想定外が分けた竜王戦第1局の明暗…藤井聡太竜王は読みにない封じ手△6四角をも楽しみ、佐々木勇気八段は開始直後の▲3六飛に準備不足で「平成の将棋も強い」と王者に感嘆[指す将が行く]

 2年連続で藤井聡太竜王と佐々木勇気八段が対局する第38期竜王戦七番勝負第1局は藤井竜王が先勝し、5連覇による「永世竜王」資格獲得へ好発進した。勝敗を分けたのは「想定外」への対応だった。藤井竜王は全く読みになかった封じ手に対し、「ワクワク」を覚えながら精密に指し進めた。佐々木八段は開始直後の段階で研究を外れてしまい、動揺もあったか「構想が破綻した」と嘆いた。黒星スタートとなった挑戦者だが、局後は気分転換に成功し、第2局の「あわら対局」を見据えた。(デジタル編集部・吉田祐也)

振り駒の行方を凝視した挑戦者、後手で「横歩取り」に誘導, 19手目で「平成調」の力戦志向、「青野流」対策をかわす, 動揺して、ふらふらと△9四歩…「長考する場所を間違えた」, 妥協なき勇気流、封じ手で異例の長考…藤井竜王も油断せず熟慮, 封じ手は練り上げられた勝負手…王者は「てごわい」と微笑む, 賢者の一手▲8六飛…佐々木八段「投了級」とぼう然, 藤井竜王のひそかな好物とは…両対局者は「勝負めし」を堪能, 藤井竜王の「少しよくなった」は、相手にとって「投了寸前」を意味, 勇気先輩を慕う棋士が集結、異例の「感想戦後の感想戦」で気分転換, 挑戦者のフレーズに「妙手」と聞き入る…発話ではない個性、ファンを魅了

感想戦で笑みがこぼれた藤井竜王(左)と佐々木八段=富永健太郎撮影

振り駒の行方を凝視した挑戦者、後手で「横歩取り」に誘導

 東京・渋谷のセルリアンタワー能楽堂で行われた開幕局は、野村ホールディングスの寺口智之副会長が振り駒を担当した。能舞台に散った5枚の歩。挑戦者の佐々木八段は、振り駒の行方を凝視していた。本局で先手番を得たのは藤井竜王だった。

振り駒の行方を凝視した挑戦者、後手で「横歩取り」に誘導, 19手目で「平成調」の力戦志向、「青野流」対策をかわす, 動揺して、ふらふらと△9四歩…「長考する場所を間違えた」, 妥協なき勇気流、封じ手で異例の長考…藤井竜王も油断せず熟慮, 封じ手は練り上げられた勝負手…王者は「てごわい」と微笑む, 賢者の一手▲8六飛…佐々木八段「投了級」とぼう然, 藤井竜王のひそかな好物とは…両対局者は「勝負めし」を堪能, 藤井竜王の「少しよくなった」は、相手にとって「投了寸前」を意味, 勇気先輩を慕う棋士が集結、異例の「感想戦後の感想戦」で気分転換, 挑戦者のフレーズに「妙手」と聞き入る…発話ではない個性、ファンを魅了

藤井竜王が盤面を見つめるなか、佐々木八段は振り駒の行方を凝視した=吉田祐也撮影

 佐々木八段は能舞台にある歩から目をそらさない。「先手番がほしかったのか」と記者は感じた。昨年の竜王戦七番勝負の後、佐々木八段は「第1局は先手番を引きたかった」と明かしていた。前期の第1局は後手番で敗れている。主導権を握りやすい先手番への思いが、目の奥に表れていた。多くのお客さんが入った能楽堂で主役の両対局者が一礼し、七番勝負が始まった。藤井竜王の初手▲2六歩から△8四歩▲2五歩△8五歩▲7六歩と進んだところで挑戦者は△3四歩と横歩取りを志向した。佐々木八段にとって、後手番では珍しい作戦選択だ。控室でも「意表の戦法」と声が出ていた。

