「ロシアは核使用を本気で検討していた」軍事評論家の小泉悠さんが明かす。中止した理由とは?【ウクライナ戦争】

ロシアがウクライナ全土に武力侵攻を開始してから、2026年2月で4年を迎えました。BuzzFeed Japanでは『現代戦争論 』(ちくま新書)を2月5日に上梓した東大先端科学技術研究センター准教授の小泉悠さんに都内でインタビューしました。

■入国拒否リストの掲載を知った経緯は?, ■「ロシアという国そのものにそんなに興味がない」, ■書名を『現代戦争論』にした理由は?, ■「人類が克服したかと思っていた戦禍が戻ってきている」, ■ロシアは「数十発の戦術核を戦闘使用する気があった」, ■ウクライナ戦争を長引かせる「トランプ政権のアルゴリズム」とは?, ■小泉 悠(こいずみ・ゆう)さんのプロフィール

インタビューに応じる東大先端科学技術研究センター准教授の小泉悠さん(撮影:安藤健二)

第二次大戦の独ソ戦の期間を超える長期戦に突入 。国際社会の停戦交渉は実を結ばず、 1200キロに及ぶ戦線 は膠着状態に陥りました。両軍の死傷者・行方不明者は約180万人との 推計も出ています 。

危惧されていたような核兵器の使用こそなかったものの、絶え間ないドローン攻撃の中で、お互いが塹壕を掘って対峙し合う凄惨な戦闘が 続いています 。

■入国拒否リストの掲載を知った経緯は?, ■「ロシアという国そのものにそんなに興味がない」, ■書名を『現代戦争論』にした理由は?, ■「人類が克服したかと思っていた戦禍が戻ってきている」, ■ロシアは「数十発の戦術核を戦闘使用する気があった」, ■ウクライナ戦争を長引かせる「トランプ政権のアルゴリズム」とは?, ■小泉 悠(こいずみ・ゆう)さんのプロフィール

2026年1月23日、ウクライナ・ドネツク州ポクロフスキー方面の陣地で、ウクライナ軍の兵士が塹壕を歩く様子(Photo by Dmytro Smolienko/Ukrinform/NurPhoto via Getty Images)

今回、インタビューした小泉さんはロシアの軍事・安全保障に詳しく、軍事評論家としてSNSでも広い人気を集めています。2025年11月、ロシアの入国拒否者のリストに名前が載った ことも話題になりました。

その小泉さんによると、ロシアは侵攻当初の2022年に実際に核兵器の使用を本気で検討していたそうです。広島・長崎に続く核兵器が、ウクライナの戦場で使われる瀬戸際だったというのです。

なぜプーチン大統領が率いるロシアは思いとどまったのか。その意外な理由も明らかになりました。ウクライナ戦争をめぐって何が起きているのか、詳しい話を聞きました。(取材:BuzzFeed Japan編集部 安藤健二)

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小泉悠さんの新著『現代戦争論』(ちくま新書) / Via chikumashobo.co.jp

■入国拒否リストの掲載を知った経緯は?

--YouTube番組「DEEP DIVE Cast 」の中で、2025年11月12日朝にロシアで入国拒否になったことを知ったというエピソードを話していたかと思います。どういう経緯で知ったのでしょうか?

全く映えない話になるんですけど。うちの奥さんが山登りに行くので早起きして出かけていて、そしたら一緒に山登りに行くロシア人から「あんたの旦那、入国拒否になってるよ」って教えられたそうです。その場で大笑いしながら僕に電話がかかってきて。僕はまだベッドの中で寝ながら「え、何?」みたいな感じで知らされました(笑)。

--ロシアからの情報網で知ったのかと思いきや、割と身近なところからだったんですね。

めちゃくちゃ身近なところから。一応ロシア人から教えられたことは教えられたんですけど、自分の奥さんからでした。それっきり、ロシア外務省も何も言ってこないですし、日本政府も何も言ってこない。ただロシア外務省のサイトに「こいつを無期限に入国禁止にする」って書いてあるだけなんです。ただ肩書きが間違っているので、結構前に作ったリストだなという感じがしましたね。

--准教授なのに肩書きがそうなっていなかった?

