「NATOはロシアと戦争状態」発言のラブロフ外相:プーチン政権の実力者の素顔に迫る
- ロシア政界屈指の実力者
- 「ロシアはNATOと事実上の戦争状態にある」
- G20外相会合での発言
- ラブロフ外相はどのような人物?
- ラブロフ外相の素顔に迫る
- 1950年にモスクワで誕生
- 祖父母のもとで成長
- 高校時代は成績優秀者
- スリランカ大使館に勤務
- 国際派の官僚として
- ニューヨーク滞在
- ソ連は崩壊してしまったが……
- ロシア連邦の外務次官・国連大使として
- 相次ぐ内閣改造も影響なし
- シリア政府による化学兵器使用をめぐる攻防
- ロシアの代表として存在感を発揮
- シリア内戦の和平交渉
- ヒラリー・クリントン国務長官(当時)との関係
- 元チェーンスモーカー
- ラブロフ外相の家族
- 国民の間でも人気
- 国際情勢のカギを握る人物
- ウクライナ侵攻で困難な立場に
- プーチン大統領の主張を全面的に擁護
ロシア政界屈指の実力者

数十年間にわたり、ロシア外交の舵取りを担ってきたセルゲイ・ラブロフ外相。現在のロシア政界を代表する実力者だ。
「ロシアはNATOと事実上の戦争状態にある」

そんなラブロフ外相が9月25日に不穏な見解を口にした。ロシアはウクライナをめぐってNATOおよび欧州連合(EU)と事実上の「戦争状態」にあるとしたのだ。一方、米国のトランプ政権はプーチン政権に対するこれまでの融和路線を転換しはじめている。
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G20外相会合での発言

ロシア国営タス通信によれば、ラブロフ外相は国連総会に合わせて行われたG20外相会合の場で、「NATOおよび欧州連合はわが国に対し、宣戦布告しようと目論んでいる。いや、すでに宣戦布告し、直接参戦していると言っても過言ではない」と述べたという。
ラブロフ外相はどのような人物?

プーチン大統領の腹心として外交の舞台で辣腕を振るうラブロフ外相。一体、どのような人物で、なぜプーチン政権のもとで権勢を誇っているのだろうか?
ラブロフ外相の素顔に迫る

そこで、今回はプーチン政権の重要人物でありながら、スポットライトが当たることの少ないラブロフ外相について、生い立ちから現在までの軌跡をたどりつつ、その素顔に迫ろう。
1950年にモスクワで誕生

1950年3月21日にモスクワで誕生したセルゲイ・ヴィクトロヴィチ・ラブロフ。父のヴィクトル・カランタロフはトビリシ(現ジョージアの首都)生まれだが、アルメニア系だ。「ラブロフ」という姓については、母カレリア・ボリスヴナの旧姓を名乗ったものだという説が一部でささやかれている。
祖父母のもとで成長

頻繁に出張する両親に代わって幼いラブロフ外相を育てたのは母方の祖父母だったという。当時のラブロフ外相は自分が将来、ロシア政治を左右する立場になろうとは思いもよらなかったことだろう。
高校時代は成績優秀者

英語教育に力を入れる高校に進学したラブロフ外相。卒業に際しては成績優秀者に与えられる銀メダルを受賞し、難なくモスクワ国際関係大学に入学した。
大の音楽ファン

ラブロフ外相には大の音楽ファンという一面があり、作詞のほかギターの演奏を嗜むとか。あまり知られていないが、モスクワ国際関係大学の校歌を作曲したのは他ならぬラブロフ外相だ。
写真:モスクワ国際関係大学のアナトリー・トルクノフ学長とともに(2016年)
スリランカ大使館に勤務

1972年に大学を卒業したラブロフ外相はスリランカのソ連大使館に派遣され、ラフィク・ニシャノフ大使のもと秘書や通訳の仕事に携わることとなった。
モスクワに帰還

その後、1976年にはモスクワに戻り、当時のソ連政界で順調に出世を続ける。
国際派の官僚として

ソ連の国際経済機関局では、第3書記官および第2書記官として勤務。国連をはじめとする国際機関との仲立ちをする中で、国際派官僚としての感覚を養ってゆく。
ニューヨーク滞在

