含まれた「国防改革」改正案が発議された。
『国防改革2.0』では、国防省の直轄部隊の縮小・改編についても決められ、19年から順次進められている。この統廃合は驚きと共に受け止められ、各地元では強い反対の声が上がった。
とりわけ衝撃的だったのが、陸軍第27歩兵師団、通称「イギジャ部隊」の解体である。「イギジャ」は日本語にすると「勝つぞ」といった意味だ。「負け知らずの部隊」といわれ、陸軍の中でも過酷な訓練で知られていた。「勝つぞ」には、「必ずや」といった決意のニュアンスが伴っている。
同部隊は、朝鮮戦争後の1953年に創設され、華川郡(ファチョン・グン)サネミョンに駐屯してきた。華川郡は北朝鮮との軍事境界線に近い「接境地域」に位置するため、部隊も最前線に晒されることになる。

常備兵力数推移(韓国国防研究院『兵役資源減少時代の国防政策の方向』(「ソウル新聞人口フォーラム」2023 年6月15 日))
イギジャ部隊の解体が発表されると、華川郡議会も地元住民も、地域経済が立ちゆかなくなるとして強く反対した。郡議会は次のように訴えている。
「華川を含めた接境地域は軍事施設保護という名分のもと、多くの犠牲を強いられてきた。それが、地域との協議もないまま軍部隊を解体することへの虚脱感は言葉では言い表せない。接境地域の経済の大きな軸を担っていた軍の統廃合が突然進められたことで、地域の商圏の崩壊が現実になった。不景気、人口減少で地域経済は崩壊する」(「聯合ニュース」2019年7月17日)
しかし、部隊は予定通り、2022年11月に解体された。
それから2年あまり。イギジャ部隊が去ったサネミョンの町を訪ねた。
取り残された軍用品販売店
華川郡サネミョンは、ソウルから車で2時間半ほど北東に上ったところにある。高速道路を下りて一般道に入ると、途中からは山間の曲がりくねった道が続き、鬱蒼とした木々の間から何か飛び出してくるのではないかとハンドルを握る手にも力が入る。途中の道路脇には、黒地に白いドクロのマークが大きく描かれた第3歩兵師団、通称「白骨部隊」の看板を見かけた。
サネミョンに入り、ようやく見つけた駐車場に車を停めて町中を歩くと、飲食店が建ち並ぶ通りは昼時にもかかわらずひっそりとしている。近くにあったバスターミナルには、乗用車がぽつんと1台駐車されているのみ。その時、大型バスがゆっくりと入ってきた。降りたのは運転手だけだった。

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「部隊が解体されてから、ソウルとの間を往復するバスの本数も減りましたし、一気に人がいなくなりました」
そう話すのは、バスターミナル内にある軍用品販売店の金社長(64歳)だ。20年前に故郷の華川郡に戻り、商売を始めたという。店では、部隊に所属する兵士の軍服や帽子、手袋、マークなど様々な商品を取り扱う。
8000人近くを擁したイギジャ部隊が駐屯していた頃は、居住する軍幹部の家族4000人ほどもいて、活気があったという。当時は、バスターミナルも休暇で帰宅する兵士や訪問客などで賑わっていたのに……そう金社長はつぶやいた。
売上は「減ったというより、ほとんどない」
店は、バスチケット売り場とコンビニエンスストアに連結しており、金社長が1人で切り盛りしていた。コンビニエンスストアは、新型コロナウイルスが流行した2020年から始めたという。
「27師団の解体が決まった時は撤回してほしいと町全体で反対しましたけど、どうしようもないでしょ。それにコロナが始まって客もめっきり減ったので、将来のことも考えて(コンビニを)始めたんですけどね。売上はいくら減ったというより、ほとんどないと言ったほうがいい」
そう言って俯いた。1年前からは郡内のバスの運転手も始めたそうで、運行日は息子が代わりに店に立つという。そう言いながら、急に何かを思い出したように、弾んだ声を出した。
「ほら、BIGBANGのテソンが27師団に入隊したでしょ。あの頃は日本からファンがたくさん来てね。テソンが着ているTシャツとか帽子とか色々なものをたくさん買ってくれましたよ。中には、何度も来た人がいて、日本からお土産まで持ってきてくれました。日本のお菓子で、なんだったかなあ……おいしかったですよ。他にもアイドルが入隊すると世界中からファンがここまで来てくれて賑わいました」

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BIGBANGは、2006年にデビューしたK‐POPの男性5人組のグローバル・スターで、テソンはメンバーの1人だ。彼が入隊したのは18年。日本でも絶大な人気を誇ったが、2人のメンバーがスキャンダルによりグループを脱退。現在はそれぞれソロ活動をしている。同ように軍用品を扱っていた店は町内に6店舗あったそうだが、半分は店を畳み、現在は3店舗だという。部隊が去っても軍用品店を手放さないのには、何か理由があるのかと思って訊ねると、金社長は考え込んでしまった。
「規模は半分になりましたけど、15歩兵師団もまだあるし。店を畳もうかと思っても、どうすればいいのかまだ分からないというのが正直なところです」
店を出た後、しばらく歩くとロッテリアが見えたので入ってみた。昼時だというのに客は1人だけ。店員も、アルバイトの女性がたった1人。彼女はこう語った。
「売上のほとんどが軍人さんでしたから、部隊が去った後は来店する人はめっきり減りました」
◆略歴◆
菅野朋子(かんの・ともこ)
1963年生まれ。中央大学文学部卒業。カナダ、韓国に留学後、出版社勤務、「週刊文春」記者を経て現在はフリーライター。2004年より韓国に在住し、韓国社会の「本音」を日本に発信し続けている。著書に、『好きになってはいけない国。 韓国発! 日本へのまなざし』(文春文庫)、『ソニーはなぜサムスンに抜かれたのか 「朝鮮日報」で読む日韓逆転』『韓国エンタメはなぜ世界で成功したのか』(いずれも文春新書)、『韓国窃盗ビジネスを追え 狙われる日本の「国宝」』(新潮社)などがある。