肩書きが「講師」になっていたんですが、私が講師だったのは2023年までなんですよね。前に作ったリストを特に更新せずにそのまま出してきたんだろうなという感じがします。大使館の仕事だとすると雑なので「モスクワとかで作ったんじゃないかなあれは……」という気もしています。

--実際にご覧になった時、最初の感想はどうでしたか。

あまり感傷的なことは感じなかったですね。というのは、私自身、ロシアという国が大好きで研究しているわけではないんです。ある程度「要注意対象」と思ってロシアを見ているというタイプ。あまり日本にはいないけど、北欧とか東欧に行くとたくさんいるタイプの研究者なんです。

つまり「ロシアが本当に攻めてきた」とか「併合されたことがある国」の人たちのロシアの見方。「脅威だから知らなきゃいけない」っていう認識ですね。プーチン政権に対してすごく批判的でもあったし、ロシア軍事の研究をしてるんで、入国拒否についても「いつかこうなるんじゃないかな」とは思っていました。全然意外性もないし、むしろ2022年の最初の入国禁止措置の中に「なぜ俺が入ってないんだ」というぐらいに思っていました。

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ロシアの首都モスクワのクレムリンと、ロシア国旗(Ayhan Altun / Getty Images)

■「ロシアという国そのものにそんなに興味がない」

--ここまでの話を聞いていて、興味深いことがありました。小泉さんはロシアを脅威として見る一方で、ロシアを好きな面もあるのかなと。そこのバランスをどう取っていますか?

ロシアという国、嫌いじゃないんですよ。住んでみた感じとしても、ロシア人というのはなかなか僕は好きだなと思いました。でも世界中にいろんな国がある中で、突出してロシアが好きかっていうと別にそうではない。どこの国も僕は割と嫌いではないと思ってるんですよね。その中で特にロシア人が嫌いということもないが、特にロシア人が大好きということもない、というぐらいの好意度です。

--小泉さんは「ロシア大好き」と思っていたんですが、意外とそうでもない?

ロシア軍に興味があっただけで、ロシアという国そのものにそんなに興味がない。今でもないんです。ロシア軍には興味があったのは、やっぱりロシア人の作る兵器は何か変だから(笑)。『赤い星の軍用機』(文林堂)という写真集が僕が中学生の時に出版されたんですが、ソ連の軍用機の鮮明な写真が掲載されていました。

「めちゃくちゃかっこいいな」「めちゃくちゃ変な格好してるな」と思ったり「細部の処理が荒いな」とか、多大なカルチャーショックを受けたんです。西側の飛行機と全然違う。設計思想も違うし、運用思想も違うんですよね。「こういう兵器を作り出すロシア人というのは面白い連中だな」という気持ちは確かにあります。ただ「ロシアの伝統的な文化が好き」「ロシア人の友達がたくさん欲しい」とか思ったことはないですね。

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インタビューに応じる小泉悠さん(撮影:安藤健二)

■書名を『現代戦争論』にした理由は?

--そういうことだったんですね。ここからは本の内容に移ります。ちくま新書の前著は『ウクライナ戦争 』という直球なタイトルでした。これに対して、今回の本は『現代戦争論』としたのはどんな理由からでしょう?

このウクライナの戦争って2020年代に入ってからの最大の国家間戦争ですよね。ガザの紛争とウクライナの戦争が両輪のように世界の安全保障環境に影を落としています。ウクライナの戦争が、2020年代を生きる我々が戦争を考える際の想像力をかなり規定している。そういう意味で「ウクライナの戦争を語ることが、ある程度現代の戦争を語ることになるだろう」という意味を込めてます。ただ、これだけでは意味がわからないので、副題で「ロシア・ウクライナから考える世界の行方」と、入れてもらいました。

--ウクライナを巡る今回の戦争が、今後の戦争の在り方をめぐる一つの前例になるということでしょうか?

