「アメリカ、イスラエルより政府の弾圧が怖い」攻撃前後のイランで何が起きていたのか? 在日イラン人が語る「二重苦」、「市民が犠牲になるのはもう嫌だ」

テヘランに住む兄の孫の写真を見つめるハミッド・エスハーギさん=3月5日、大阪市住吉区

 アメリカとイスラエルによるイランへの2月28日の先制攻撃後、攻撃の応酬が中東各国に広がり原油価格高騰をはじめ世界経済に影響している。アメリカとイランは日本時間の4月8日、2週間の停戦で合意したが、完全な終結に向けた協議は難航し、見通しは不透明だ。

 攻撃開始以降、イランでは外部との通信が極端に制限された。日本に住むイラン人が共同通信の取材に応じ、親族から伝えられた現地の様子や、市民の胸中を語った。(共同通信=井沼睦、吉田梨乃)

4月6日、米ホワイトハウスで記者会見するトランプ大統領(ゲッティ=共同)

▽「イラン政府の方が怖い」

 「空爆がすごいけれど、無事だ」

 大阪市でペルシャじゅうたんの貿易会社を営むイラン人ハミッド・エスハーギさん(63)は攻撃後の3月4日、テヘランに住む兄と電話がつながった。兄は7歳と生後10カ月の孫が爆発音で驚かないよう、ヘッドホンをさせていると話した。

 エスハーギさんが「窓ガラスに近づかないで、割れないようにテープを貼って」と伝えると、兄たちは「もうやっている」と笑った。通信を政府に察知にされると拘束される恐れがあると警戒し、電話は5分で切れた。

 エスハーギさんは1988年に来日し、日本人女性と結婚した。母国愛から国籍はイランのままだ。1979年のイラン革命を経験し、1980年から8年続いたイラン・イラク戦争で徴兵され2年従軍した。

今回の攻撃のニュース映像で、思い出の場所が爆撃により昔の面影をとどめていない光景を見るたびに胸が痛い。

 攻撃については支持せざるを得ない状況だ。「トランプ大統領がイラン国民のためにやっていないことは分かっている。それでもイラン政府のほうが怖い」と話す。

▽今回のデモで異なっていたのは…

 攻撃に先立つこと約1カ月前の2025年12月下旬、イランでは経済が悪化していた。それに不満を抱くテヘランのバザール(市場)店主らが抗議。デモは全土に広がり、参加者と治安当局の衝突が発生した。

 当局による市民への激しい弾圧があったとされ、人権団体のニュースサイトHRANAによると、2026年1月下旬時点で死者は6千人を超えた。イラン革命以降の反政府運動による犠牲者数としては最多となった。

 これまでも選挙で不正が行われたとの訴えや、女性のヘジャブ(スカーフ)着用規制への抗議から、大規模なデモが起きていた。

 だが、今回のデモでは、レザ・パーレビ元皇太子の帰国を望む「パーレビは戻って来る」というスローガンが生まれた。レザ・パーレビ元皇太子は、革命で退位に追い込まれた故パーレビ国王の息子で、アメリカで亡命生活を続ける。それが、政府にこれまでと異なる危機感を抱かせた、とエスハーギさんは話す。

取材に応じるハミッド・エスハーギさん=3月5日、大阪市住吉区

▽「シーア派を捨てた」

 1月8、9日の2日間は各地で特に激しい衝突や弾圧があったという。

 エスハーギさんの会社のテヘラン拠点に勤める27歳の男性もデモに参加し、当局に撃たれて死亡した。遺族が対面した遺体の頭部には銃弾の跡があり、引き取る際に「弾代」として約70万円を払うか、政府側の支持者だと証明するかを迫られた。

 遺族に頼まれて70万円を肩代わりしたエスハーギさんは「殺害にかかった経費という意味だ。結婚間近の真面目な子だった。政府は老人も子どもも見境なく虐殺している」と目を潤ませた。デモに参加した他の親戚も死亡した。

 外国はイランに介入すべきではなく、国民の手で政府を倒すべきだと思っていたが、この日を境に考えが変わった。

 厳格な信徒ではないものの、前最高指導者アリ・ハメネイ師らと同じイスラム教シーア派を信仰してきたが、このできごとで「シーア派を捨てた」という。

 アリ・ハメネイ師が攻撃で死亡したと知った時は、喜びの気持ちが大きかった。後継に次男モジタバ・ハメネイ師が就いたが「国民を人間の盾として戦争に利用しないか」と懸念する。

