「庶民の街」のはずが”転売ヤーの聖地”に…《晴海フラッグ》が映す日本の歪みと「東京都の大誤算」

東京・江東区に所在する潮見駅は、昭和末期まで廃品回収業者が多い街だった。潮見に廃品回収業が多く集まった経緯は1960年まで遡る。それまで台東区や荒川区点在していた事業者が、東京都に斡旋する形で同地に集約されたのだ。

それから半世紀以上が経過し、そんな潮見駅周辺も大変貌を遂げている。なぜなら、その周辺にもタワマンの波が押し寄せているからだ。

京葉線沿線では1990年代からタワマンが増え始めたが、歳月とともに東京へと寄り始めていった。それは2005年前後から都内の湾岸エリアへと忍び寄り、特に江東区はタワマンが続々と建設されてタワマンの街とも称されるようになった。

投資家の格好のターゲットとなった晴海フラッグ, 混迷を極めた公共交通網の整備, 地下鉄ではなくBRTを導入することに, 交通問題を解消する「臨海地下鉄構想」とは

晴海フラッグの海沿いにある晴海ふ頭公園からは、港区・品川区など対岸に立つタワマン群を眺められる(2024年2月写真撮影)

投資家の格好のターゲットとなった晴海フラッグ

江東区を皮切りに、昨今の東京は湾岸エリアでタワマン需要が沸騰している。そのトレンドを誘発したのが東京五輪2020だった。

コロナ禍で開催が1年延期されたが、選手村跡地のHARUMI FLAG(晴海フラッグ)は当初から閉幕後に手頃な価格帯でファミリー層が居住できる住戸の開発をすることが謳われていた。これは東京都といった公的機関が過熱する不動産市場に対抗するためのアフォーダブル住宅という位置付けだった。

アフォーダブル住宅とは、市場価格よりも低い家賃や価格で提供される低・中間所得者層をターゲットにした住宅のことで、実際に晴海フラッグは近隣の住宅と比較しても手頃な価格帯・賃料が設定されていた。

投資家の格好のターゲットとなった晴海フラッグ, 混迷を極めた公共交通網の整備, 地下鉄ではなくBRTを導入することに, 交通問題を解消する「臨海地下鉄構想」とは

晴海フラッグの入り口には、東京五輪2020の選手村だったことが記されたモニュメントがある(2024年2月写真撮影)

しかし、そうした手頃な価格・賃料がアダとなり、晴海フラッグは転売・転貸で稼ぐ不動産投資家の格好のターゲットになってしまう。こうして、東京都が整備を主導したタワマン群はその思惑から大きく逸れていく。

混迷を極めた公共交通網の整備

晴海フラッグは都心に近いという売り文句があったものの、実際には銀座駅までは約3.5キロメートル、東京駅までは4.5キロメートル程度の距離がある。徒歩で通勤するには遠く、かといって地下鉄は整備されていないので鉄道での通勤も難しい。

そうした公共交通が脆弱なエリアだったことを考慮し、住民の足として新しい公共交通の整備が計画された。

東京都は晴海フラッグの居住人口を1万2000人と想定。計画通りに新住民が転入してくるなら、輸送力の大きい鉄道を整備するのが妥当だろう。しかし、計画通りに晴海フラッグが発展するかはわからない。そのため、地下鉄以外の交通手段も検討された。

晴海フラッグの計画が固まる以前には、銀座と晴海間を走る路面電車の構想も浮上。路面電車と聞くと、古臭いイメージで語られることが多い。しかし、2023年8月に栃木県宇都宮市と芳賀町を結ぶ新型路面電車が開業し、路面電車のイメージを大きく覆した。

とはいえ、晴海フラッグの整備が検討されている段階で路面電車という選択肢は見向きもされず、銀座―晴海間の路面電車構想は本格的に議論をされないまま消えた。

当時の空気感において、新しい公共交通の整備といえば地下鉄を置いて他にない。地下鉄の建設は莫大な工費と工期を必要とするので、ゼロから整備をしていたら、晴海フラッグの完成までに間に合わない。

