伝統女子高の通信制で不登校だった生徒が見せた意外な素顔―教員が反省した大人の偏見《すべての生徒に居場所を》
全日制に近い通信制課程の価値
2025年4月、筑紫女学園高校(以下、筑女)に通信制課程が開設された。
【写真】体育や家庭科の実習は学校で。ボーリング大会などのお楽しみも!学校生活の様子
「あんなに緊張したのはいつ以来ですかね」
通信制立ち上げを提案し、2年次の担任を任された森田雄英教諭(61)は1年前の始業式を「生徒より私のほうがドキドキしていました」と振り返った。
「生徒たちとは最初は事務的なやり取りだけでしたが、体育のスクーリングで一緒にバドミントンをしたりして、少しずつ会話を増やしていきました」(森田教諭)

体育の授業風景(写真:筑紫女学園)
通信制課程は自宅学習とレポート、スクーリング(対面指導)などで高卒資格を取得する。
「年に数日のスクーリングで卒業」とうたう通信制も多いが、筑女の通信制は週に1〜2日のスクーリングを実施する。英語コミュニケーションⅡを例に取ると、スクーリングは計24回。ただし一定の課題で代替し、最低7回の参加で単位を認めるなど、柔軟性も持たせている。

スクーリング教室は5つ確保している(写真:筑紫女学園)
登校を標準とせず、生徒たちの体調や事情にできるだけ寄り添う一方で、全日制に近い学校生活を意識し「理科室で理科の実験をして、体育はグラウンドや体育館を使います。学食や図書館は全日制の生徒と同じように利用できるし、スクーリングのない日に登校して自習してもいいです」(森田教諭)。
通信制の生徒の学力はさまざまだが、筑女の全日制に合わせて大学進学を目標とし、受験指導や希望制の課外授業も実施することでサポート校に頼らずに受験勉強できるようにしている。
校則はないが、森田教諭は「全日制は制服も校則もあるので、通信制の生徒にも『学習にふさわしい格好を心掛けてほしい』と言っています」。

通信制課程は制服や校則がないものの、「勉強する場にふさわしい格好」を求めている(写真:筑紫女学園)

進路指導もしっかり行っている(写真:筑紫女学園)
通信制課程の教頭に就任した佐伯裕子教諭(63)は「今後の人生のために負荷を乗り越える経験をしたり、自分をコントロールする術も学んでほしいので、スクーリングではグループワークや発表も取り入れています」と語る。
大人の偏見に気づく
女子高の通信制課程に、どういう生徒が入ってきたのか。
佐伯教諭によると、音楽やスポーツなど他の活動を優先したい生徒の入学も想定したが、実際には起立性調節障害で朝起きられない、クラスの雰囲気になじめないなどさまざまな理由で不登校気味の生徒が多かった。
生徒たちと1年間過ごした感想を問うと、別々に話を聞いたにもかかわらず、佐伯、森田両教諭は「大人のほうが偏見を持っていると感じることがあった」と声をそろえた。

静かに過ごしたい生徒のために用意したスイッチルーム(写真:筑紫女学園)
教員たちは集団が苦手な生徒が入ってくることを想定し、一人で静かに過ごせる保健室のような落ち着く部屋を準備していた。しかしその部屋は、主に自習スペースとして使われた。
「生徒は普通の真面目な女子ばかりでした。想像していたより明るくて穏やか。自分のペースで登校すればいいと思えたら、学校で元気に過ごせるんですよね」(佐伯教諭)

家庭科の授業(写真:筑紫女学園)
森田教諭は「実は全日制の制服の生徒と通信制の私服の生徒が同じ校舎で過ごすことには、議論があったんですよ。私も全日制の生徒の反応が心配だった」と明かした。
「けれどふたを開けてみたら、当の生徒たちは何とも思っていなかった。次の文化祭は一緒にやろうという話も出ていて、自然に共存している。大人はだめだなってつくづく感じました」(森田教諭)
大阪万博に1泊研修
開設前はどんな生徒がどれくらい来るかわからず修学旅行を企画できなかったが、教員らは実際の生徒の様子を見て、9月に大阪・関西万博への1泊研修旅行を希望制で実施した。生徒たちは班決めやパビリオンの予約などを自分たちで進めていった。

通信制課程の特別研修として大阪万博を訪問した(写真:筑紫女学園)
学年末試験が終わった今年2月にはボウリング大会を企画、在籍者70人のうち約50人が参加し森田教諭も驚いた。
「1年やってみて感じたのは、不登校といっても人と関わりたい、友達が欲しいと思っている生徒がたくさんいるということです」(森田教諭)

盛り上がったボウリング大会(写真:筑紫女学園)

