農業で自立した古里を、福島・南相馬 ブロッコリー生産、原発事故後の休耕地再生

古里にUターンし、ブロッコリー栽培に取り組む吉田一貴さん=1月13日、福島県南相馬市小高区

 一面の畑をまっすぐに進むトラクター。不慣れな人でも搭載した衛星利用測位システム(GPS)がまっすぐに進めるよう操縦をアシストする。福島県南相馬市小高区にUターンした吉田一貴さん(38)はブロッコリー生産にスマート農業などを取り入れ、原発事故後の休耕地の再生に取り組む。農業を通じ「古里を自立した地域に」と話す。(共同通信=大沼祐輔)

 農業法人を経営する父親のもとで育ち、子どもの頃から身近にあった農作業には「低賃金、長時間労働」の印象があった。継ぐつもりはなく、大学では公務員を目指して勉強した。

 卒業後、知人の紹介で入学した園芸の専門学校で作物を作る喜びを知り、同級生の姿に刺激を受けた。それでも東京電力福島第1原発事故で実家は新潟県へ一時避難。父の会社も休業を余儀なくされ、地元で農業の担い手となるビジョンは持てなかった。

 南相馬市小高区の避難指示は2016年7月に解除され、父が2019年に地元で営農を再開した。原発事故の風評被害もあり「無理だろう」と思ったものの父の決意は固かった。1年ほど悩んだが、助けるのは自分しかいないとUターンを決めた。

 震災前約130ヘクタールあったブロッコリー畑だが、使えなくなった場所もあり、耕作面積は縮小した。吉田さんは種まきや苗の植え付けの機械化を進め、操縦を自動化できるロボットトラクターや、上空から畑の状態を確認するドローンを試してみるなど工夫を重ね生産効率を高めていった。

 一方で、休耕地や耕作放棄地の活用も。離農する人から「うちの畑を使ってほしい」と頼まれることもあり、少しずつ規模を拡大し、今では60ヘクタール超を管理するまでになった。収穫などの繁忙期には地域の人に手伝ってもらう。

 軌道に乗り始めたが「今は復興予算(による支援事業)があるから、やっと利益が出ているだけ」と気を引き締める。耕作面積を増やして緑が広がる原風景を取り戻しながら、雇用を生み出したい。原発事故前のように自立した古里を目指し、模索を続ける。

収穫したブロッコリーの状態を見る吉田一貴さん=1月13日、福島県南相馬市小高区

福島県南相馬市小高区、福島第1原発

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