亡くなった兄と弟を名乗り付き添った男 その正体は一体誰なのか
2021年11月、広島県廿日市市のホテルで起きた事件を裁判資料、当時の報道などを基に再現ドラマで紹介した。
ある日深夜、ホテルの一室でムカデに噛まれたとの通報があった。間もなくして救急隊員が到着すると、1人の男性が必死に心臓マッサージをしていた。倒れていたのも若い男性。救急隊員が関係を尋ねると、男性は兄弟で、倒れたのが兄で自分が弟だと答えた。
弟の説明によると、この日、兄弟2人でホテルに宿泊していたところ、窓から入ってきたムカデに兄が噛まれてしまったという。
救急隊員が兄の名前を聞くと、弟は「大祐」だと答え、兄の保険証と、身分証明代わりに自分の保険証も提示した。
兄は激しく嘔吐した際、その嘔吐物が気道を塞いでいて瀕死の状態にあった。検査をすると直腸の壁に穴が開いていた。通常毒性の強いムカデに噛まれた場合、直腸の壁に穴が開くことは考えにくいという。では、なぜ彼は直腸に穴が空いたのか?
そんな中、運び込まれた兄の心拍が弱まり危険な状態になった。医師は家族を呼ぶよう伝えたが、弟の姿が見当たらない。そこで預かっていた弟の保険証の情報を基に、病院に戻るようにと連絡すると、まもなくして弟が母親と一緒にやってきた。
すると母親が病院のベッドに横たわる人物を見るなり息子ではないと言った。弟も兄ではないと言う。なんとこの搬送された男性は、兄の大祐ではないというのだ。
さらに看護師はある事に気がついた。搬送されてきた時に付き添っていた弟と名乗った人物と、今ここにいる弟は明らかに別人。つまり、搬送時に大祐だと聞いていた人物は大祐ではなかった。さらに保険証を使い、大祐の弟を名乗った人物もまた、大祐の弟ではなかった。そして、搬送されてきた男性は息を引き取った。

警察も事件としてすぐに捜査を開始。まず分かったことは、弟と名乗る男が所持していた保険証はどちらも本物だったこと。
そして、搬送された男性は採血していた血液から大量のアルコールが検出された。しかし救急隊員に確認したところ酒の匂いはしなかったという。さらに、大量の睡眠導入剤の成分も検出された。これにより、事件の可能性が一層強くなった。
ホテルの現場検証も行われたが、部屋にあるグラスは使用されておらず、ゴミ箱からも使い捨てのコップが使われた痕跡はなかった。さらに、亡くなった男性の解剖結果で、解剖医が直腸に穴が開いていた原因は、なんらかの器具を使い、アルコールを直接腸に注入したことで引き起こされたと考えられ、かなり度数の高い酒であると説明した。
アルコールの匂いがしなかった理由も、直腸に穴が開いていた理由もこれで辻褄が合った。
そして、捜査によりある事実が明らかに。弟の保険証を調べたところ、数日前に弟の保険証で心療内科を受診した人物が、一度に150錠もの睡眠導入剤を処方されていることがわかった。

それが、救急搬送された時弟だと名乗っていた男だったのだ。
つまりこの男は、弟になりすまし睡眠導入剤を手に入れ、その後、兄がムカデに噛まれたと通報し、ムカデに噛まれた兄を大祐だと言っていた。しかし、弟と名乗っていた男が、本物の兄の大祐だった。
広島県で暮らしていたこの男(本物の大祐)は、愛知県に何度も行っていた。その目的は、ある男子大学生と会うためで、この大学生こそ、ムカデに噛まれたとして病院で亡くなった男性だった。
その男性は愛知県に住んでいた21歳の大学生。犯人の男と出会ったのは事件が起こる約9か月前。この大学生は、ある宗教団体の熱心な信者だった。そして大祐に声をかけてしまった。2人は連絡先を交換した。
何度も電話で話すなど徐々に親交を深め、出会ってから8か月後、男は大学生と一緒に宗教団体の会館を訪ね、「入信届」を提出した。だがこの時、男はすでに恐ろしい事を考えていた。
入信した3週間後、大学生は宗教団体の活動で広島に来ていた。2人は広島の観光地を巡り、夕方に喫茶店へ。そこで大学生はボーッとして眠ってしまった。大学生は睡眠導入剤入りの飲み物を飲んでしまっていたのだ。男が弟の保険証で入手した睡眠導入剤だった。

男はこうして意識を失った大学生を背負って近くのホテルへ。そしてバッグから取り出したのは、カテーテル付きの注射器とアルコール度数の高い酒。それを注射器で吸い上げ、腸に注入したのだ。
アルコールを口から入れると全て胃と小腸で吸収されるため大腸までは届かない。だが直接腸に入れると大腸からも体に吸収されるため、少量で多くのアルコールが体内に取り込まれる。
次に男が取り出したのはムカデ。このムカデに噛まれたことにしようとしたが、体中に高いアルコールが回ったため大学生は嘔吐した。しかし、大学生は大量の睡眠導入剤により意識がなく吐き出すことができなかった。これにより窒息し危険な状態に。
大学生を自分の名前・大祐として殺害した男。なぜ自分が死んだことにしたかったのか?そして弟を名乗りたかったのか?
男は、この犯行に及ぶ前からいわゆる「アリバイ会社」と呼ばれる会社に連絡をしていた。主に賃貸契約などの審査が通りにくい人に、あたかも特定の会社に勤務しているかのように見せかけるための偽の書類を発行する会社だ。過去に摘発された事例もある。
男が依頼したのはウソの源泉徴収票。年収の欄は6000万円超え。男はそれを使い、自分の生命保険を高額の内容に変更していた。亡くなった時の給付金が1億円、災害特約が8千万円。さらに受取人は弟に設定した。
さらに、他の保険会社の生命保険にも加入。あわせて死亡時6億円以上の保険契約を交わした。そしてその受取人をすべて弟にしたのだ。自分が死んだことにし弟になりすましたのは、この保険金詐欺のためだった。
また、ムカデを使った理由については野生動物に襲われた時に適用される災害特約で、保険金を更に増やすためだったのだ。
その後犯行に使用した注射器や酒瓶が発見されると、そこから大学生のDNAと一致する付着物が検出。さらに男のインターネット履歴からは「替え玉殺人」「ムカデ 毒 死ぬ」「直腸 アルコール致死量」など、事件に関するワードが500回以上検索されていた事が判明し、男は殺人の容疑で逮捕された。
裁判長は「金目当てで人命を奪う極めて悪質な犯行」と断じ、有期刑では最長の懲役30年を言い渡した。だが判決を不服とし控訴。最高裁まで争うことに。そして2025年4月18日、最高裁判所が下した判決は上告棄却。懲役30年の刑が確定した。成立するはずもない殺人計画の為に、なんの罪もない青年の命を奪い去った罪は、絶対に許すことができない。