「いよいよ人員削減に手をつけざるを得なくなるかも…」OBも憂う難題山積のNHK、新会長に問われる覚悟

 来年1月24日で任期満了となるNHKの稲葉延雄会長の後任に、井上 樹彦(たつひこ) 副会長の昇格が決まった。職員出身者が会長を務めるのは18年ぶりだが、受信料収入の減少が下げ止まらない中、視聴者の共感を呼ぶ新番組をいかに打ち出し、公共メディアに対する理解を醸成して財政危機を脱するか。「誰がやっても大変」と井上氏自身も認めるNHKの課題を改めて検証してみた。(文化部 旗本浩二)

物価高にテレビ離れ、下げ止まらない受信料収入, 「会長と一緒になって戦っていくイメージ」, 何をいつ見るか、選択権は視聴者に, 「潰れるかも、腹をくくって運営を」

NHK新会長に就任する井上樹彦副会長(9日、東京都渋谷区で)=青木瞭撮影

物価高にテレビ離れ、下げ止まらない受信料収入

 「個人での解決能力は未知数。そんな能力より、組織を挙げて隅々まで目を配らせ、体制をきちっと構築して運営していく。これがNHKに望まれている」。井上氏の会長任命を決めた経営委員会後に開かれた8日の記者会見で、古賀信行委員長が強調した。極めて厳しい財政状況を踏まえての発言だ。

 2023年10月に受信料を1割値下げしたため、NHKは現在、赤字予算を組みながら27年度までに支出を1000億円削減し、同年度に事業収支を均衡させる方針だ。だが、受信料収入のベースとなる契約件数の減少が続き、契約総数は、過去最高だった19年度末の4212万件からコロナ禍などで減り始め、9月末現在、4043万件。平均すると年30万件程度減少していることになる。さらに契約しながら1年以上滞納している不払い(未収)は、19年度末は72万件だったが、昨年度は174万件にまで膨張している。いずれも昨今の物価高に加え、インターネットの広がりで進む“テレビ離れ”も影響しているとみられる。

物価高にテレビ離れ、下げ止まらない受信料収入, 「会長と一緒になって戦っていくイメージ」, 何をいつ見るか、選択権は視聴者に, 「潰れるかも、腹をくくって運営を」

NHK経営委員会の古賀信行委員長(8日、東京都渋谷区で)=青木瞭撮影

「会長と一緒になって戦っていくイメージ」

 「明らかに厳しい環境。(会長を)やれと言われても、ぼくだって絶対イヤですよ」とこれまで発言していた古賀委員長は、現在のNHKを取り巻く最大の課題を、やはりこの財政難の克服とみる。そのための方策として、井上氏任命に際し「ぜひチームを組成してくださいというお願いをし、それが会長になる条件だ」と注文した。

 これに対し、井上氏は9日の記者会見で「生え抜きだから特別アドバンテージがあるわけでなく、誰がやっても大変」と認めた上で、古賀委員長が企図する“チーム”について、「経営陣や局長級といった十数人、あるいは数十人ぐらいで、会長と一緒になって戦っていくイメージ」と述べた。となると、まずは副会長や理事といった役員体制を新たに組み直すことが考えられる。NHKの役員は就任時期がまちまちで、任期途中の交代はまれだが、井上氏が前例を打ち破れるか注目される。

物価高にテレビ離れ、下げ止まらない受信料収入, 「会長と一緒になって戦っていくイメージ」, 何をいつ見るか、選択権は視聴者に, 「潰れるかも、腹をくくって運営を」

東京・渋谷のNHK放送センター

何をいつ見るか、選択権は視聴者に

 財務状況の改善に向け、NHKは、未収対策として支払い督促による民事手続き強化を11月に発表している。過去最大規模の督促を行うといい、今後は未契約者に対する民事訴訟や割増金請求もこれまでより増える可能性がある。ただ、NHKの方針にかかわらず、テレビを持たず、スマートフォンなど通信機器でNHK以外のニュースやエンタメ番組を視聴する人が広がっており、「テレビなどがあれば受信契約」を規定する放送法の土台そのものが崩れつつあるのも事実だ。