19手目で「平成調」の力戦志向、「青野流」対策をかわす

振り駒の行方を凝視した挑戦者、後手で「横歩取り」に誘導, 19手目で「平成調」の力戦志向、「青野流」対策をかわす, 動揺して、ふらふらと△9四歩…「長考する場所を間違えた」, 妥協なき勇気流、封じ手で異例の長考…藤井竜王も油断せず熟慮, 封じ手は練り上げられた勝負手…王者は「てごわい」と微笑む, 賢者の一手▲8六飛…佐々木八段「投了級」とぼう然, 藤井竜王のひそかな好物とは…両対局者は「勝負めし」を堪能, 藤井竜王の「少しよくなった」は、相手にとって「投了寸前」を意味, 勇気先輩を慕う棋士が集結、異例の「感想戦後の感想戦」で気分転換, 挑戦者のフレーズに「妙手」と聞き入る…発話ではない個性、ファンを魅了

第1図

 藤井竜王は注文に乗って堂々と▲3四飛。横歩を取った。△3三角▲5八玉△4二銀と進み、次の19手目で藤井竜王は▲3六飛(第1図)と引いた。「これまでは▲3六歩の青野流が多かったと思いますが、力戦調でゆったり指そうと思い、この形では公式戦で初めて▲3六飛を選びました」と局後に語った。一昔前の「平成調」の指し方でもある▲3六飛は、棋士の実戦例もあって普通の手なのだが、早くも19手目にして、佐々木八段は動揺を隠せなかった。ここまでテンポよく指し進めてきたが、▲3六飛を境にして、小刻みに時間を使い始めた。観覧客が去った能楽堂で羽織を脱ぎ、せわしく水分を補給して考慮にふけった。

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羽織を脱ぐ佐々木八段=リモートカメラで富永健太郎撮影

 佐々木八段は取材に対し、「正直に言って、▲3六飛は想定外でした」とこぼした。「藤井さんは駒組みでは鋭角的に駒を配置することが多いと体感していたので、▲3六歩の青野流対策ばかり考えていました。たった19手目で用意が外れてしまい、情けない気持ちになりました」と話した。開始直後とも呼べる時間帯で準備をいかせなくなった挑戦者は、うっすらとした記憶を頼りに駒組みを進めていく。ただ、精神面で揺らぎがあったか、この直後の指し手の選択で後悔することになった。

動揺して、ふらふらと△9四歩…「長考する場所を間違えた」

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第2図

 第2図は25手目で、藤井竜王が▲7七桂と跳ねた局面だ。佐々木八段は19分の考慮で△9四歩と指した。すかさず、藤井竜王は▲7五歩と位を取った。そこで佐々木八段は本局最長となる1時間57分の大長考をしいられた。△5二玉と指すも、「先手の▲7五歩から押さえ込む方針に対し、よい駒組みが見つからなかった。△2四歩の形をいかせない将棋になりました」と振り返った。

 実は挑戦者は第2図から△9四歩のほか、△4一玉も考えていた。公式戦の前例は△4一玉で、後手は△2四歩型をいかす戦いに持ち込んでいた。佐々木八段は「玉を寄った方が明らかによかった。ふらふらと端歩を突いてしまい、本譜は構想が破綻しました。長考する場所を間違えました」と嘆いた。

妥協なき勇気流、封じ手で異例の長考…藤井竜王も油断せず熟慮

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第3図

 対局初日の中盤戦は「先手ペース」と検討陣の見解は一致した。再び能楽堂に客が入った午後5時半過ぎ、藤井竜王は▲8四歩(第3図)と指した。佐々木八段は「前期のシリーズを通してわかっていたことですが、自分が封じる側になるだろうと覚悟はできていました」と明かした。形勢不利を自覚していて、腰を落として考えることにした。

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封じ手の定刻を過ぎても佐々木八段(左)は考え続けた=富永健太郎撮影