前例にもなるし、人々が戦争と聞いてイメージする時の大きな参照基準になると思っています。戦争って人間が起こしている現象なので、メカニカルに起こるわけではありません。「最悪の場合、こんなことが起こる」「場合によっては軍事力を使ってこんなことしちゃえばいいんだ」などと、人間が想像して起こすものなんです。戦争には想像力がいる。その想像力の一個の源泉にウクライナ戦争がなっているだろうと考えています。

もう一個のガザは、どちらかというと2000年代的な想像力の延長にある気がするんですよ。僕が学生の時に行われていた非対称戦争(小国または武装集団と大国の間に起きる戦争)の、とびきりひどいバージョンという感じがするんです。アメリカのアフガニスタン侵攻(2001年)とかイラク戦争(2003年)とか、みんなずっと非対称戦争ですよね。主にアメリカ軍がそのゲリラの泥沼の中で苦しんでいる。

その時、アメリカ国防大学のショーン・マクフェイト教授は「アフガニスタンで『ハーツ・アンド・マインズ』とか生ぬるいこと言ってるから勝てんのだ」って本で書いてるんです。あのとき、アフガニスタンを指揮した米軍のマクリスタル大将が「ハーツ・アンド・マインズ」を唱えました。要するにアフガニスタンの人々の心と感情を掴むことがタリバンを遠ざけて安定化作戦を進める上で大事だというわけですね。当時の主流の意見はそうだった。

ところがマクフェイト教授は「そんな生ぬるいこと言ってちゃダメだ。アフガニスタンを皆殺しにするぐらいでやらなければ、勝てるわけがないんだ」って無茶苦茶なこと言うわけですよ。「ひでえこと言うやつだなこいつは」と思ったんですが、今、イスラエルがガザでやってる戦争ってそれに近いんですよね。

ガザの住民を閉じ込めて、直接間接的に「あの人たちをもう滅ぼしてしまえばいいではないか」というところまで来ている。それまではギリギリ人道とかの縛りがあってできなかったことを、とうとうイスラエルがやろうとしている。十数年前のマクフェイト教授の不気味な予言が中東の地で実現しているように感じています。

そういう意味で、2000年代的な風景の延長が中東では起きています。だけど今、東ヨーロッパで起きてるのは、もっとずっと古典的な、パイプの繋がってる先が第二次大戦前の1930年代。東ヨーロッパの国々が次々とソ連とドイツに飲み込まれていった頃の回路と繋がっている感じがするんですよね。古い時代のものが呼び起こされている。それに我々がどう向き合うのかが、私の近年の大きな関心です。

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2026年2月22日:ロシアによる大規模なミサイルとドローン攻撃を受けでウクライナ首都のキーウの住宅が破壊された。(Photo by Yan Dobronosov/Global Images Ukraine via Getty Images)

■「人類が克服したかと思っていた戦禍が戻ってきている」

--確かに米国がタリバンと戦うとか、ISと戦うなどの「テロ組織との戦争」というのはありましたが、国家間同士の大規模な戦争が起きるというのは、あまり想像していた人がいなかったのかと思います。

「国家間戦争自体がもうできなくなるんじゃないか」という議論は、2000年代にもありました。でも、2022年に始まったウクライナ戦争は、本当の大戦争ですよね。もう独ソ戦の期間を超えて続いてますし。死者の話を今回の本の第1章で取り上げているんですけど、やっぱりすごい数の人が死んでいます。

いわゆる戦争に伴う国家崩壊で多くの人が餓死するとか、治安が悪化して虐殺が起きるとかじゃなくて、本当の軍隊同士の戦闘でこんなに何十万人も死ぬことって、絶えてなかったと思うんですよ。たとえば湾岸戦争にしても、イラク戦争は米軍の圧勝でそんなに人が死んでないんです。

