二・二六事件、力道山刺殺、ホテルニュージャパン火災…歴史の上に立つプルデンシャル本社

プルデンシャル生命保険の本社が入るプルデンシャルタワー=1月22日、東京都千代田区(外崎晃彦撮影)

外資系生命保険大手のプルデンシャル生命保険が、顧客に架空の投資話を持ちかけるなど不正を繰り返し、計約31億円を得ていた問題について23日午後、記者会見を開く。同社の本社は多くのオフィスビルが立ち並ぶ東京・赤坂エリアでもひときわ高い「プルデンシャルタワー」に入居するが、その地はかつて世間を震撼(しんかん)させた二・二六事件、人気プロレスラーだった力道山の刺殺事件、多数の犠牲者が出たホテルニュージャパン火災といった歴史の舞台でもあった。

力道山

決起部隊が立てこもり

ホテル・ニュージャパンの火災は未明に出火し、死者33人の大惨事になった=昭和57年2月8日

昭和初期、外堀通りに料亭「幸楽」があった。昭和11(1936)年、陸軍将校らが決起し、高橋是清蔵相らを殺害したクーデター未遂事件「二・二六事件」の舞台のひとつとなった。部隊は幸楽に立てこもり、本部を置いていた。同事件後、幸楽は悲運をたどる。先の大戦中、上空で撃墜された米国の爆撃機B-29が直撃し、全焼したと伝わる。

プルデンシャル生命保険の本社が入るプルデンシャルタワー=1月21日、東京都千代田区(外崎晃彦撮影)

戦後、昭和35(1960)年にはこの地で、ホテルニュージャパンが開業した。地下には高級ナイトクラブ「ニューラテンクォーター」があった。土地柄、政財界などの著名人らの社交の場となったが、当時、国民的人気を誇った力道山の刺傷事件(その後死亡)の現場になった。

事件は昭和38(1963)年12月8日に発生した。酩酊した力道山が、店内でトラブルになった暴力団組員からナイフで腹部を刺された。力道山は一時は回復したが、病状が急変し、1週間後に帰らぬ人となった。

それから19年後の昭和57(1982)年、この地は再び耳目を集める。ホテルニュージャパンの大火災だ。

大火災は2月8日の未明に発生した。英国人宿泊客の寝たばこが原因とされるが、防火設備や管理体制の不備が被害拡大を招いた。33人が犠牲になり、多数のけが人が出た。こうした大惨事もあり、同ホテルは数日後には廃業となった。地下のニューラテンクォーターはその後も経営を続けたが、平成元(1989)年5月に閉店した。廃業後、ホテルは建物だけが放置されていた。同8(1996)年、ついに解体された。

大規模不正で再び注目

プルデンシャルタワーはこうした歴史を重ねてきた地に平成11(1999)年、着工された。同14(2002)年に完工した。地上38階、地下3階の超高層ビルで、低層階にはレストランフロアがあり、地上24階までにはプルデンシャル生命保険をはじめ、ジブラルタ生命保険といったプルデンシャル系のグループ企業が多く入居するオフィスフロアが広がる。26階より上層部は総戸数125戸の賃貸マンションとなっている。

100人超の社員が不正に関与したとされ、既に一部は事件化されている。こうした前代未聞の事件が明るみになったことで、この地が再び注目を集める。

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