 この点、井上氏は「NHKの情報やコンテンツがうちの家庭には必要だと思ってもらわないといけない。そのために努力していくということに尽きる。それによって受信料制度をできるだけ持続可能な制度にしたい」と話す。つまり、NHKを支える受信料制度を続けられるかどうかは、番組内容次第ともいえる。

 だが、番組表を見る限り、NHKBSを中心に再放送、再利用番組が多い。経費削減が念頭にあるようで、制作会社からは「番組本数を減らすと通告された」との声もあがる。社会・経済・国際問題の喫緊の課題をテーマに据えた骨太なシリーズや、圧巻の映像で見せる壮大な自然番組、さらに社会的弱者に温かなまなざしを向ける福祉番組など、NHKにしか制作できないコンテンツを連打する底力を見せない限り、“NHK離れ”は加速するだろう。元首脳の一人は「コストカットだけでは成長はありえない」と警鐘を鳴らす。

 ネットフリックスなど有料配信事業者も隆盛で、井上氏は「かつてはNHKと民放の二元体制で 切磋琢磨(せっさたくま) する環境だったが、今は全く違っていて桁違いの制作能力を持ったところと戦い、何をどうやったら見てもらえるか考えなければいけない」と指摘。無料のユーチューブやTVerで自分の好みに合った動画視聴に時間を割く人も多く、テレビ黄金期と違って何をいつ見るかの選択権を視聴者が完全に握った時代に、どんな番組を打ち出すかが大きな課題といえる。

 そうなってくると、むやみに制作費を削るだけでなく、限りある収入をいかに効率的に配分するかが問題だ。この点、NHKが保有するチャンネル数の見直しも論点で、やり玉に上がるのはやはり4K放送の「BSプレミアム4K」、8K放送の「BS8K」の両チャンネルだ。

物価高にテレビ離れ、下げ止まらない受信料収入, 「会長と一緒になって戦っていくイメージ」, 何をいつ見るか、選択権は視聴者に, 「潰れるかも、腹をくくって運営を」

9月の記者会見で「NHK ONE どーもくん」を紹介する広瀬智美アナウンサー(右)と二宮直輝アナウンサー

 プレミアム4Kでは、来年6月に開幕するサッカー・ワールドカップ北中米大会全104試合を生中継か録画で放送することが発表されている。しかし、4Kチャンネルについては、キー局系民放BS局が不採算性を理由に撤退方向で検討を開始している。ただ、高画質に加え、地上波をはるかに上回る衛星波の効率性を評価する声もあり、NHKの対応が注目される。他方、8Kは医療分野などでの活用もあるが、一般視聴者にはなじみにくく、プレミアム4K以上に行く末が懸念される。8Kの技術を社会に還元しつつ、チャンネルとしては撤退する選択肢もあるだろう。

「潰れるかも、腹をくくって運営を」

 10月からネット業務が必須化されたことでスタートした新たなサービス「NHK ONE」をどう根付かせるかも大きな課題だ。これまで番組のネット視聴にはNHKプラスが利用されてきたが、ONE開始に合わせて一新された。最大のポイントは、受信契約が必要とされるものの、テレビがない人でもスマホなどで利用できる点だ。ただ、旧サービスからの移行数だけ見ても、11月末時点で235万件。全登録数の3分の1程度だ。

 この点について、元幹部が指摘する。「必須化された以上、契約者全員にONEを見てもらえるよう努力しないといけない。それなのにこれまで登録していた人の移行数でさえ、契約総数の4000万と比べると話にならない。そもそも(テレビを持たず)ONEだけの利用者なんて極めて少ないだろう」。さらに一向に下げ止まらない受信料収入の状況を踏まえ、「固定費は削れないから結局、制作費を削るしかない。そうなれば番組の質が下がって、さらに見てもらえなくなる。ほんとにしんどい時代になった」と話す。

 別の元幹部は「収入が落ちているから1000億円削っても足りない。いよいよ人員削減に手をつけざるを得なくなるかもしれない」と危惧する。「次の会長はNHKが潰れるかもしれないと腹をくくって運営にあたらないといけないだろう」。職員の相次ぐ不祥事や不払いの増加、番組の不適切演出など、これまで幾度となく岐路に立たされてきたNHK。井上氏の任期は、受信料制度の持続可能性を含め、最も厳しい時代となりそうだ。