「国賊家族も追い出すべき」訪日ビザや土葬めぐりエスカレートしたデマや中傷、便乗した衆院選候補も 切り抜き動画で印象操作、「うそも真実に…」見分ける方法は?

集会で演説する自民党の岩屋毅氏=1月27日、大分県中津市
先の衆院選では、与野党を問わず候補者に対するデマや誹謗中傷が交流サイト(SNS)を中心にまん延し、その標的は家族にまで及ぶケースもあった。多くの時間を釈明や火消しに追われた陣営がある一方で、逆に相手候補に降りかかったデマを拡散させるかのような主張を展開した陣営も。選挙結果に影響を及ぼしかねないデマや誹謗中傷はなぜなくせないのか。要因の一つとして閲覧数に応じて収益が増えるSNSの仕組みが挙げられる。さらに、専門家は憲法で保障された表現の自由の観点から過度な規制は困難と指摘する。情報を受け取る私たちは、どうすればいいのだろうか。(共同通信衆院選取材班)
▽レッテルが拡散
「岩屋を退治しろ」「国賊」「売国奴」―。SNSには、大分3区から立候補した自民党の岩屋毅前外相を激しい言葉で批判する投稿があふれていた。「岩屋毅の国賊家族も追い出すべきだ」。エスカレートする一方の批判の矛先は、家族にも向けられる異常事態に発展した。
選挙期間中、岩屋氏はこう吐露した。「相手候補との戦いというより、ネットとの戦いに非常に苦労している」。11回目の当選を果たしたものの、得票数は5万7996票と、前回より約3万票減った。次点の中道改革連合新人に約7千票差まで迫られる辛勝だった。
きっかけは2024年12月、当時外相だった岩屋氏が中国人の訪日観光ビザ(査証)の緩和方針を表明したことだった。
中国が先に打ち出した日本人への短期滞在ビザ免除措置の再開を受けた措置で、その後の日中関係の悪化もあり進展はない。それにもかかわらず、SNS上では、中国にこびを売る「媚中議員」とのレッテルが拡散された。
大分3区内の日出町で一時持ち上がったイスラム教徒(ムスリム)の土葬墓地建設を巡る問題も拍車をかけた。隣接する杵築市の自民支部が昨年11月、自治体任せではなく国の責任による制度設計を政府に求めると、要請の場に同席していた岩屋氏が「土葬墓地推進派」と決めつけられた。

大分3区に出馬した日本保守党新人の応援演説を行う百田尚樹代表=2月3日、大分県別府市
▽便乗する対立候補
選挙戦では対立候補がこうしたデマに「便乗」する動きも見られた。参政党新人は街頭演説で、こう叫んだ。「岩屋氏は中国人のビザ緩和を独断で推し進めた」「土葬墓地問題の橋渡しをした」
日本保守党新人の応援演説に駆けつけた百田尚樹代表も根拠のない主張を重ねた。「岩屋氏は『イスラム教の人たちに土葬墓地を提供すべきだ』と言った」。こうした演説が大分3区の各地で連日のように繰り返される様子は異様とも言えた。
デマは有権者にも伝染する。参政党の演説中、「そうだ!」「頑張って!」と声を上げていた60代女性は興奮気味に語った。「テレビや新聞は信じていない。岩屋氏がやってきたことはネットを見て知った。絶対に落とさないといけない」
岩屋氏の陣営も手をこまねいているわけではなかった。「事実に基づかない情報」が広がっているとして反論動画を作成し、投開票日4日前には、虚偽や悪質な投稿については、法的措置を含めた対応を検討するという声明を出した。
それでも過激な投稿は沈静化せず、衆院選が終わった今も中傷は続いている。岩屋氏周辺は憤りをあらわにする。「一度疑いを持たれるとなかなか元に戻すのは難しい。うそも10回言えば真実になってしまう」

