遊ぶ鉄工所 --- ヒルトップにみる日本的イノベーターシップの本質

瀕死のモノづくり, 下請けからの離脱という“知の跳躍”, ヒルトップシステム──暗黙知の形式知化の極意, メーカーは“人づくり業”である, 人間の尊厳を取り戻す“よい仕事”とは何か, 日本の未来を支えるイノベーターシップ

遊ぶ鉄工所 --- ヒルトップにみる日本的イノベーターシップの本質

瀕死のモノづくり

いま、日本のモノづくりは歴史的岐路にある。 中国の台頭は確かに脅威ではあるが、より深刻なのは自らの内側から静かに衰弱していく構造だ。下請け構造、量産品の低価格競争は、まるでタコが自分の足を食べて生き延びようとするような、いわば“自傷的モノづくりシステム”であることは以前から指摘されてきた。そこでは、腕を磨き未来をつくるはずの職人が、日々の生産に追われ、卓越さとイノベーションに磨きをかける余白すら失っていく。

そのようなこれまでの筋の悪い構造に急速に追い打ちをかけているのが、ライフシフト社のメインテーマである人口減少と高齢化だ。そしてしぶとく居座り続ける村社会の残像が、ただでさえ減っている若者離れをますます助長してしまう。

この閉塞を打ち破った希有な企業が、京都の“遊ぶ鉄工所”ことヒルトップ株式会社である。私はこの企業にこそ、日本的イノベーターシップの本質――すなわち、人間の暗黙知を源泉としながら、環境変化に応じて知を創造し続ける力が体現されていると感じる。昨年末に、ライフシフト社で主宰する「イノベーターシッププログラム」の参加者20人とお邪魔してきた。

下請けからの離脱という“知の跳躍”

ヒルトップは、下請け・低価格競争・にわか職人中心という三重苦の日本の現場風景に風穴を開け、「脱下請け」「脱低価格」「脱属人的技能」という、これまでの当たり前とは真逆で誰もまだ実現できなかった三つの脱却を果たした。 そこには、漸進的な経営戦略の転換ではなく、油にまみれて死に物狂いで苦しくてたまらない毎日から脱したいという、創業者のご子息である山本三兄弟(現会長と相談役と顧問)の強烈な思いがあり、そこに人生を賭けた「思い切った“知の跳躍(leap of faith)」があった。

そして下請けではなく、丘の上を目指す!会社に変貌を遂げたのである。

瀕死のモノづくり, 下請けからの離脱という“知の跳躍”, ヒルトップシステム──暗黙知の形式知化の極意, メーカーは“人づくり業”である, 人間の尊厳を取り戻す“よい仕事”とは何か, 日本の未来を支えるイノベーターシップ

周り中を笑顔にしてくださる山本顧問とツーショット。相手を笑顔にしてしまう不思議なマスクをいつも着用されています。

少量多品種に舵を切ることは、量産を前提に組み立てられた日本的生産システムとは真逆な行為だ。しかし同社は、その不確実性をあえて引き受けた。むしろ“不確実だからこそ面白い”、そんな気概さえ感じられる。

この決断を支えたのが、「自分のストライクゾーンに固執しない」という構えだ。「面白そうじゃないか!」という変わったボール球に手を伸ばし、暴投にさえ飛びつくことで、守備範囲はじわりじわりと広がる。誰もが狙うパレートの法則の領域ではなく、だれも手を出さないロングテールの希少領域を取り込んでしまう力が着く。これはまさに、懐の深いセンスメイキングとそれをきっかけにした暗黙知の拡張プロセスである。トップも社員もクセ玉を面白がって挑戦している。長い時間をかけて、ボール球でも拾える現場の身体知がロングテール市場を支えるだけの柔軟性を獲得していったのである。ロングテールをカバーできるということは、顧客であるメーカーが手に余る課題をサポートすることにもつながる。いまやヒルトップは加工業者を越えて、メーカーの細かい要望や悩みを聞いて一品からでも製作し、アフターまで面倒を見る「サポーティング・インダストリー」を目指すとしているのだ。

