ほぼ更地になった旧将棋会館の跡地は老人ホームに…藤井聡太竜王がデビューした「将棋の聖地の痕跡を残し未来へ」ヒューリック会長の思い、新プロジェクト始動[指す将が行く]
昨年12月の竜王戦が公式戦最終対局となり、半世紀近い歴史に幕を下ろした旧将棋会館は10か月を経て「赤茶色」が印象的だった建物が解体された。東京・千駄ヶ谷に所在し、「聖地」として将棋ファンに愛された場所は、新将棋会館を建設したヒューリックが購入して建て替え計画を進めている。「将棋の聖地の痕跡を残し、未来へつなぐ」。会長同士の約束を胸に、聖地伝承へ一歩を踏み出した。(デジタル編集部・吉田祐也)

解体された旧将棋会館(10月22日、東京都渋谷区千駄ヶ谷で)=吉田祐也撮影
大山十五世名人、中原十六世名人、羽生九段ら大棋士が歴史を積み上げた地
先日、旧将棋会館の解体工事が落ち着いた頃合いに、不動産会社・ヒューリックは近隣住民らへ、建て替え計画について説明を行った。半世紀ほど将棋棋士らが通った聖地は「有料老人ホーム」になると伝えた。

加藤九段(左)と藤井四段(当時)は将棋会館でのデビュー戦の後、報道陣の取材に応じた(2016年12月)=吉田祐也撮影
旧将棋会館は、2016年12月に藤井聡太四段(当時)がレジェンド・加藤一二三九段と竜王戦6組のデビュー戦で対局した場所でもある。大山康晴十五世名人、中原誠十六世名人、羽生善治九段ら大棋士が幾多の名勝負で歴史を積み上げ、千駄ヶ谷は将棋の聖地としてファンに親しまれていた。昨年12月23日の竜王戦1組・森内俊之九段-郷田真隆九段戦が公式戦最終対局となった。感無量の思いがこみあげた記録係の目から涙があふれ、勝利した郷田九段は「最後に対局できて光栄です」と話し、森内九段は「今までの思い出がよみがえって、少し寂しい」と名残を惜しんだ。
着々と解体、夏に「将棋会館」の看板が外される

今年7月には将棋会館の看板が外された=吉田祐也撮影
最終対局から3日後の12月26日、荷出しを終えた旧将棋会館は夕日に照らされ、寂寞がそこにはあった。年が明けると、建物が囲われ、解体工事が始まった。5階、4階、3階と、思い出の対局室や事務室が姿を消していく。今年7月に入ると、ついに「将棋会館」の看板が取り外された。「本当になくなった」と、シャッターを押す指が震えた。2階、1階と解体していき、最後に地下1階を解体した。多い時では週6日、解体工事は行われた。防音や粉じんの飛散防止など配慮しながら、作業員は黙々と働いていた。

羽生九段(左)の見送りを受ける中原十六世名人(5月、新将棋会館で)=吉田祐也撮影
中原十六世名人は「思い出が詰まった場所だから、去年の最終対局日あたり、旧会館に行きたかったけれど、その頃は体が思わしくなくて。そこだけは心残りだね」と語った。棋士やファンに愛された場所が「老人ホーム」になるのでは、味気なく感じてしまうものだが、その場所を買い取った会社が新しい将棋会館を建設したヒューリックゆえ、聖地への敬意を込めた伝承プロジェクトが動き出している。
佐藤九段の将棋界を思う気持ち、西浦会長が受け止める

移転話が持ち上がった頃の旧将棋会館(2019年5月)=吉田祐也撮影
2019年に将棋会館移転の話が持ち上がった頃、当時の日本将棋連盟会長は佐藤康光九段だった。新将棋会館建設の契約をヒューリックと締結し、旧将棋会館をどのように活用するかの話し合いも重ねた。日本将棋連盟は新会館の建設費用を捻出するため、旧会館跡地をヒューリックに売却することにした。女流の最高棋戦・白玲戦を創設し、将棋愛にあふれるヒューリックの西浦三郎会長に対し、佐藤九段は「将棋の聖地の痕跡を、跡地に残していただきたいです」と懇願した。

白玲戦創設の記者会見後、記念撮影に応じた佐藤九段(左)とヒューリックの西浦会長(2020年10月)=吉田祐也撮影
西浦会長は「佐藤さんの将棋愛、将棋界を思う気持ち、ファンへの気持ち。そうした情熱は誰にも負けないと、よくわかっています。将棋という伝統を未来へつなぐことが新将棋会館建設プロジェクトを任された我々の役目です。旧将棋会館跡地に別の建物が建った際、そこに将棋会館があった何らかの印を残します」と応じた。
勇者の英断、新将棋会館の売店「棋の音」は盛況

オープンしてにぎわう新将棋会館の「棋の音」(2024年10月)=吉田祐也撮影
旧将棋会館をどう活用するか。道場や売店、放送機能を残すなど、当初は様々な案があった。佐藤九段から日本将棋連盟の会長職をつないだ羽生善治九段は、新将棋会館の1階のうち、購入する床面積を増やす英断を下した。それによって、新将棋会館に売店や道場機能なども移転できることになり、旧将棋会館を将棋関連の施設として活用するには、持て余す状況が生まれた。売却を決めたからには、あとはヒューリックに一任。日本将棋連盟は新会館移転に向け、精力を注いだ。新将棋会館の売店「棋の音」の今の盛況を見るに、羽生九段の決断は吉と出た。

駅から近い場所にある新将棋会館(7月10日)=吉田祐也撮影
将棋との関わりが深いヒューリックは、千駄ヶ谷駅からほど近い場所に新将棋会館を建設した。昨年9月にお披露目式が盛大に行われ、「将棋のまち」千駄ヶ谷を愛する棋士やファンの思いに応えた。旧将棋会館の建て替えプロジェクトを担当するヒューリックの社員は「棋士やファンのみなさまの思い出が詰まった場所ですから、どんな印を残せばいいか。プレッシャーがあります」と語る。住民へ示した老人ホームの設計図は、旧将棋会館の建物とほぼ同じ高さ、大きさの建物だと示された。地下は1階というのも同じだ。「旧将棋会館の名残を、設計に込めています」と担当者は話した。
赤茶色レンガの「地面」はそのまま…名残り伝える「仕掛け」を構想

赤茶色のタイルが残る旧将棋会館跡地(10月22日)=吉田祐也撮影
今は構想段階で出せないが、旧将棋会館があったことを伝える「仕掛け」について、大がかりなものから、小さなものまで、ヒューリックの中で興味深い検討が行われている。
10月下旬、重機がなくなった旧将棋会館の解体現場を訪ねた。聖地は、ほぼ更地になっていたが、赤茶色レンガの「地面」はそのままだった。「旧将棋会館の名残は、よい形で伝承されていきそうだ」。そんな思いが去来し、目の前の光景をしばらく眺めた。