日本の鉄道と違う、欧州「低床車」独自進化の背景

1965年に登場したイタリアの低床客車PR型。床は線路面から60cmの高さで、55cmのホームからほぼ段差なしで乗り降りできた。窓配置が特徴的(撮影:橋爪智之)
床面が低く乗り降りのしやすい「低床車」というと、トラムやバスといった都市交通を思い浮かべる人が多いだろう。車両の床が低く歩道からほぼノンステップ、あってもわずかな段差のみという低床車は、今や都市交通では一般的となり、日本でもかなり普及している。
【よくわかる写真を見る】▶ホームの低いヨーロッパでは一般の鉄道で広く活躍▶1960年代に時代を先取りして登場したイタリアの客車▶90年代以降の技術革新で続々登場した新型の近郊路線用電車や気動車▶そして最新の特急車両まで▶ヨーロッパの鉄道で主力となってきた「低床車両」の数々
低床化にいち早く取り組んできたヨーロッパ各国では、今やこういった都市交通のほとんどがノンステップ車両となった。古い車両は営業から退くか、低床車両を増結したり、車両自体を改造したりして対処している。
ヨーロッパの駅ホームは低い
日本の場合、一般的な鉄道はプラットホームが最低でも75cm程度の高さがあるため、バスや路面電車のような低床車を導入する理由はない。乗り降りしやすいよう床を低くした車両はあり、例えば東北地方を走るJRのE721系はホームの低い地方線区に対応するため、前モデルの701系と比べて床面を18cm低くしているが、それでも床の高さは95cmと、ほぼ1m近い。
しかしヨーロッパへ目を向けると、事情は異なってくる。ホームの高さは線路面から20~30cmくらいのところもあれば、日本と同様に高いところもある。
標準的な高さのホームならさておき、線路の高さほどの低いホームから標準的な床の高さの車両へ乗り込むためには、80cm近い高さを階段やステップを使って上ることになり、これは車いす利用者や高齢者のみならず、荷物を持っていれば難儀する高さだ。
少なくとも1990年代へ入る前までは、バリアフリーに対する世間の流れが現在ほど厳格ではなく、乗客はこの段差を苦労しながら乗り降りしていた。だが1990年代以降、ヨーロッパでは一般の鉄道においても低床車両が徐々に増えていった。
これは前述のE721系のような「少し車体を低くした」程度のものではなく、低床ホームに合わせて床面の高さを60cm程度まで下げた、まさにノンステップ車両である。
時代を先取りしたイタリア「PR型」
早い時期にこの流れを先取りし、一般鉄道の低床車のはしりとなったのが、2025年限りで引退したイタリアの近郊型低床客車(Piano Ribassato/通称PR型)だ。1965年から84年にかけて1000両以上が生産され、イタリア国内の近郊輸送を支えた。

E646型電気機関車が牽引するイタリアの低床客車PR型(撮影:橋爪智之)
PR型の特徴は、台車間の車体中央部が完全な低床構造となっている点で、線路面から60cmという低い床面を実現した。イタリアは、低床ホームが線路面から25cm、高床ホームが55cmと規定されており、PR型は低床ホームなら階段の段差1段分、高床ホームならほぼ段差なく乗り降りが可能となった。

冷房改造および更新によって新車並みとなったPR型。2025年までに全車が引退した(撮影:橋爪智之)
台車は一般的な台車を使っているため、台車の上にあたる車体の両端部は車内に3段の段差がある。当時の技術では台車部分まで床を低くするのは難しかったという理由もあるが、トラムのように運賃支払いなどのために車内を行き来する必要がないため、台車部分も含めた100%低床構造にする必要はなく、車体設計はシンプルで複雑な構造ではなかった。
これがイタリア、さらには周辺国の標準型になって普及していくかと思いきや、イタリアの後継型近郊客車は標準的な床面高さのMDVC型となり、その後2000年代に入るまで低床車は登場しなかった。ほかのヨーロッパ諸国でも、低床式車両は1990年代以降まで普及することはなかった。
この理由として、近郊輸送の主力を担う電車や気動車の場合、低床車にすると床下に機器類を搭載できないという問題があるため、これが解決するまで量産ができなかった点が考えられる。

