ヘイトの矛先は在日コリアンから埼玉クルドに移り、子どもまで狙われ…ヘイトスピーチ解消法10年 なぜ差別が続くのか、何が必要か【多文化共生企画】

埼玉県川口市で差別反対や共生を訴えたデモ「ごちゃまぜ川口ノーヘイトマーチ」=1月
華やかな民族衣装をまとった大人や子どもたちが「帰れ、帰れ」と一斉に叫ぶ。かたわらで10歳の少女がつぶやいた。「一度でいいから、楽しく祭りをしたい」
3月22日、埼玉県南部に多く暮らす在日クルド人が、さいたま市の公園で新春を祝う祭り「ネウロズ」を開いた。平和で楽しいはずの祭りは、これまでクルドヘイトを繰り返してきた政治家らが会場を訪れたことで、損なわれた。
2016年に「ヘイトスピーチ、許さない。」とうたったヘイトスピーチ解消法が成立して、今年で10年となるが、ヘイトの矛先は在日コリアンから在日クルド人へと移りながら、深刻化している。背景を探った。(共同通信ヘイト問題取材班)

新春を祝う祭り「ネウロズ」で輪になって踊る在日クルド人たち=2026年3月22日、さいたま市
▽ネウロズ、踊りの輪と妨害と
ネウロズでは、にぎやかな民族音楽がステージで演奏され、千人以上の人たちが輪になって、それぞれ指をつないでにこやかに踊り続けた。ケバブの屋台も出て、日本人を含む参加者が踊りや食事を楽しんだ。
主催した「日本クルド文化協会」のワッカス・チョーラク代表(44)は開始のあいさつで、こう訴えた。「ネウロズが『テロリストの祭り』だと誹謗中傷を受けている。日本とクルドの関係を悪くしようとする人やグループと闘っていく」
妨害は毎年恒例となってしまった。昨年に続き、埼玉県戸田市の河合悠祐市議が日の丸を背負って現れた。参加者らが「差別やめろ」「レイシスト帰れ」と抗議し、会場から遠ざけた。
だが、その後も埼玉県警の警察官が両者を阻みながら会場周辺で移動を続け、河合氏は混乱の中で救急搬送されていった。Xには、河合氏が何者かに手を出されるような映像が投稿された。

妨害者のため騒然となるネウロズの会場=3月22日
▽子どもが遊んでいたらナイフを持った男が
在日クルド人への差別行為は深刻化している。1月にさいたま市であった集会で、クルド人男性らが、口々に子どもが受けた差別事例を報告した。
「子どもが公園で遊んでいたら、ナイフを持った男が近寄ってきた」
「学校でも『国に帰れ』と言われたようだ」
集会は日本クルド文化協会による訴訟の経過報告集会だった。さいたま地裁は2024年11月、クルド人に対するヘイトデモを繰り返してきた「日の丸街宣倶楽部」代表の渡辺賢一氏=神奈川県海老名市=に対し、埼玉県川口市にある文化協会事務所から半径600メートル内でのデモを禁止する仮処分を決定している。文化協会はさらに、本裁判に訴えた。だが、裁判中にもヘイト事例は積み重なり続けている。

集会で埼玉県南部でのクルド人への差別状況を語る金英功弁護士=1月、さいたま市
▽2023年、突然標的に
「国を持たない最大の民族」といわれる中東のクルド人は、トルコなどで迫害を受け、1990年代から日本に逃れる人が増加。現在では埼玉県川口市、蕨市を中心に約2千人が住むとされる。多くがトルコ国籍のため統計はない。突然、標的にされ始めたのは2023年からだ。
蕨に事務所を構え、ヘイト問題に取り組む金英功弁護士が分析する。「2023年春に、国会で入管難民法の規制強化が審議されていました。クルド人たちが難民申請をしても認定されない危機感を訴えたことで注目され、攻撃され始めました」
SNSでのヘイトに続き、デモや街宣が川口、蕨で頻繁に行われ、2月の川口市長選と衆院選でも候補者や応援弁士によって繰り広げられた。
日常生活でも影響は深刻だ。クルド人の幼い女児が盗撮され、SNSに「万引していた」と虚偽投稿された。盗撮事件は数多く、クルド人住民の多くが写真や動画を撮られることに過敏になっている。協会や支援団体には「殺せ」「出て行け」などの電話やメールが送りつけられている。
街宣禁止の仮処分を受けた渡辺氏は、かつて川崎市で在日コリアンを標的とするヘイト街宣をしていた。川崎で2019年、ヘイトスピーチに刑事罰を科す全国初の条例ができたのを機に、街宣団体が川口に流れたとの指摘もある。ただ、金弁護士はその説を打ち消した。
「川崎でやりづらくなったから川口に来たとは思えない。彼らはターゲットさえあれば、どこでも行きます。埼玉では規制する条例がないので、川崎では言えないようなことを、川口だと言えるというのはあるでしょう。以前は朝鮮人、今はたまたまクルド人。これから何人がターゲットになるか分かりません」

