「ペンで直接描かないと、漫画を描いている気がしない」……画業55年の大ベテラン 諸星大二郎さんは語る

 『暗黒神話』や『妖怪ハンター』など怪奇と幻想の世界を描き続けてきた漫画家、諸星大二郎さん(76)の画業55年を記念した『諸星大二郎短編集成』(小学館)の刊行が始まった。デビュー以降、ジャンルを越境してきたストーリーテラーの才能を存分に味わえるシリーズだ。(池田創)

 「いつのまにか55年たっていたという感じです。なんとか食いっぱぐれないでやってこられました」。ホラー、SF、民俗学などを盛り込んだ多彩な作風で描き続けてきた漫画家ははにかみながら語った。

「最近はポーなどの古い怪奇小説を読み返している」と語る(2月16日、東京都内で)=早坂洋祐撮影

短編集成第2集の表紙絵(c)諸星大二郎

 今回の『短編集成』は全12巻で、編年体(発表順)で短編をほぼ網羅し、発表時のカラーページを再現した。自作解説も付け、充実の内容に仕上がった。

 第1回配本の第2集『猫パニック』は1975~78年発表の作品を収める。楽園を求めて荒野をさまよう少年の物語「失楽園」、鎖国を断行した米国を舞台にした「マンハッタンの黒船」などの初期作品が並び、人間の抱える闇、世界の破滅などを表現巧みに描いている。「楽しんで描いていた時期ですね。絵も定まってなくて、色んなことを試みて、思いついたものをやっていた。いま改めて読み返すと、バラエティー豊かに、まあ色々描いていたんだなと」

「アトム」に衝撃

 幼い頃に手塚治虫の『鉄腕アトム』に出会い、ノートに落書きする幼少期を過ごした。中でも小さな島を舞台にした「海蛇島の巻」が今でも心に残っているという。「2人の少女がアトムを争い、結果アトムが首を斬られてしまう。少年誌でこんなものを描いてもいいのかなと思うほどすごい話だった。相当な衝撃でした」

 高校卒業後、数年間公務員として働き、70年に漫画雑誌「COM」掲載の「ジュン子・恐喝」でデビュー。手塚賞に入選した「生物都市」など話題作を次々に発表した。

 考古学者の稗田礼二郎が各地を訪れ、超常現象に立ち向かう『妖怪ハンター』や、少女2人が暮らす街の奇妙な日常をつづった『 栞(しおり) と 紙(し)魚(み)子(こ) 』など、映像化された長編作品も多い。「長編は色々考えて話が広がっていく。短編は限られたページ数でうまくまとまると楽しい。長編を描くと短編を描きたくなり、その逆もある。これからも短編を描くことはあるだろうから、今回の『短編集成』は全集にならないかも」と笑う。

 若い頃はアイデアに行き詰まることがあり、海外文学を読むことでイメージを膨らませていったという。異形の存在がこの世に出現する作風は、『クトゥルー神話』で知られる米作家、ラブクラフトからの影響が大きいと明かす。「普通の怪奇小説とは違う、宇宙的な恐怖に魅力を感じました」

第4集に収録予定の「ユニコーン狩り」の色鮮やかなイラスト(c)諸星大二郎

 ひとりの少年の運命を時空を超えたスケールで浮かび上がらせた『暗黒神話』など、神話をモチーフにしたダイナミックな世界観の根源には古事記などへの畏敬の念があるという。「神話の世界は当時の人々にとっては荒唐無稽ではなく、その時代の、古代の人たちの中に生きていたのだと思う」

 「ビッグコミック」につげ義春さんの初期SF作品「右舷の窓」のリメイクを発表するなど意欲的な試みを続けている。アナログ作画にこだわり、ペン先から物語を生み出している。「ペンで直接原稿を描かないと漫画を描いている気がしないんですね。面白いものを描こうというのがいつもあるんです。アイデアが出なければどうしようもないのですが、生きているうちは描き続けられればいいなと」。愛猫をなでながら、静かに語った。