母を失い逮捕の容疑者は無罪確定、息子がひき逃げで殺されても時効…未解決事件の遺族ら有志の会

 「この悔しさは死ぬまで引きずる」「時が止まったまま」――。未解決事件に苦しむ佐賀、福岡両県の被害者や遺族計4人が、解決していないからこそ抱える苦悩を共有する場として有志の会を設立した。このうち佐賀の2人が今も続く苦痛を明かし、「明日を生きる力につながれば」と会への期待を語った。(相良悠奨、岡林嵩介)

父の遺影を持参して有志の会の初会合に臨んだ武雄市の女性(10月25日、福岡県久留米市で)

 佐賀県武雄市(旧・北方町)の雑木林で1989年1月、女性3人の遺体が見つかった「北方事件」で母の中島清美さん(当時50歳)を亡くした60歳代女性は、「苦しみは終わらず、きっと永遠に続く」と遺族の心情を吐露する。

 事件後、女性の家族は大きく変わった。父・義明さんは「容疑者がいるかもしれない」と耳にした関西に移住して聞き込みを続けた。母に花嫁姿も孫の顔も見せられず、行き場のない悲しみを抱えた妹2人とは衝突が増えた。

 県警は2002年、近くの住人で受刑中だった男性を殺人容疑で逮捕。「母の無念も晴れる」と 安堵(あんど) し、裁判では死刑が求刑されたが、有罪立証が不十分と判断され、07年に無罪が確定した。時効(当時15年)を迎え、捜査は終了。心の整理がつけられず、一時うつ状態にも陥った。昨年5月には長く体調を崩していた義明さんが85歳で死去。「もう事件のことは忘れよう」と考えたという。

未解決のまま時効を迎えた事件への憤りを語る平野さん(10月25日、福岡県久留米市で)

 「犯人がのうのうと生きていると思うとはらわたが煮えくりかえる」。11年に山梨県で起きたひき逃げ事件で三男を亡くした佐賀県小城市の平野るり子さん(72)は憤りをあらわにする。

 三男・隆史さん(当時24歳)は佐賀県内の高校を卒業後、長崎県の大学を経て、山梨県にある大手飲料メーカーの工場で働く社会人2年目だった。目撃情報や物証が乏しく捜査が難航し、平野さんは13年から最高500万円の私的懸賞金を設けて情報提供を呼び掛け、事件当日の2月25日には山梨でチラシも配ったが、18年に道交法違反(ひき逃げ)、21年に自動車運転過失致死罪(当時)の時効がそれぞれ成立。「息子を見殺しにしたひき逃げも殺人と同じだ。時効を撤廃すべきだ」と悔しさをはき出す。

 2人はそれでも、00年に福岡市で見知らぬ女に切りつけられた同市の僧侶鈴木薫さん(66)、北九州市で01年に長女が殺害された同市の永野弘子さん(81)ら同じ未解決事件を抱える被害者遺族との交流を通じ、「同じ苦しみを抱える人のために頑張りたい」などと、有志の会の設立に携わった。

 10月25日に福岡県久留米市で開かれた初会合では、女性は義明さんの写真を持参。「母と天国から見守ってくれていると思う」と涙を浮かべ、「同じ境遇の人の話を親身に聞き、心を許し合う場所にしたい」と語った。平野さんも「講演することもあるが、今日は言葉を選ばず、自分の本音を話せることができてよかった」と穏やかな表情を浮かべていた。