埼玉県川口市で行われた、差別や排外主義に反対する「ごちゃまぜ川口ノーヘイトマーチ」=2026年1月

▽千人以上が「ノー・ヘイト」
差別に抗議する動きも活発だ。1月11日、「ごちゃまぜ川口ノーヘイトマーチ」と題した大規模なデモが初開催された。約1200人がJR川口駅からJR西川口駅まで約5キロを歩き、「ヘイトをやめろ」「一緒に生きよう」と声を上げた。沿道からは、さまざまな国籍の市民が笑顔で手を振った。
市民グループ「ごちゃまぜ川口」が主催。参加者は、クルド民謡やロック音楽に合わせ、思い思いの旗やプラカード、楽器を手に笑顔で歩いた。
横浜市から参加したミュージシャンの女性(56)は「排外主義がまん延していて、それがもてはやされているのが怖い」と話した。沿道で見ていたバングラデシュの男子大学生(23)は「すごくいいね。私も彼らと一緒にいたい」と笑顔だった。
ゴールの西川口駅前は、「ガチ中華」と呼ばれる本格的な中国料理の店が集まる。強風の中を歩き続けたにもかかわらず一様に満足顔の参加者たちは、三々五々、打ち上げの店に入っていった。

埼玉県川口市で行われた、差別や排外主義に反対する「ごちゃまぜ川口ノーヘイトマーチ」=2026年1月
▽汚された町を塗り替える
主催団体メンバーの会社員・中島麻由子さん(40)に、デモを計画した理由を聞いた。
「ロビイング、カウンター、裁判支援など、差別に反対するために私ができることはやり尽くしたと思っていました。でも、2025年夏の参院選後に『反移民デモ』が増えたりして、劣勢だと思って。
外国人住民は、ヘイトデモのことをちゃんと知っています。だから、そうじゃない動き(私たちのデモ)があることを知ってほしかった。
デモでは、被害を受けている人たちを直接どうにかすることはできないけど、社会に『ヘイトは駄目』という考えを育てたり、川口の多様性を肯定したりはできる。ヘイトで町が汚されたのを、塗り替えたかった」

集会で差別禁止の法整備を求める日本クルド文化協会代表のワッカス・チョーラクさん=2026年1月、さいたま市
▽国連から何度も勧告受ける日本政府
中島さんは普段、「埼玉から差別をなくす会」として、行政への働きかけを中心に活動している。埼玉にも差別を禁止する条例が必要だとの思いからだ。
日本クルド文化協会のワッカス・チョーラク代表も、裁判報告集会で、法整備を訴えた。「法律、条例を作らないとヘイトは止まらない。このまま許せば、中国、ベトナムとターゲットは変わっていく。川口市民にも迷惑がかかります」
差別が日本社会に広くはびこってしまった背景には、政府が外国人政策に「秩序」を強調する一方、人権保障の面が希薄なこともある。
日本は1995年に人種差別撤廃条約へ加入して以降、国連人種差別撤廃委員会から何度も不備を勧告されている。条約が求める差別禁止法や、独立した人権機関がないためだ。
2016年にヘイトスピーチ解消法ができたが、言動だけが対象で、就職や入居などの差別的取り扱いや、ヘイトクライム(差別を動機とする犯罪)は対象にならない。禁止条項や罰則もなく実効性に限界があり、インターネット上や選挙活動のヘイトも止められていない。
ただ、解消法成立を機に、全国各地でさまざまな条例ができた。川崎市条例は刑事罰を設けた。鳥取県では今年1月、ネット上の誹謗中傷や差別の投稿者に削除を命じ、行政罰を科す改正条例が施行された。各地の条例を基にして、差別禁止法の制定が求められている。