1981年からはソビエト連邦国連代表部の一員としてニューヨークに滞在。1988年まで同地で任務に当たったが、その後も国連での役回りは続くことに。
ソ連は崩壊してしまったが……

そんな中、ソビエト連邦は1991年に崩壊。しかし、ラブロフ外相は新たな体制のもと外交官としてのキャリアを着々と築き上げてゆく。
ロシア連邦の外務次官・国連大使として

まず、1992年にロシア連邦の外務次官に就任。その後、1992年から1994年にかけてはロシア連邦の国連大使として活躍した。
外務大臣に就任

そして2004年、前任者イーゴリ・イワノフ外相の退任にともない外務大臣に就任。2008年と2012年に再任されて現在に至る。
相次ぐ内閣改造も影響なし

その間、ロシアでは何度も内閣改造が行われているが、ラブロフ外相の地位が揺らぐことはなかった。
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中東カルテット

2004年からは、パレスチナにおける和平プロセスの仲介を担う「中東カルテット」にロシアを代表して参加。
シリア政府による化学兵器使用をめぐる攻防

2013年、内戦下のシリアで同国政府が自国民に対し化学兵器を使用した疑いが浮上。一時は西側諸国が軍事介入を示唆する事態となった。しかし、ラブロフ外相と米国のジョン・ケリー国務長官(当時)がジュネーブで会談し合意に至ったため、シリアは化学兵器禁止条約に加入することを条件に軍事介入を免れた。
ロシアの代表として存在感を発揮

2015年にはイラン核合意に向けて協議を重ねたほか、当時、内戦状態にあったリビアの停戦交渉を主導。
シリア内戦の和平交渉

また、2017年には、米露をはじめとする外国勢力やイスラム過激派の介入によって複雑化したシリア内戦を鎮静化させるため、ロシアを代表して和平交渉に臨んでいる。
ヒラリー・クリントン国務長官(当時)との関係

また、米国のヒラリー・クリントン国務長官(当時)とは緊密な関係にあったとされ、ラブロフ外相自身の言葉によれば「並外れたもの」だったという。
元チェーンスモーカー

チェーンスモーカーとして知られるラブロフ外相だが、本人いわく最近では喫煙量を減らし、健康的な生活を心掛けているとのこと。
ラブロフ外相の家族

妻マリア・ラブロワとの間には、ニューヨーク滞在中に誕生した一人娘のエカテリーナがいる。エカテリーナはロシア国外で教育を受けたが、現在はモスクワ在住で、競売会社「クリスティーズ」のロシア支店を運営しているそうだ。
2人の孫

ラブロフ外相は2人の孫を持つ祖父でもある。写真は孫のレオニードと共に戦勝記念日のパレードに出席するラブロフ外相(2018年)。
国民の間でも人気

2019年にロシア政府系の「全ロシア世論調査センター」が行った世論調査によれば、ラブロフ外相は国民の間で、プーチン大統領とショイグ国防相(当時)に次いで3番目に人気があったという。
国際情勢のカギを握る人物

ロシア外務省における長年の勤務を経て、ラブロフ外相はいまや国際情勢のカギを握る重要人物の1人と見なされるようになったのだ。
ウクライナ侵攻で困難な立場に

しかし、プーチン政権がウクライナ侵攻に乗り出したことにより、さしものラブロフ外相も難しい立場に置かれてしまったようだ。実際、プーチン大統領にウクライナでの軍事行動を正当化するよう催促され、カメラの前で頭を抱える姿が目撃されたこともある。
プーチン大統領の主張を全面的に擁護

しかし、その後は腹をくくったのか、プーチン大統領の主張を全面的に擁護するようになった。いずれにせよ、ラブロフ外相の功罪に対する評価が下されるのは、もうしばらく先のことだろう。
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