制御客車を先頭に走行するイタリアの低床客車PR型(撮影:橋爪智之)
機器類の小型・軽量化で実現
そこで、1990年代以降に誕生した新世代の低床式車両は、主な機器類を小型化のうえ屋根上に搭載することで低床化を実現した。気動車の場合、編成前後の運転席付近に小型軽量のエンジンを搭載することで解決している。屋根上に重量のある機器類を搭載すると重心が高くなるという課題があるが、技術の進歩で多くの機器類が小型軽量化されたことが実現につながったといえる。
低床化で床下機器と並んでネックとなるのが、モーターなどの動力を備えた台車だ。路面電車では、小さな車輪の採用や駆動方式の工夫によって車軸をなくすなど、モーター付き台車の上でも低床化している例が多いが、ある程度高速で走る一般の鉄道にはこういった構造は不向きでコストも高くなる。動力台車は一般的な構造のほうが走行性能の面で有利だ。
そこで、スイスのメーカー、シュタドラーによる連接車両シリーズ「GTW」や、その後継の「WINK」は、動力装置を含む機器類だけを集中配置した客室なしの動力ユニットを編成中央に置き、編成両端に客室ユニットを配置するという手法を開発した。

オランダのアリーバで使用されるシュタドラー製の低床車GTW。中間の短い車体に動力ユニットを集中配置し、前後の客室ユニットは完全低床化している(撮影:橋爪智之)
これは、動力が台車1つ分でも十分な、短編成かつ平坦な区間で使用することを前提とした設計で、これによって客室ユニット部分は完全に低床化することが可能となった。運行会社の運用方法や動力の種類、運行区間の線路条件などに合わせ、いくつかある動力方式や客室ユニットを適宜組み合わせることができ、短編成でも低床化されたスペースを多く取ることができる。
このシリーズや、編成の前後に動力装置を配置した同社の「FLIRT」は、現在も各国各地で導入が続く人気シリーズとなっている。
また、一部の2階建て車両は、1階部分に乗降口を設けることで図らずも低床化を実現した。その最たる例がフランスの高速列車「TGV-Duplex」である。

2階建ての副産物として低床化されたTGV-Duplex(撮影:橋爪智之)
TGVが「機関車方式」にこだわる理由
日本の新幹線のような、動力分散方式の電車が高速列車の世界的な主流となった現在も、フランス国鉄が機関車を編成の前後に配置した動力集中方式に固執する理由の一つが、床下に動力を搭載する必要のない2階建ての中間客車を連結するためである。
2階建てTGV導入の主な理由は増え続ける乗客に対応するためであるが、隠れたもう一つの理由が低床ホームに対応させることであった。
同国メーカーのアルストムが威信をかけて開発したTGVの動力分散タイプ「AGV」が短命に終わったのも、この2つに対応できなかったのが理由である。AGVは同社の次世代型高速車両として大々的に売り出されたが、肝心の地元鉄道であるフランス国鉄が、前述のキャパシティと低床化という2つの理由で導入を拒否したことで、イタリアの高速列車「イタロ」に採用されただけとなった。

低床化できずフランス国内で採用を見送られたAGV(撮影:橋爪智之)
だが、近郊列車の低床化が進む中、高速列車を含む長距離列車の多くは現在もそうなっていない。
高速列車や長距離列車は国境をまたいで隣国へ乗り入れる車両が多いが、ヨーロッパと一口に言っても30以上の国や地域が存在し、規格はある程度同一ではあるものの、完全には統一されていない。ホームの高さもそうだ。
小さな田舎の無人駅を含めれば、ヨーロッパ全体で駅は数万カ所以上あるため、完全に規格を統一することは不可能だ。地域輸送に特化した近郊列車と違って、他国に乗り入れる高速列車や長距離列車は、乗り入れ先によってホームの高さがバラバラとなる可能性がある。

高速列車で唯一の低床構造を採用したRABe501型(撮影:橋爪智之)
ヨーロッパの事情が生んだ低床車
よって、低床化が難しく必要性も薄いため、高速列車の低床式車両はそれほど多くない。TGV-Duplexのように2階建ての副産物で低床となっている車両を除けば、時速250km以上で走行する高速列車の低床車は、シュタドラー製のスイスのRABe501型電車のみだ。
日立レール製の高速列車「フレッチャロッサ・ミッレ」やシーメンス製の「ヴェラロ」(ICE 3neo)はいずれも標準的な床の高さだ。最高時速230kmの客車を含めても、低床車はオーストリアの「レイルジェット」や「ナイトジェット」などにとどまる。

オーストリアの特急列車「レイルジェット」の新型客車。台車部分以外の床を低くした構造だ(撮影:橋爪智之)
とはいえ、日本と比較してホームが低いヨーロッパにおいて、とりわけ都市近郊区間ではバリアフリー化のためにホーム高さの統一を進めている国や地域も多く、それに合わせた低床式車両の需要は今後も続いていくことになるだろう。
ホームの高い日本の鉄道にはない、ヨーロッパの鉄道ならではの課題を解決すべく進化を遂げてきたのが、これらの低床式車両と言えよう。