都内で「非トルコ系ケバブ屋」がじわり増加の理由

地域ではよく知られた、常連客の多い店, 軒先で遊び回る、バングラデシュと日本の子供たち, 週末は家族も店を手伝う, 子供には自分より上にいってほしい

店主のシュワブさん(写真左)。子供たちは日本語と日本文化の中で育ってきた。そのまま日本人として生きていってほしいとシュワブさんは考えている(撮影:筆者)

日本で暮らす在留外国人は2024年358.8万人となり、過去最高を記録した。
しかし、増え続ける「外国人の隣人」に、誤解や不安を抱いている人もまだいるのが実情だ。そこで本連載では、さまざまな事情で母国を離れ日本で生活する人に話を聞き、それぞれの暮らしの実際に迫る。そして、リアルな彼・彼女らの話から、日本の「グローバル化」の現在地を探っていく。
初回となる今回は、東京都中野区でケバブ店を営むシュワブさんにお話を聞いた。

地域ではよく知られた、常連客の多い店

「この場所からは、まわりがよく見えるね。それで常連のお客さまが通ったら、私必ず声かける。遠くにお客さま見えたらアイコンタクト。それでまたケバブ買ってくれる」

【写真6枚】バングラデシュ出身のシュワブさんが営む東京・中野区の人気ケバブ店「FAN 1 FOOD」。こぼれるほど具が詰められたケバブサンド(600円)はこんな感じ

シュワブさんは達者な日本語でまくしたてる。

東京都中野区、新井薬師門前の交差点だ。五差路に突き出すように建つ小さなケバブ屋「FAN 1 FOOD」から、5年ほどこの街を眺め続けてきた。

「ケバブ屋のいいところはね……あ、いらっしゃいませー!」

さっそくお客がやってきた。「元気、最近どう?」なんて声をかけている。手早くケバブサンドをつくって手渡す。

「いまの人、常連。よく来てくれる。でも私、初めて来た人にも話しかける。ゼッタイ話しかける。初めてですか、どこ住んでますか、このへん何年くらいいるんですか……。そしたらみんな、いろんなこと返してくれるね。先週引っ越してきました、前はどこそこ住んでました、あなたどこの国から来ましたか、とかね。コミュニケーションすれば、また来てくれる。今日で終わりじゃない。あ、そうケバブ屋のいいところね」

仕事の手を休め、店のたもとに設えられたテーブルに座って、シュワブさんはまた話しだす。

地域ではよく知られた、常連客の多い店, 軒先で遊び回る、バングラデシュと日本の子供たち, 週末は家族も店を手伝う, 子供には自分より上にいってほしい

店の横のテーブルでケバブを食べつつ、シュワブさんと話していくお客も多い(撮影:筆者)

本連載では、さまざまな事情で母国を離れ日本で生活する方を対象に、取材にご協力いただける方を募集しています。ご協力いただける方はこちらのフォームからご応募ください。

「ケバブ屋はね、ひとりでできる。人件費かからない。もし誰か雇ったらタイヘンね。でもひとりなら赤字にならない。儲からないけど、なんとか生活はできる。あーこんにちはー」

自転車に乗った親子連れと手を振り合う。

「あとね、ケバブ屋はそんなに忙しくない。そんなに暇でもない。そこがいい。仕入れも仕込みもたいへんじゃない」

ケバブ屋というとトルコ人のイメージが強いけれど、そんな理由もあって実はいろんな国の人が参入してきているんだとか。シュワブさんもバングラデシュ人だ。

「ケバブやるバングラデシュ人けっこう多いね。いま日本にはバングラデシュの留学生が増えてるけど、卒業しても日本で就職するの難しい。だからケバブ屋やる。いろんな人にお金借りて、会社つくってビザ取って。私の話を聞いてからケバブ屋はじめた人もいるよ。バングラデシュ人も日本人も、フィリピン人の女の子もいたよ」

確かにいまや、都内ではあちこちにケバブ屋を見るようになった。過当競争ではないかと感じるくらいだ。

「踏切渡った向こうにもあるし、中野ブロードウェイのそばにもある。でもうちの店は美味しいね。だから遠くから来るお客さまもいる」

詳しくは企業秘密だが、多種多様なスパイスやヨーグルト、酢などを使った自慢の味つけだ。それに「一個食べたらパンパンになる」とシュワブさんが胸を張るほどの、すごいボリュームなのである。味と量とで差別化を図り、ケバブ戦線を生き残ってきたのだ。

地域ではよく知られた、常連客の多い店, 軒先で遊び回る、バングラデシュと日本の子供たち, 週末は家族も店を手伝う, 子供には自分より上にいってほしい

こぼれるほど具が詰められたケバブサンド600円でお腹いっぱい(撮影:筆者)

せっかくだからと注文してみた。ひとつ12キロだという巨大なチキンのカタマリからナイフで肉をこそげ落とし、袋状にしたパンの中に入れていく。その上にキャベツや人参を刻んだサラダを載せて、さらに肉とサラダを押し込む。

肉、サラダ、肉、サラダと重層的に、これでもかとギュウギュウに詰めたケバブサンド600円は、手渡されてみるとズッシリ重い。具材がパンからはみ出しているし、とうていパクつくことはできないサイズなので、割り箸も添えられる。ケチャップやマヨネーズなどでつくられた特製ソースのかかったケバブを箸で食べるのはなんだかふしぎだが、なるほどうまい。

それに、交差点を行き交う人々を眺めながら食べるのは、なかなか気分が良かった。

軒先で遊び回る、バングラデシュと日本の子供たち

シュワブさんが日本にやってきたのは1995年のこと。

「もう31年ね」

60歳になるから、人生の半分をこの国で過ごしてきたことになる。首都ダッカの出身だ。現地の大学を卒業すると、すでに日本で暮らしていた兄を頼って来日。大正大学の大学院に進学した。