 エスハーギさんは「トランプ大統領は救世主ではない。彼は攻撃後のイランのことは考えていない。それでいい」と語る。古代ペルシャ帝国から続く母国の歴史に対する誇りは変わらない。現政権が弱体化すれば「国民は自らの手で平和な国を築くことができる」と強調した。

イランの首都テヘランで大規模デモに参加した人々=4月2日(共同)

▽「二重苦」に耐えなければいけない

 「本当に怖いよ。爆弾の雨におびえている」

 東京都内の会社員のイラン人女性(26)は、イラン首都テヘランに残るいとこの男性から3月2日、チャットで連絡を受けた。空からの爆撃が連日続いていたという。

 地上にも弾圧の恐怖があった。男性によると、革命防衛隊の兵士が街角で銃を手に立ち「過ちを犯せば撃つ、殺す」と市民を脅し、にらみを利かせていた。

 女性の父や祖母、叔母らもテヘランにとどまるが、当局によるインターネット遮断で連絡はほとんどつかない。「私も一緒にいられたらよかったのに」と連絡を返し、ただ無事を祈ることしかできずに無力感にさいなまれる日々だ。

 「まだ退避せずテヘランにいるの?」

 そうチャットで聞くと、いとこは体制転換に期待し「イランに自由が訪れる日」までテヘランに残ると答えた。

 女性は「政権が崩壊しなければ、国民は爆撃と政府からの監視、暴力の二重苦に耐えなければならない」と心境を語った。

東京都内の会社員のイラン人女性と、テヘランに残るいとことのメッセージのやりとり(名前にぼかしを入れています)

▽「戦争は怖くないの?」

 千葉県に住むイラン人の主婦サイエ・ジャメさん(40)は親戚10人ほどがテヘランに住んでいる。現政権下の弾圧について、連絡をたびたび受けていた。

 アメリカやイスラエルによる攻撃が示唆された時、親戚に「戦争は怖くないの?」と聞いたが、こう返ってきた。

 「怖くない。国民は革命防衛隊に撃たれ、地面には遺体が散乱して血の海だ。臓器が出た遺体や脳みそが散らばり、自分の子どもの遺体を捜し回る親もいる。『戦争以上』のことが起こっている、だから怖くない。退避準備をし、攻撃を待ち望んでいるよ」

 さらに、親戚からは2025年末の反政府デモについて、生々しい証言が届いた。

親戚が目の当たりにしたのは、実弾を使った容赦ない弾圧だったという。

 いとこの親友は散弾銃で目を撃たれたが、病院に行くことすらできなかった。警察が病院におり、治療に行けばデモ参加者として捕まり、何をされるか分からない恐怖があったからだ。何週間も目が開かないまま、自分で傷口を消毒し続けるしかなかった。

 当局の監視はそれだけではなかった。革命防衛隊は、体に撃たれた跡がないか調べるために、車から市民を引きずり出し、服を脱がせて調べていたという。

 「平和を訴えて声を出すだけで殺される。人権など存在しない」とジャメさんは憤る。

 ジャメさんは反政府デモで多くの人が殺害、弾圧されたが、世界は「見捨ててきた」とも非難する。

「報道されれば(国際社会の)意見は変わるのに、取り上げられなかった。今、攻撃に対して声を上げるならば、なぜこれまで沈黙してきたのか。政権が崩れなければ弾圧が強まり、より大きな恐怖が待っているだろう」と声を震わせた。

 停戦合意に対しては「インフラへの攻撃に対する不安は少なからずあり、安堵と言いたい」と評価しつつも「戦闘そのものへの恐怖はもちろんあるが、それ以上に(イランの)現政権が終わることを強く望む。政権が変わらないまま戦闘が終わることこそが大きな恐怖だ」と話した。

▽「市民が犠牲になるのはもう嫌だ」

 東京都内の30代のイラン人女性は「これからどうなっていくのか不安だ」と戦闘の長期化や、国内情勢の不安定化を懸念する。

 アメリカが軍事介入したイラクやアフガニスタン、シリアを念頭に「アメリカは中東のいろんな国を壊してきた。力あるものは何をしてもいいのか。国際法が意味をなさなくなっている」と批判した。

 イラン国民の間で攻撃への賛否も二極化しているという。「インフレによる経済への不満や反政府デモへの弾圧があった中での攻撃に、国内が混乱している。市民が犠牲になるのはもう嫌だ。国内が分裂することなく、平和なイランになることを望む」と語った。