高市首相たたきで見えてきた習近平指導部の狙い すべり出し好調からの日中空転「鶏を打ち猿をびびらせろ」、その意味とは

日中首脳会談を前に、中国の習近平国家主席(右)と握手を交わす高市首相=10月31日、韓国・慶州
今年後半、日中関係が急速に冷え込んだ。台湾有事に関する高市早苗首相の国会答弁に中国が猛反発し、事実上の報復措置を幅広く打ち出しているためだ。滑り出しは好調に見えた高市政権の対中外交はなぜ空転したのか。中国では、高市政権に圧力をかけることについて、「殺鶏嚇猴(鶏を殺して猿への見せしめとする)」という意味の故事成語が使われている。台湾問題に介入しようとする鶏(日本)を締め上げ、周りで見ている猿たち(米国や欧州諸国)をけん制するという意味合いだ。日中両国政府や周辺の関係者への取材を踏まえ、めまぐるしく揺れ動いた高市氏と中国の攻防を振り返る。(共同通信=大熊雄一郎)

自民党の新総裁に選出された高市早苗氏=2025年10月4日、東京・永田町の党本部
▽投げたボール
最初にボールを投げたのは高市氏サイドだった。
「韓国で習近平国家主席と会いたい」
10月4日に自民党総裁に選出された高市氏は、程なくして韓国で開くアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に合わせて、習氏と会談したい意向を東京の中国大使館を通じて伝えた。
ボールを受け取った中国は戸惑った。
中国は、高市氏が過去に台湾の頼清徳総統と会談したことや終戦の日に靖国神社を参拝していたことから、「右翼」政治家として警戒していた。APECが迫る中、習氏と高市氏との会談にゴーサインを出すべきかどうかを短期間で判断する必要に迫られた。
10月16日、中国外交部で対日政策を担う幹部は、東京都内にある自民党重鎮の事務所を訪れた。重鎮は思案顔の幹部に「どうするおつもりですか」と発言を促した。幹部は、習氏と高市氏との会談について「これまでの合意を踏まえることが前提で検討します」と述べた。合意は、台湾を自国領とする中国の立場を「十分理解し、尊重」するとした日中共同声明など四つの文書を指す。その上で幹部は、高市氏が、台湾との友好関係を重視する超党派の国会議員連盟「日華議員懇談会」など中国に批判的な議員連盟との関係を整理する必要性を訴えた。
中国が日本の政権とのパイプ役として長年頼りにしてきた公明党は、連立政権離脱を表明した。折しも、中国幹部と自民党重鎮が面会していた時刻、国会では高市氏が日本維新の会との連立政権樹立に向けた政策協議の初会合に臨んでいた。

日中首脳会談を前に中国の習近平国家主席(右)と握手を交わす高市首相=10月31日、韓国・慶州(代表撮影・共同)
▽「求めに応じて」
日中の水面下のやりとりは総裁選の動向をにらみながら、外務省と在日中国大使館が中心となって調整を続けた。中国が最も気にかけていたのは台湾問題だった。高市氏と頼清徳氏との交流サイト(SNS)でのやりとりや靖国神社参拝の可能性に神経をとがらせた。
日本政府はできるだけ中国側の懸念の解消に努めた。高市氏も靖国神社の秋季例大祭への参拝を見送り、中国側に秋波を送った。
10月21日、高市氏は日本初の女性首相に就任し、新政権が発足した。28日にはトランプ米大統領と東京で初めて対面で会談。米原子力空母に乗艦しトランプ氏の脇で跳びはねる姿が事実上の外交デビューとして国内外で大々的に報じられた。
中国政府内には慎重論もあったが、王毅外相を含め高市氏との会談受け入れに傾き、最高指導部の決定となった。高市氏は10月31日、韓国で習氏と約30分間会談。両国の友好と発展に向けた「戦略的互恵関係」を推進することを確認した。
中国側が公表した首脳会談の概要には「(日本側の)求めに応じて」会談した、と明記された。高市氏側の要請で仕方なく会ったというニュアンスが込められている。また習氏から首相就任の祝賀メッセージは見送られた。

握手する安倍晋三首相(左)と中国の習近平国家主席=2014年11月10日(共同)
▽決め手は「安倍路線」
中国は高市氏に不信感をにじませながらも、なぜ首脳会談を受け入れたのか。中国政府関係者は、決め手となったのが「安倍晋三元首相の路線継承」だった、と語った。
安倍氏は保守政治家とみられていたが、第1次安倍内閣発足後の2006年に訪中し、小泉純一郎元首相の靖国参拝などで冷え込む日中関係の改善を図った。その後も中国に厳しい態度を維持しながら、両国関係を重視する姿勢は一貫していた。同政府関係者は「安倍さんは保守政治家だったからこそ、日本の右派を説得する力があった。中国側には高市さんが同じ道をたどるという期待があった」と明かした。