--それぐらいのことが今起きていると。

人類がさすがに克服したかなと思っていた戦禍が、また戻ってきている。本のタイトルにした『現代戦争論』っていうのは「そういう戦争の時代ですよ」ってことでもあるんです。ある戦争のモードが後景に退くと「もうあんなことしない」って、みんな思うんです。でも、実際には向こうに行ってるだけでいなくなってはいない。また戻ってくることがあるということなんです。遠くに行って見えにくいだけで居るには居る。それが突然バッと近づいてくることがある。

僕が生まれたのは1982年。あの時は新冷戦なんですよ。世界中の人々が、本気で第三次世界大戦の心配をしていました。翌83年がNATOのエイブル・アーチャー演習ですから、本当に核戦争が起こるかもしれなかった。ところがそこから20年経ってみると、アフガン戦争やイラク戦争の時代です。

対テロ戦争をアメリカが始めたんです。その頃、元イギリス陸軍大将のルパート・スミスによる『軍事力の効用』という本の中では「戦争は存在していない。私たちが若い少尉の時にやるつもりだった戦争っていうのはもう存在しないんだ」と書かれていました。そこから20年で、結局これなんですよね。本当に20年スパンぐらいでは戦争のモードっていうのは大きく変わってきています。

例えば2045年前後くらいになると、きっと僕らは全然違うことまた言ってるんですよね。また新型コロナウイルスみたいな感染症が出てきて、そっちが安全保障上の課題だって言ってるかもしれないし、また対テロ戦争の時代になってるのかもしれない。もっと予想もつかないことやってるかもしれませんけど。

片っぽでは「巨大戦争のリスクに備えなきゃいかん」という軍事屋としての気持ちもありつつ、「これがいつまでも続くわけでもないだろうな」とも思っています。20年か30年したら多分、全然違う世界を見ている。そして、どうせ違うなら、いい方向で違う世界を目指さなきゃいかんとも思うんですよ。アジア人同士で軍拡競争やってる現状はあまりにも不毛ですからね。

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インタビューに応じる小泉悠さん(撮影:安藤健二)

■ロシアは「数十発の戦術核を戦闘使用する気があった」

--先ほど「戦争のモードが変わった」というお話がありました。今回のウクライナ戦争が大規模な国家間戦争となったことで「核爆弾が使われるのではないか」と危惧していた人も多いと思います。今のところウクライナ戦争で核兵器が使われていないのはどういった理由からでしょうか?

ロシアには軍事の基本原則を定めた「ロシア連邦軍事ドクトリン」という文書があります。現行バージョンは2014年に改定されたものですが、この中では紛争が4つに分類されています。一番下のレベルに武力紛争があって、局地戦争、地域戦争の順にレベルが上がっていき、最後が大規模戦争なんです。これがロシア流の戦争の4分類。

このうち「武力紛争」は、チェチェン紛争のようなロシア国内の小規模な戦争です。次のレベルの「局地戦争」は対外戦争だけど参戦国が限られていて、一カ国だけが敵のパターンです。そして「地域戦争」になると、その地域の主要国および同盟が関与してくるという分類になっています。最後の「大規模戦争」がいわゆる第三次世界大戦。

この分類で言うと、ウクライナ戦争って、ロシア流の分類では局地戦争なんですよね。4段階に分かれているエスカレーションのうちのまだ下側のほうにいる。一応、ロシアの軍事ドクトリンその他でも「局地戦争においてはまだ核使用の段階には入らない」ということになってはいるんです。

逆に言うとプーチン大統領が「ウクライナに長距離ミサイルを供与したらNATOが参戦したとみなす」と繰り返し言うのは、つまりこれは「我々の分類で言うところの局地戦争から地域戦争に移るぞ」ってことなんですよね。地域戦争になったら、これはもう戦術核(軍事拠点などに限定した核兵器)の使用が考慮されるわけですよ。ロシアの頭の中ではまだやっぱり戦術核を本当に使うような戦争には、分類的にはなってないっていうことが1個あると思います。ただ、どうも使う気は2022年にはあったっぽい。

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核兵器が搭載可能なロシア製の短距離弾道ミサイル発射装置「イスカンデルM」(Photo by Sefa Karacan/Anadolu Agency / Getty Images)

--西側諸国への脅しという意味ではなく、実戦での核使用を2022年の侵攻当初は真剣に考えていたということですか?

