九大「修士博士5年→最短3年」攻めたコースの背景

最短25歳での博士号取得を目指せる, 伸び率でも人数でも「博士人材」が枯渇する日本, 工・農学部から始動、全学展開も視野に, 「研究者の卵」を10年育てて見えた生徒のポテンシャル, 高校生が博士課程進学までの「意志」を持てるのか?, 博士の出口戦略、海外企業と張り合える基盤に

九州大学が学部から博士課程までの進学を見据えた新コースを設立する理由とは?(画像:KAZE / PIXTA)

九州大学が2027年度、画期的な新制度を始動させる。高校段階から研究者を見出いだす「次世代博士人材育成コース」だ。年間50万円の給付型奨学金(学部・修士)や早期卒業など、「攻め」の支援策を打ち出す。

【画像】「年間50万円の給付型奨学金」などを掲げる九州大学の新制度図解

なぜ国立大学がここまで踏み込むのか。そして高校段階で「博士進学」まで見据えることは可能なのか――新たな研究者育成の形についてインタビューした。

最短25歳での博士号取得を目指せる

「このコースでは、最短25歳での博士号取得を目指せます」

そう話すのは、九州大学の未来人材育成機構の高大接続改革部門長、田中將己教授だ。

同大学は27年4月、新たな「次世代博士人材育成コース」を設置する。これに合わせ、高校時代の探究成果を評価する「次世代研究者発掘入試」も導入。

修士課程の学びを前倒しし、大学院を短縮修了できるようにすることで、通常9年かかる博士号取得を最短7年(学部4年+修士1年+博士2年)で可能にするという。

初年度で導入されるのは工学部の一部の学科と農学部を予定している。

「次世代博士人材育成コース」の主な取り組み

・希望する研究室への早期配属・研究インターンシップ

・先取り履修や単位読替、早期卒業などの柔軟なカリキュラム

・年間50万円の給付型奨学金(学部・修士において、博士は別の支援制度あり)

・メンターによるサポート体制

・主幹教授等によるセミナーや成果発表会の開催

・所属・学年を超えた若手研究者スクエアでの交流

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画像を拡大 九州大学の次世代博士人材育成コースの求める人物像や入試・編入、学びの支援(画像:九州大学)

伸び率でも人数でも「博士人材」が枯渇する日本

経済的な支援も大きな特徴だ。コース生には入学時点から年間50万円の給付型奨学金を予定する。

学部・大学院での同大の授業料は年間53万5800円(令和7年4月1日現在)なので、授業料の9割以上をカバーする金額だ。

最長で学部から修士修了までの6年間支給される見込みだ。博士課程に進学後は、別途支援制度を活用することで切れ目のない支援を行う予定だという。

「研究に興味があっても、経済的な理由で博士進学を断念するケースは少なくありません。生活費や学費の不安を軽減し、研究に集中できる環境を用意できれば」と田中教授は説明する。

高校段階から博士までの長い期間を見据えての一貫教育は、なかなかに思い切った取り組みだ。なぜ今、ここまでの危機感を持って制度を打ち出すのか。その背景には、日本の「博士人材が増えない」という深刻な状況がある。

主要国の人口100万人当たりの博士号取得者数(それぞれ各国最新年度)を見ると、英国(355人)、ドイツ(314人)、韓国(342人)。対して日本は123人。

「科学技術指標2025」によると、「2010年度と各国最新年度を比較すると、(中略)日本は6%減少している。これに対して、韓国は61%、米国は31%、英国は11%増加している。数は少ないが中国は74%増加」とのこと。伸び率も人数もふるわない結果だ

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(画像:文部科学省中央教育審議会大学分科会大学院部会(第122回)「大学院関連参考資料集(令和7年12月8日時点)」より)

「研究を仕事にしたい、科学技術の発展に貢献したいと考える高校生や大学生は確実にいます。しかし、経済的な理由や、周囲に博士が進んでいないことによる孤独感から、その意欲が削がれることも多い。意欲を途切れさせず、長期的に育成する仕組みが必要です」(田中教授)

アカデミアだけでなく、ビジネスにおいても国際競争力への影響が指摘されている昨今、博士人材の枯渇を打破するための九大の回答が、このコースなのだ。

※出典:文部科学省中央教育審議会大会分科会大学院部会(第122回)「大学院関連参考資料集」より

工・農学部から始動、全学展開も視野に

初年度で募集対象となるのは工学部の一部の学科と農学部だ。その狙いを、学部・修士教育改革部門長を務める野瀬健教授はこう語る。

「材料やエネルギー、生命、食料、環境といった本学が強みを持つ領域であり、かつ基礎研究と応用研究の距離が比較的近く、産業界との接点も多い分野からスタートします。まずはモデルケースとして本コースを設け、将来的には全学的な展開も視野に入れています」

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左/田中將己(たなか まさき) 九州大学 工学研究院 材料工学部門 教授、未来人材育成機構 高大接続改革部門長 右/野瀬健(のせ たける) 九州大学 基幹教育院 院長、未来人材育成機構 学部・修士教育改革部門長(画像:九州大学)