中国の薛剣駐大阪総領事
▽引き金
高市氏は習氏と初会談した10月31日と翌11月1日の2度にわたり、APEC首脳会議に台湾代表として参加した林信義氏と接触した写真を自身のX(旧ツイッター)に投稿した。習氏との会談直後に台湾代表と接触した上、それをSNSで「大々的に宣伝」(中国外交部)したことは中国側をいら立たせた。
高市氏との会談受け入れを提案した中国の官僚たちにとって、高市氏の振る舞い次第では責任を問われかねない。そのため、11月7日の衆院予算委員会での質疑に緊張が走った。
台湾有事の際、どういう場合に集団的自衛権を行使できる存立危機事態になるのかと問われ、高市氏は海上封鎖を解くために米軍が来援するケースに言及し、「戦艦を使い、武力の行使も伴うものであれば、存立危機事態になり得る」と答弁した。
政府はこれまで、台湾有事と存立危機事態の関係について「個別具体的な状況に即し情報を総合して判断する」と明言を避けてきた。答弁は歴代内閣の公式見解を踏み越えた内容だった。
中国側の反応は当初、低調だった。11月8日に在日中国大使館の施泳次席公使が外務省の金井正彰アジア大洋州局長に申し入れをしたが、公表はしなかった。
事態が複雑化する「引き金」(日本政府関係者)となったのは、中国の薛剣駐大阪総領事だ。同日にXで首相答弁に関する記事を引用し「勝手に突っ込んできたその汚い首は一瞬のちゅうちょもなく斬ってやるしかない」と発信した。
投稿はSNSで瞬く間に転載され、日本国内で「首相への殺害予告だ」などと炎上。日本政府が「中国の在外公館長の言論として極めて不適切と言わざるを得ない」と非難し、中国側に抗議した。自民党は11日、薛氏の国外退去につながるペルソナ・ノン・グラータ(好ましからざる人物)通告に言及した決議を首相官邸に提出した。薛氏を巡る日本の動向は中国側でも報じられ、それによって高市氏の答弁に注目が集まった。

日本外務省の金井正彰アジア大洋州局長(手前左)が中国外務省の劉勁松アジア局長(同右)に頭を下げたように見える場面が切り取られ、中国のSNSで拡散した動画(「微博(ウェイボ)」から・共同)
▽「習主席が激怒している」
高市氏の台湾有事に関する答弁を、誰がどのように習氏にインプットしたかは定かではない。有力な説は、日本で薛氏の国外退去が現実味をもって語られる中、中国の官僚たちが「習氏に報告せざるを得ない」と判断したというものだ。
「高市氏の答弁について報告を受けた習氏は王毅外相らに激怒した。11月12日に指導部レベルの会議を開き、高市政権への対抗措置を各政府部門で検討するよう指示が出た」―。こうした内幕が日中両国の政府や関係者の間で広まっている。
習氏が「激怒」したかどうかは確認できない。ただ、日本周辺海域での中国軍の行動から歌手の浜崎あゆみさんの上海コンサート中止にいたるまで、“指導部の怒り”をうかがわせる事態が相次いでいるのは事実だ。「中国の官僚たちの間で習氏への忖度合戦が始まり、収拾が付かなくなっている」(日本の中国研究者)。

トランプ米大統領(左)と中国の習近平国家主席=10月30日、韓国・釜山(ロイター=共同)
▽「膿を出し切る」
高市政権は中国側が求める答弁の撤回には応じない構えだが、「特定のケースを想定したのは反省点だ」(高市氏)と述べるなど沈静化を図った。だが中国は応じていない。
習氏は11月24日、トランプ米大統領と電話会談し、台湾は中国の不可分の領土だと強調して介入しないようけん制した。中国外務省は、トランプ氏が「中国にとっての台湾問題の重要性を理解している」と述べたと発表した。トランプ氏はSNSで台湾問題に言及せず、日中対立で高市氏支持を示唆することもなかった。
トランプ氏は中国との貿易取引や来年4月の訪中を優先し、台湾など見解が異なる問題をあえて避けているとみられる。中国にとっては「台湾に無関心な米政権誕生」という千載一遇のチャンスが訪れているとも言え、高市氏の答弁はそうしたタイミングで出てきた。
冷戦後の日米安保は1996年に勃発した台湾海峡危機などを背景に、「台頭する中国」を意識しながら「再定義」が進められた。中国はこれまで、日米安保協力が生じうる「周辺事態」に台湾を含めないよう執拗に求めてきた。
中国の「高市氏たたき」の狙いは答弁撤回にとどまらず、日米安保協力からの台湾の切り離しという「悲願」を実現させる意図もちらつく。日中の問題にとどめず、台湾統一を実現するプロセスの一環に組み入れた可能性がある。ある中国政府関係者は「高市氏発言はある意味よかった。台湾問題に介入しようとする勢力の膿を出し切る」と語った。
いわゆる「安倍路線」は中国に対して安全保障面で原理原則を守りながらも、中国が唱える経済圏構想に部分的に協力するなど柔軟な姿勢も見せ、地域の安定と互恵関係の構築を模索した。安倍政権の対中政策に携わった外務省元幹部は「高市政権に中国とどう向き合うかというビジョンが見えない」と指摘し、関係安定化には戦略を明確にする必要があると訴えた。