しかも「数十発の戦術核を戦闘使用する気があった」と、米軍の人が言ってました。今年1月にあった日米の有識者会議の中でアメリカ側から、そういう情報開示がありました。脅しのための核使用ではなくて、本当に戦闘に使おうとしていたことを米軍は掴んでいたみたいですね。多分、戦場で使う気だったんでしょう。ドンバスとかの膠着してる前線。2022年8月末から、 ハルキウ州とヘルソン州でウクライナ軍の攻勢でロシア軍が押されていた ので、おそらくウクライナ軍の突進を止めるための核使用を考えていたんだと思いますね。

--戦場の限られたところを焼け野原にするために使うと?

そうだと思います。従来からロシア軍が演習で訓練してきた通りの使い方ですよね。ただ、どうもギリギリで止めたらしい。「なんで結局使わなかったんだろう」って米軍の人に質問してみたんです。

僕から水を向けたのは「あの時、インドのモディ首相とか中国の習近平国家主席とかが説得したという話もありますよね」ということだったんですが、米軍側の評価は「多分それではないだろう」ということでした。米軍側もプーチン大統領の頭の中まで分かってるわけではないですが、いろいろ議論してみた結果、「おそらくロシア軍の負けがあるところで止まったということが大きい。ロシア軍が壊滅にまで至らなかったことで、核使用の必要がなくなったんじゃないか」という話に僕と彼らとはなったんですよ。

ということは、やっぱり別に外部から説得されてプーチン大統領がやめたわけではなく、彼の道徳心が止めたわけでもなく、単に軍事的な必要性で使わなかっただけなんじゃないかって感じがするんですよ。もっと気軽に使っちゃってもおかしくはなかったわけです。

--ただ、さっきのお話だとロシアの軍事ドクトリンでは「局地戦争」を「地域戦争」を格上げしないと核兵器は使えないはず。そこは矛盾しないんでしょうか?

軍事ドクトリンはあくまで紛争の類型を示しているだけです。「局地戦争だから核兵器を絶対に使わない」とは、彼らも言ってないんですよ。その軍事ドクトリンの中でも、たとえ通常戦力による侵攻であっても「ロシアの国家が存亡の危機に立った時は使いますよ」っていうぐらいの言い方しかしていない。そこは非常に幅広く取っているんです。

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ロシアのプーチン大統領が2022年9月21日、ロシア国内での部分的な軍事動員を発表する国民向けテレビ演説をしている様子 (Photo by Kremlin Press Office / Handout/Anadolu Agency via Getty Images)

■ウクライナ戦争を長引かせる「トランプ政権のアルゴリズム」とは?

--核使用の瀬戸際まで行っていたとは、想像を超える事態でした。ただ、それから4年を経て戦線は膠着しています。損得だけで考えると停戦した方がメリットが大きいはずですが、停戦できない両国の背景とは何でしょう?

ごく簡単に申し上げると、やっぱり戦争目的と関係してくると思うんですね。プーチン大統領も「前進できないからいいや」とはならない。ウクライナを政治的・軍事的に支配するまでプーチン大統領は満足しない。そうするとウクライナとしても、自力でそのプーチンに抵抗できるうちは主権国家でいるために抵抗をやめられないわけです。もし、ウクライナ国民のナショナリズムというかアイデンティティが極めて希薄で「ロシアに支配されても、まあいいか」となるんだったら話は別ですが、実際にはそうなっていません。構造的に、お互い折り合えない戦争目的を追求しているんです。