本コースへの参加には、以下の3つの入試ルートが想定されている。(編注:26年1月末取材時点。入試の最新情報は公式HPをご確認ください)

・「発掘型」選抜: 高校時代の研究・探究成果を重視(共通テストを課さない総合型選抜)
・共通テスト利用型: 高い学力に加え、研究意欲を総合評価
・入学後編入: 一般入試で入学後、研究志向が明確になった学生向けの選抜

高校段階での研究経験や成果、そして博士課程まで進む意欲を多角的に評価する。

従来の一律的な入試とは異なり、研究意欲と適性を重視した「多様な入り口」を用意することで、高校までの探究学習の熱量をそのまま大学での研究へとつなげる狙いだ。

「研究者の卵」を10年育てて見えた生徒のポテンシャル

そもそも、九州大学はどのようにして高校生段階で研究に意欲がある生徒を見いだせると考えたのか。

その背景には、同大学が実施してきた高校生向けの「未来創成科学者育成プロジェクト(QFC-SP)」の実績がある。

同プロジェクトは、高校生が大学の研究室で教員の個別指導を受けながら、大学の設備を用いて探究活動を行うものだ。

研究経験を早期に積むことができるこの試みは、受講者が累計数百人にのぼり、修了生の約3割が九州大学に進学するという実績を積み上げてきた。

今回の「次世代研究者発掘入試」では、このQFC-SP修了を出願要件の1つとして掲げている。ただし、対象は同大のプログラムに限定されない。

例えば次世代研究者発掘入試Ⅱでは、JST 実施事業「グローバルサイエンスキャンパス(GSC)」、「次世代科学技術チャレンジプログラム(STELLAプログラム)」(GSCの後継事業)の第1段階選抜など、修了者もしくは同等レベル以上の能力、活動実績を有する者であれば、広く出願を認める方針だという。

QFC-SPの委員長も務める田中教授はこう分析する。

「近年は高校の探究学習の広がりもあり、研究に興味を持つ生徒は増えている印象がありますし、研究志向の生徒は確実にいます。こうした高校段階で研究に興味を持った生徒が、入学後すぐに研究に触れ、集中できる環境を整えることが、本コースの狙いです」

高校生が博士課程進学までの「意志」を持てるのか?

コースに進んだ学生は、大学入学後、早い段階から研究室に関わることになる。野瀬教授はこう話す。

「通常は3年生や4年生になって初めて研究室に配属されますが、研究マインドの高い学生はもっと早くから専門的な研究に携わりたいと考えており、その思いに応えたい」

そこで、1年次から研究室に配属、または複数の研究室をローテーションしながら経験を積む仕組みを想定し、単位読替や授業の空き時間を活用して研究時間を確保する。あくまで所属学部・学科の履修要件を満たすことが前提となるが、副専攻的な位置づけで研究活動を早期に進められる設計だ。

通常のカリキュラムに研究が加わるため、学生への負担も増す。出願要件に「博士課程へ進学する強い志がある者」と掲げているのは、その負荷を乗り越えるだけの意欲を確認する狙いだ。

一方で、高校段階で博士課程まで進む強い「意志」を求める点は、生徒にとってハードルともなりうる。これについてどう考えているのか。

「博士課程までを見据えた意欲を重視しますが、進学後の学びの中で進路や研究テーマが変わることはありえますよね。研究室の変更等については、指導教員や関係部局と相談しながら対応する方針です」(田中教授)

また、孤立を防ぐ環境づくりも重視している。研究志向の学生が集まり、互いに刺激を受けながら学べるようにするという。周囲が進学しないために博士課程進学をためらうケースもあるとされるなか、同じ志を持つ学生同士のコミュニティ形成も支援していく。

博士の出口戦略、海外企業と張り合える基盤に

博士号取得後のキャリアはどう描いているのか。

「アカデミアだけでなく、企業の研究開発部門や技術系専門職、スタートアップなど多様な進路を想定しています。海外では企業の研究職や経営層にPhD保持者が多く、日本企業でも国際的な研究開発の現場では、博士人材の重要性が高まっているとされています。

海外企業との議論では、“なぜ”を論理的に説明できる人材が求められます。博士課程での訓練は、その基盤となるでしょう」(田中教授)

単に学位取得をゴールとするのではなく、高度な専門性と論理的思考を武器に、社会の多様な分野でリーダーシップを発揮できる人材を育てるのが目標だ。

野瀬教授はこう結んだ。

「一律的な教育だけでなく、早くから研究に挑戦したい学生のための選択肢があってもいい。学生一人ひとりの意欲や適性に応じた、新しい育成の形を探っていきたいと考えています」

日本の博士人材の不足と国際競争力の低下が指摘されて久しい。大学が高校段階から長期的に研究者育成に関与するこの試みは、日本の高等教育における1つの試金石となるだろう。