それ以上に懸念されていたのが、東京の湾岸部にタワマンが続々と計画されていたことだ。タワマンは一棟完成すると人口が500〜1000人単位で増えていく。武蔵小杉駅で起きた朝ラッシュ時の混雑という問題が晴海でも起きる可能性が高い。

また、近隣のエリアに晴海フラッグを上回る大きなタワマン街が完成することも考えられる。新たに建設されるタワマンによって交通動線の見直しを迫られる事態も起きかねない。行政の都市計画は、基本的に10年前後のスパンで策定されるため、完成するたびに混雑状況が激しく変わるタワマンは厄介な存在だった。

地下鉄ではなくBRTを導入することに

そうした議論から、東京都はすぐに地下鉄を建設するのではなく、バス高速輸送システム(BRT= Bus Rapid Transit)の整備で一時的な“つなぎ”とした。バスだったら、鉄道より柔軟に路線変更ができるので、タワマンによる混雑・動線の変化にも対応できると考えたのだ。

BRTに明確な定義はないものの、一般的には従来の路線バスを進化させた公共交通と解釈されている。その主な特徴は、2両をつなげた連節バスと呼ばれる車両での運行、バス専用道の整備、PTPSと呼ばれる公共交通を優先して青信号へと切り替えるシステムの導入の3点にある。

晴海エリアを走る東京BRTでも3つのシステムを導入することになっていたが、残念ながらバス専用道とPTPSの導入は晴海フラッグの入居開始までに間に合わず、連節バスは一部の導入にとどまった。

投資家の格好のターゲットとなった晴海フラッグ, 混迷を極めた公共交通網の整備, 地下鉄ではなくBRTを導入することに, 交通問題を解消する「臨海地下鉄構想」とは

晴海フラッグに整備された東京BRTのターミナルからは、タワマンが乱立する風景が広がる(2024年2月写真撮影)

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東京BRTは2020年からプレ運行を開始。2023年4月からは、国際展示場駅前から発着するルートも新設された(2023年4月写真撮影)

不完全なBRTのため、晴海フラッグの入居が開始される直前には通勤時間帯を中心に深刻な渋滞が発生するといった懸念も広がっていた。

筆者は入居開始前後から、定期的に同エリアへ足を運んで取材をしてきた。実際に東京BRTに何度も乗車したが、渋滞もなく混乱も見られなかった。これは晴海フラッグの住戸が不動産投資家に買い占められたことが影響していると考えられる。

不動産投資家が住戸を複数購入したことで、実際に居住した住民は少なく、奇しくも交通面の混乱は起きなかった。

晴海フラッグにアフォーダブル住宅を計画していた東京都にとって、転売・転貸を目的にした不動産投資家による買い占めは不本意だっただろう。しかし、図らずも巨大開発につきものの交通の問題は起きなかった。

交通問題を解消する「臨海地下鉄構想」とは

だからと言って、東京都は安穏としていられない。現在も晴海や近隣の豊海、勝どきなどでタワマンの建設は続き、今後も人口は増えていくことが想定されている。

早晩、東京BRTの輸送力が限界に達することは間違いない。そうした交通問題を解消するべく、2022年11月に小池百合子都知事が臨海地下鉄の構想を発表した。

臨海地下鉄は東京駅と東京ビッグサイト間の約6.1キロメートルを銀座・築地・豊洲市場といった湾岸エリアを経由する路線で、2040年代までに開業する目標を掲げている。

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晴海フラッグには東京BRTのほか、都営バスも走っている(2024年2月写真撮影)

同地下鉄が実現すれば、湾岸エリアの公共交通機関は東京BRTから地下鉄へと移行するだろう。湾岸エリアの利便性は高まるが、その一方で、湾岸エリアの人口集積は加速する。

東京都は大別して23区と三多摩の2つのエリアに分けることができるが、23区の人口はいまだ堅調に増加している。特に江東区・中央区・港区など湾岸エリア、その中でも江東区は2005年前後から爆発的に人口を増やしてきた。江東区の人口増はタワマンが担ったといっても過言ではない。

(写真はすべて筆者撮影)

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