 定刻の午後6時を回ると、佐々木八段は立会人の深浦康市九段に「しばらく考えます」と告げた。そして、異例の1時間7分の長考で次の手を封じた。

 盤側で見届けた深浦九段は「挑戦者の妥協しない姿勢が伝わりました。藤井竜王も全く油断することなく、佐々木八段と同じく集中して考えていました。お客様は最善を尽くす両対局者の考慮姿に引き込まれたのでは」と封じ手の場面を振り返った。

封じ手は練り上げられた勝負手…王者は「てごわい」と微笑む

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対局2日目、能舞台に向かう藤井竜王=富永健太郎撮影

 そして対局2日目、深浦九段が能舞台で読み上げた封じ手は△6四角だった。控室の予想に挙がっていない手だ。藤井竜王は「全く読んでいない手で、想定外でした。(第3図から)△8二歩とあらかじめ受ける手と、△3三桂と攻勢を取る手を本線に読んでいました。△6四角は浮かびませんでしたが、角を好位置に持っていく主張があり、手ごわいと感じました。再開後は、一から読みを組み立て直すことにしました」と笑顔で語った。

 王者が「想定外」を楽しむことができたのは「歩得を頼りにしていました」と、判断のよりどころが明確だったこともある。長考で練り上げられた勝負手△6四角は、通してしまうと好手に化ける。抜かりなく読みを入れ、▲8三歩成~▲8二歩と攻めた。歩得は香得へとつながり、先手は有利から優勢へとリードを広げていった。

賢者の一手▲8六飛…佐々木八段「投了級」とぼう然

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第4図

 封じ手の△6四角をいかすべく佐々木八段は、先手の飛車に圧力をかけていく。△8四銀に対し、7筋の飛車を▲8六飛(第4図)と寄った藤井竜王の何げない手を高見泰地七段が絶賛した。「賢者の一手です。銀と桂が行き場を失うので△8五歩とは打てませんし、△7五銀だと飛車を成られてしまう。△7五角の一手ですが、そこで▲5六飛と実戦は進み、飛車を縦横に働かせた先手が大きく得をしました。後手は頼みの綱の角が、好位置からそれて狙われる駒になりました」と解説した。

 佐々木八段は「封じ手で1時間以上考えて見通しを立てたのに、▲8六飛が見えていませんでした。ショックで投了級だと。ぼう然とする時間帯でした」と率直に語った。

藤井竜王のひそかな好物とは…両対局者は「勝負めし」を堪能

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対局2日目の藤井竜王の昼食(左)と佐々木八段の昼食=富永健太郎撮影

 形勢が先手に傾いていくなか、昼食休憩の時間を迎えた。佐々木八段は「力うどん」「ネギトロ細巻き」「サラダ」を瞬く間に食べ終え、能舞台に戻った。藤井竜王は「海の幸入りあんかけ焼きそば」を注文した。2年前の第36期竜王戦七番勝負第1局・伊藤匠七段(当時)戦でも同じメニューを選んでいた。「とてもおいしかった記憶があって、また頼みました。具材も含めて、好物です」とにこやかに話した。ひそかな楽しみだったようだ。下げられたお盆を見ると、2人はきれいに完食している。セルリアンタワー東急ホテルの関係者は健啖ぶりに感激していた。

 将棋は優勢だと、勝ち筋を探す緊張感で食事が進まないこともあり、不利だと食欲がわかないこともある。ただ、藤井竜王と佐々木八段は、そこは割り切って「勝負めし」を堪能している。タイトル戦の開催地にとって、うれしい限りだろう。

藤井竜王の「少しよくなった」は、相手にとって「投了寸前」を意味

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大盤解説会に登壇した佐藤天彦九段=西孝高撮影

 2日目の午後に入り、大盤解説会に登壇した佐藤天彦九段は「先手はどうやって勝ちにいくのか。手駒が少ないので、まだ簡単ではない」と説明した。藤井竜王は「寄せの具体的な手段は見つからず、難しいと思いました」と優勢でも緩まない。丁寧に大駒の配置を整えながら、飛車交換に持ち込み、寄せの構図を描いた。▲3七桂(第5図)と自陣の駒を活用した手を見た増田康宏八段は「決め手です。あとは3三の地点に殺到すれば後手玉は寄っています」と断言した。以下、パタパタと指し手が進み、佐々木八段は投了を告げた。「さえない駒組みで、(後手番の横歩取りを)指し慣れていないところが出ました」と振り返った。