演説する中道改革連合の安住淳氏=2月7日、宮城県石巻市
▽切り抜き動画で印象操作
宮城4区でも誹謗中傷や虚偽情報が飛び交った。タレント出身の自民党の森下千里氏が、初当選から11連勝を目指した中道改革連合の安住淳前共同幹事長に勝つ「大物食い」となった選挙区だ。安住氏は投開票日に敗北が確定的になった後、後援者に向けたインターネット中継で苦々しげに語った。「後半は大変な状況になってしまった」
安住氏が主に苦しめられたのは過去の演説やテレビ出演シーンを切り取った「切り抜き動画」だ。象徴的なのが2月1日にJR仙台駅前で実施した街頭演説。「宮城県の皆さん、安心してください。予算来ませんから」。この動画はX(旧ツイッター)上で200万回以上表示された。
実際の演説はこう続く。「桜が散ってゴールデンウイークになるまで、たぶん(予算は)来ないんですよ。その間、宮城県も仙台市も私たちのような田舎は耐え忍ぶ生活をするしかない」
本来は、高市早苗首相の電撃解散で2026年度予算の成立が遅れるのを批判する趣旨だったが、あたかも安住氏が地元をけなしているかのように印象操作された。
これ以外にも「数百万円の政治資金の不記載があった」との虚偽情報を流され、安住氏の公式Xが法的措置を示唆する場面もあった。安住氏が自身のインスタグラムに投稿した動画でも、移動中の車内でクリームパンを食べる際に、足を組む場面が切り抜かれ「態度が悪い」とバッシングも受けた。

支持者と握手する自民党の森下千里氏=2月6日、宮城県松島町
▽援護射撃と糾弾
これに対し、森下氏にはSNSでの「援護射撃」が多かった。公示日に仙台市で高市首相と抱擁した画像を投稿すると、約100万回閲覧されて多数の応援レスポンスが付いた。
メディアへの露出が多い安住氏に対し、森下氏はSNSで宮城への思いを熱く語った。日々のつじ立ちの様子も投稿して「党幹部の安住氏と地元密着の森下氏の対比を強調する」(自民関係者)との戦略を徹底した。応援弁士も安住氏の東京暮らしを批判し、2人の対比を強調した。
2021年衆院選で安住氏に敗れて落選した経験を踏まえ、SNS以外の戦略も練り込んだ。選挙ポスターの写真は髪を結ぶなど派手さを抑えて親しみやすい雰囲気にして、SNSをあまり使わない高齢者層にも浸透した。
ただ投票日が近づくにつれ、森下氏のSNS投稿にもネガティブな反応が相次ぐようになる。過去のインターネット番組の対談で、インタビュアーに質問されて答えに窮する部分が切り抜かれ「無能」と糾弾された。

立命館大の谷原つかさ准教授
▽アテンションエコノミー、法規制の限界
デマや誹謗中傷といった過激な投稿がSNSで助長される背景には何があるのか。その一つに閲覧数を増やすと広告収入につながる「アテンションエコノミー」がある。安住氏は選挙後の2月末、記者団に法規制の必要性を訴えた。「法改正して、営利目的の拡散だけは規制するとかした方がいいのではないか」
現行の情報流通プラットフォーム対処法は、Xやユーチューブなどを運営する事業者に、被害者からの削除要請に対して、投稿内容が権利侵害に当たるかどうかを調べることを義務化している。だが、投稿者に対する削除命令規定はなく、削除の判断は企業側に委ねられている。
立命館大の谷原つかさ准教授(社会情報学)はこれ以上の規制は、表現の自由に抵触する危険性があると指摘する。「『こういう言論は削除しないといけない』といったことを事業者に義務付ける法律は民主主義国家では厳しいだろう。あまりにも憲法とのハレーションが大きすぎる」
では、有権者は何に気を付けて、氾濫する情報を取捨選択すればいいのだろうか。谷原氏はSNSで誰もが情報発信できる社会だからこそ「意見と事実の区別」が重要だと強調する。「論評の中に埋もれている一次情報に当たり、静かに自分で考える時間が必要だ」