19世紀の軍事理論家であったクラウゼヴィッツは、著書『戦争論』の中で「なぜ戦闘は止まるのか」という問題を考察しています。哲学者としてのクラウゼヴィッツは「暴力は無限にエスカレートしていって絶対戦争(無制限の暴力を行使する戦争)に近づく」と考えています。でも軍人としてのクラウゼヴィッツは「そんなにしょっちゅう絶対戦争やってないよね。むしろ中途半端な戦争の方が多くて戦闘ってしょっちゅう停止するよね」ということを知ってるわけですよね。理念上の戦争と現実の戦争の矛盾に折り合いをつけたのが、「戦争とは他をもってする政治の延長である」というクラウゼヴィッツの有名なテーゼだと思います。政治目的でやってるので、政治目的の大小というのが戦争のエスカレーションの行方をかなり規定してるんだというわけですね。

それにならって言えば、やはりこの戦争は政治目的がでかい。エスカレートする契機を孕んでいる。ところがクラウゼヴィッツの時代にはなかった「核兵器による破滅の可能性」という別のプレッシャーがかかっているため、エスカレートし過ぎることはないけど、「決着がつかないまま能力が尽きるまでは続く」という構造なんだろうと思ってます。

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2025年10月17日、ホワイトハウスでウクライナのゼレンスキー大統領(左)を出迎えるアメリカのトランプ大統領(Win McNamee / Getty Images)

--核戦争にはならないものの、交戦している両国が我慢比べのようになっている中で、停戦に持ち込むにはどうすればいいんでしょうか?

本当はそこにアメリカが出て来て欲しいところではあります。軍事の論理だけでは戦争がダラダラ続いてしまうところに、アメリカが政治の論理を無理やり持ち込んで「はい、やめ!」って言わなきゃいけないんですよね。トランプ大統領は2025年の就任演説で「ピースメーカーになる」と宣言していたくらいなので、ちょっと乱暴だけどそういうことやってくれるかなという気がしていました。でも、トランプ大統領を見ていると、そういう意味でのピースメーカーにはなろうとしていない。大国間協調がしたいようなんです。「大国同士は喧嘩しないように仲良くやりましょう」ってことなんで、基本的にロシアに甘い。

「ロシアは自分たちの大国クラブの一員だ」と認識しているトランプ大統領にとって、ロシアはうまくやっていくべき相手なんですよ。それで最初のうち、ロシアとアメリカが一緒になって「ウクライナに事実上の降伏を強要する」ということをやろうとしたけど、やっぱりうまくいかない。ウクライナ自身や欧州から猛反発を受けたし、武器や情報の提供を止めると脅してもそれでウクライナが主権を諦めたわけでもない。

なんとなく「欧州やウクライナのことも聞いておかないと怒られるな」って一度はなるんだけど、プーチン大統領から電話がかかってくると、またスッと向こうになびいちゃうっていうことを繰り返す。どっち着かずの立場が続いています。これではやっぱり停戦強要ができない。アメリカのリーダーシップの不在というか、本能的に大国間協調の方に寄ってしまうトランプ政権のアルゴリズムが、この戦争を長引かせている感じがしますね。

■小泉 悠(こいずみ・ゆう)さんのプロフィール

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インタビューに応じる小泉悠さん(撮影:安藤健二)

1982年千葉県生まれ。東京大学先端科学技術研究センター(国際安全保障構想分野)准教授。早稲田大学社会科学部、同大学院政治学研究科修了。政治学修士。民間企業勤務、外務省専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所(IMEMO RAN)客員研究員、公益財団法人未来工学研究所客員研究員を経て、現職。

専門はロシアの軍事・安全保障。著書に『「帝国」ロシアの地政学──「勢力圏」で読むユーラシア戦略』(東京堂出版、2019年、サントリー学芸賞受賞)、『現代ロシアの軍事戦略』(ちくま新書、2021年)、『ロシア点描』(PHP 研究所、2022年)、『ウクライナ戦争』(ちくま新書、2022年)、『オホーツク核要塞』(朝日新書、2024年)他多数。