ヒルトップシステム──暗黙知の形式知化の極意

ヒルトップの真髄は、少量多品種なのに、それを気合や根性で回すのではなく、だれでも楽しくできるようにするという哲学の下で、デジタル化と標準化の徹底を基礎に誰もが簡単に習熟でき、多品種を単品から加工できるシステムを自社開発し、モノづくりを超効率化した点にある。 CADデータの蓄積、加工ノウハウのデータベース化によるこの“Hilltopシステム”は、通常は職人の頭の中に眠っているような記憶頼みの暗黙知を抽出し、システムにのせて記録ベースにし、再現可能・再利用可能にした。そして昼間は社員が加工指示のプログラムを作成し、夜間をふくめ全自動で機械が加工作業をこなすという24時間無人稼働工場も完成させた。

野中郁次郎先生の知識創造論でいえば、これはSECIモデルの典型例である。共有化された経験知を表出化し、外部化された知識が社内の製造プロセス全体(同社では全社員が企画から製造まですべての工程をローテーションで経験する)や様々なクライアントの業界(欧米を含む3000社との取引)の知と結合され、さらに月に4000点にも及ぶ少量のモノづくりを通して内面化されていく。こうして知のスパイラルが現場の至るところで回り始めると、組織全体が“創造する現場”へと変貌を遂げることになる。

興味深いのは、このシステム化によって、むしろ「遊び」の余白が生まれたことだ。効率化は人を締め付けるものではなく、人間の創造性を解き放つための熟達した仕組みにほかならない。利益のための効率化ではなく、創造と挑戦の余白を得るための効率化だ。

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楽しいモノづくりを象徴する油まみれにならないコーポレートカラーのピンクのマシンに囲まれた機械加工の現場

メーカーは“人づくり業”である

ヒルトップの採用方針は、伝統的なモノづくり企業とは一線を画す。「知的体育会系」を求め、対話ができる人材、コミュニケーションと好奇心に満ちた若者を採用し育てる。

日本の現場に長年はびこってきた“にわか職人文化”──すなわち、技能を教えず自分の居場所だけ守る閉鎖的・ムラ社会的態度──とは対極である。同社の理念である「理解と寛容を以て人を育てる」は、暗黙知を共有するには信頼と心理的安全性が不可欠だという真理に基づいている。

さらに驚くべきは、売上の5%を“ユーザーニーズに関係のない挑戦”に充てるという「5%理論」だ。 意味を考えずに目標ばかりを追いかけるのではなく、そこから離れ、丘の上(ヒルトップ)を目指す力を高めるという目的に沿った活動を身体知化するための“遊びの知”を組織文化として制度化している。これは野中理論でいう“場(Ba)”の形成そのもので、創造の源泉はこうした余白に宿るのがよくわかる。

人間の尊厳を取り戻す“よい仕事”とは何か

ヒルトップが追求する「よい仕事」とは、儲かるかどうかではない。人がモチベーションを感じ、成長し、楽しめる仕事である。 「モチベーションが先、生産性は後」――これは知識創造の鉄則であり、人間の創造性への深い洞察と信頼がそこにある。

そもそも人間の本分は「知の創造」である。新しい価値を生み、他者とともに社会を前進させることに、私たちは喜びを感じる。だから企業の本質は、人々がその創造性を発揮する“場”を提供することにこそある。ヒルトップはまさに、この“人間の尊厳の回復”を企業ミッションとして実践しているわけだ。

日本の未来を支えるイノベーターシップ

人口減少と高齢化が進むこれからの日本では、単なる効率化ではなく、知的体育会系人材が力を発揮できる創造の現場をいかに整えるかが問われる。 すべての企業がヒルトップのように少量多品種に移行できるわけではないだろう。しかし、量産ラインの横に“創造の小部屋”を設けることはできるはずだ。すなわち、量産と少量多品種生産の両利きの経営として、効率性と創造性の二つの知を並行して育むのである。

ヒルトップの姿勢は、現場と経営が共に未来へ向けて学び続ける“知の共同体”のあり方も示している。そこには、日本のモノづくりが再び世界に誇る価値創造力を取り戻すための、大きなヒントが存在する。

瀕死のモノづくり, 下請けからの離脱という“知の跳躍”, ヒルトップシステム──暗黙知の形式知化の極意, メーカーは“人づくり業”である, 人間の尊厳を取り戻す“よい仕事”とは何か, 日本の未来を支えるイノベーターシップ

イノベーターシップを高めるためのチャレンジの勇気をもらます!

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