その後、兄の営む中古車輸出の仕事を経て、中野にあった時計の卸売りの会社で13年ほど働いた。

地域ではよく知られた、常連客の多い店, 軒先で遊び回る、バングラデシュと日本の子供たち, 週末は家族も店を手伝う, 子供には自分より上にいってほしい

「中野も新井薬師も好き。ときどき近くの寿司屋さんも行く」とシュワブさん(撮影:筆者)

しかしコロナ禍のときだ。経営が厳しくなり、社長が高齢だったこともあって、会社を畳むことに。そしてシュワブさんは、すぐ近くで弟が営んでいたケバブ屋を受け継ぐことになった。それからおよそ5年、ずっとこの交差点を見つめてきた。そこを歩く日本人と同じように、景気の波にも揺られる。

「タイヘンなのは食材の値上がりね。キャベツ1個800円とか900円ってときがあったでしょ。肉もスパイスもどんどん高くなってる。でも私、値上げしない。我慢する。だってお客さまの給料も上がってない。給料上がる、大きい会社だけ。そうじゃない会社もいっぱいね。だから値段そのまま。野菜は少し経てば仕入れ値も下がるからね。でも、スパイスは一度値上がりしたらもとに戻らないの」

夏場よりも、人々が温かいものを求める冬のほうが売り上げがいい、だから夏はかき氷も出す、すぐそばにあって地域の名前にもなっている寺院、新井薬師の年4回のお祭りのときはお客で賑わう……そんなことも教えてくれる。

地域ではよく知られた、常連客の多い店, 軒先で遊び回る、バングラデシュと日本の子供たち, 週末は家族も店を手伝う, 子供には自分より上にいってほしい

最近はケバブのほかにビリヤニ(スパイス炊き込みご飯)も人気だとか(撮影:筆者)

週末は家族も店を手伝う

そして週末は、必ず家族みんなで店を切り盛りするのだ。この日も、シュワブさんが僕と話している傍らで、妻と長男がお客の相手をしていた。小学校1年生のときに日本へ来た長男はベンガル語よりもむしろ日本語で成長し「いまは頭の中でも日本語で考えてますね」と話す。

この春、大学を卒業して大手企業に就職をした。それでも、週末はこうして父のケバブ屋を手伝う。

そんな長男と、母との会話は日本語だ。大手飲食チェーン店でも働く母は独学で日本語を上達させ、パート仲間の日本人のおばちゃんたちとはすっかり仲良しだ。長男の就職には「大きな会社で、なくならないからね」と嬉しそうだ。

そこに小学校6年生の次男が帰ってきた。日本人の友達たちと転がり込むように店の前までワイワイやってきて、キャッチボールをしたり、サッカーをする様子はいかにも遊び盛りの小学生だ。

「ほら、危ないよ!」

お母さんの声も飛ぶ。シュワブさんが楽しげに言う。

「みんな小学校の同級生ね。中学生も交じってるけど」

友達の親御さんたちも店の常連で、よくケバブを買っていってくれるのだという。この子は何年生で、この子はどこそこに住んでいて……とシュワブさんが語る。友達ひとりひとりをちゃんと把握している親が見守る前で、子供たちが駆け回る。なんだか昭和の路地のようだと思った。

子供には自分より上にいってほしい

日が暮れる頃に友達たちは帰っていき、ひとしきり遊んだ次男は兄と一緒に店の冷凍庫に手をかけた。大きな肉塊を取り出し、解凍させて、明日の仕込みをするのだ。

「家族みんな一緒。バラバラよくない」

シュワブさんは力説する。

「だから私、土曜日と日曜日、家族で楽しみながら店をやる。子供たちが食べたいものつくって、いろんな話して。あ、ニーハオマ!」

やはり常連だという中国人にあいさつする。先日はまた別の中国人の女性が菓子折りを持ってやってきたのだそうだ。なじみのお客だったが、帰国するからとあいさつに来たのだという。国を越えた近所づきあいが、この交差点にはある。

「時計の会社の社長もときどき来てくれる。元気ですか、商売どうですかってアドバイスしてくれる。私、尊敬するよ、社長88歳よ」

暮らしで困ったことはないか、なにかと気にかけてくれる近所の日本人もいる。シュワブさん自身がふだんから人間関係を大切にしているからこそ、そんな人たちがまわりにいてくれるのだろう。

「私ね、誰とでも話したい。日本語うまくないけど話したい」

そして息子たちには、自分を越えていってほしいと願っている。だから夫婦でけんめいに働き、苦労して長男を大学に行かせた。次男も大学まで進学してもらいたい。

「世の中のお父さんの気持ちみんな同じ。子供たち私より上に、少しでもいいから上になってほしい。でも、口だけでぜんぜん教えないお父さんもいる。私はいつも言ってる。勉強しなさい、うそついてはいけません。人生は短い。だからいまやれることがんばる」

いずれ子供たちが親になったとき、今度は同じように子供に教えてほしい。

「チェーンですよ。回転寿司みたいね」

思いや教育を伝えていくことを、シュワブさんはそうユニークに表現した。

やがて一家は今日の営業を終えて店を閉めると、食材の買い出しに新大久保へ行くのだと車に乗り込み、走り去っていくのだった。

地域ではよく知られた、常連客の多い店, 軒先で遊び回る、バングラデシュと日本の子供たち, 週末は家族も店を手伝う, 子供には自分より上にいってほしい

小さなケバブ屋をどうにかやりくりして、子供を大学卒業まで育て上げた(撮影:筆者)