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第5図

 ちなみに、藤井竜王は終局後、「▲3七桂で少しよくなりました」と話している。タイトル戦で何度も盤を挟んだ渡辺明九段は以前、「藤井さんの少しよくなったという言葉は、相手にとって投了寸前を意味している」と「藤井聡太語録」の脳内翻訳を教えてくれた。対戦相手をおもんぱかる気持ちと、終局するまで絶対に気を抜かないという思いが凝縮された言葉選びなのだ。似たような表現を羽生善治九段も終局後に使う。第一人者と呼ばれる棋士は対局中、投了の声を聞くまで「勝勢」を感じない。「覇者」が備える資質だ。

 能楽堂での感想戦で両対局者は時折、笑みを浮かべた。「端歩は、いきなりの敗着でしたか」と挑戦者の素直な一言が、王者の笑いのツボを突いた。感想戦が終わると、佐々木八段は一人、舞台に残った。盤に何度も手をやりながら、悔しさを押し殺していた。

勇気先輩を慕う棋士が集結、異例の「感想戦後の感想戦」で気分転換

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竜王戦第1局を検討する(手前左から)高橋四段、宮嶋四段、小山四段=吉田祐也撮影

 能楽堂の楽屋に戻り、呼吸を整えた佐々木八段は和服姿のまま検討室に顔を出した。佐々木八段を慕う小山直希四段、宮嶋健太四段、高橋佑二郎四段と、後輩棋士が「セルリアン」に集結していた。「今回の形、前例あるの」という佐々木八段の問いに、弟分の高橋四段は「自分が7月に指した将棋です」と返答した。「佑二郎の将棋かあ。後輩の将棋を、ちゃんと勉強していないとは。そういえば、棋譜中継のコメント欄だけは思い出してきた。ひどい準備不足だ」と佐々木八段は苦笑いした。

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和服姿で検討室を訪れ、後輩棋士と感想戦を行う佐々木八段(右)=吉田祐也撮影

 敗戦直後の挑戦者は後輩棋士らと、盤駒を使って本局の反省会を行った。7月の高橋四段-長谷部浩平五段戦を参考にしながら、検討を進める。記録係の福田晴紀三段も遠慮がちに見つめた異例の「感想戦後の感想戦」だ。大きな笑い声が部屋の外に響き、「棋士のみなさん楽しそう。盛り上がっていますね」とホテル関係者はほほえんでいた。

 佐々木八段は「家に帰って、一人で棋譜を検索して高橋-長谷部戦を見つけたら、めちゃくちゃ落ち込んだと思う。セルリアンで知ることができてよかった」と、次局へ気持ちを切り替えていた。局後に大盤解説会に登壇した際、去年は「楽しかった」と話したが、今年は「楽しい」という言葉を使わなかった。「平成の将棋でも藤井竜王は強い。挽回しないといけない」と決意を述べた。勝負師の顔だった。

挑戦者のフレーズに「妙手」と聞き入る…発話ではない個性、ファンを魅了

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大盤解説会に登壇した両対局者。藤井竜王(右)は時折、目を閉じて佐々木八段の言葉に耳を傾けた=吉田祐也撮影

 隣に立つ藤井竜王は目を閉じ、その言葉に耳を傾けた。その姿はどことなく、平成時代の覇者・羽生九段と重なるところがある。「佐々木八段がおっしゃった『平成の将棋』というフレーズ、妙手だと感じ入っていました」

 若き第一人者は盤上でも盤外でも「対話」しながら、感覚を研ぎ澄ます。会場に詰めかけた大勢の客が壇上にスマホを向けた。発話ではない個性が、ファンを魅了している。