ボウリング大会には生徒の7割が参加した(写真:筑紫女学園)
開設1年目にもかかわらず、3年次で11人の転入があった。
他の通信制から移ってきた数人の生徒は「もう少し人と関わりたかった」「大学進学希望だったが、一人で自宅で勉強しても合格できないと思った」と打ち明けたという。1期生となった彼女たちは大学や専門学校に進学し、一部は第一志望先への進学を目指して浪人を決断した。
共学化に頼らず独自路線
世の中は少子化を背景に共学化が加速している。福岡県でも共学化、大学系列化の雪崩が起き、25年に東福岡高校が共学化したことで県下から男子校がなくなった。明治時代に女学校として設立され119年の歴史を持つ筑女も、環境の変化と無縁ではいられない。
筆者が高校生だった1990年代前半、福岡の有力私立高は大半が男女別学で、団塊ジュニアの人口の多さもあり、すみ分けができていた。しかし90年代後半に西南学院、2010年代初めに福岡大附属大濠が共学化し、立地と入試偏差値が近接していた筑女に逆風が吹いた。
筆者が福岡の高校勢力図の激変を知ったのは約10年前、わが子が通っていた学習塾の説明会だった。塾の責任者は近隣校の共学化により筑女が生徒募集で苦戦していると説明し、最後に「しかし筑女は近年、中学や塾とのコミュニケーションを強化し、教育ニーズを捉えようと努力している」と言い添えた。
それ以来、女子大や短大の募集停止、共学化のニュースを見るたび、母校が時代の変化をどう乗り切るのかずっと気になっていた。
福冨真悟事務長によると、筑女も過去に共学化を検討したことはあったが、創設者の理念や卒業生の思いなどさまざまな事情を考慮し、女子校を堅持したという。
共学化や有力大学の系列化が志願者を増やし、入試偏差値を上げる“特効薬”になることは、数々の前例が示している。しかし筑女はその選択を取らず、この10年で段階的に募集人員を削減した。
筆者の高校時代は1クラス50人超の1学年13クラスというマンモス校だったが、現在は1クラス約35人の11クラス編成。定員を埋めるために特効薬に頼るのではなく、生徒が学ぶ環境の向上に投資することにした。
通信制の設置にあたって、「通信制だけでも共学化してはどうか」との意見も出たという。県立共学高の勤務が長い佐伯教諭も、その一人だった。
佐伯教諭は「結局通信も女子高で始めることになったので、開き直って『九州の通信制課程で唯一の女子高です』とアピールしたら、女子高だから安心できますと入ってくる人が多くて、異性の存在を気にしなくていい場所が必要とされているのを感じた」と話す。
通信制課程では、異性との接触を避けたい生徒には女性教員が面談するなどの配慮も行っている。

通信制エリアに設置されたラウンジ(写真:筑紫女学園)
筑女の創設者は1900年に渡米した際、日本人女性と米国人女性の知識や技能の格差に衝撃を受け、帰国して女学校を設立したという。それから1世紀あまりを経て、日本の女性の教育水準は大きく向上した。福冨事務長は「女性を取り巻く環境は学校設立時とは変わっている」と認める。
一方で、「筑女はマイノリティに教育機会を提供したいという使命感から設立されました。どの時代においても標準的な教育システムにはまらないマイノリティは存在するし、創立の原点を考えれば通信制をつくったことは適切な判断だと思います」と語った。

2025年4月、通信制課程に入学した生徒たち(写真:筑紫女学園)
筑女は中高で3人の養護教員体制だったが、2026年に看護師資格を持つ養護教員を新たに2人採用した。通信制に限らず、全生徒の心身の健康への目配りを強化するためだという。
不登校は「特殊」な存在ではない
筆者が高校生だった1990年代は、高校に入学したらよほどのことがない限り卒業するのが当たり前で、不登校や中退、転学は別世界の話だった。

筑紫女学園中高の外観(写真:筑紫女学園)
しかし自身が中高生の親世代になった今、子の不登校や体調不良に悩む友人があちらこちらにいる。
佐伯教諭は「40人の集団で、1時間目から6時間目まで周囲と同じことをやり続けるのが耐えられない、そんな子は『特殊』な存在ではなくなっている」と現状を語る。

通信制課程に通う生徒を対象にした進路指導の様子(写真:筑紫女学園)
「本人に何か原因があるわけでもない。だから入学説明会で暗い表情をしている生徒には、『学校に行けないことに罪悪感を持たないで。だけど勉強は続けましょう』と声を掛けるんです」(佐伯教諭)
「この場をつくって本当に良かった」
一方で教育制度は30〜40年前と大きく変わってはいない。佐伯教諭は県立高校長時代も、二学期制の導入や評価の多様化など弾力的なカリキュラムづくりに腐心してきた。けれど学校単位の取り組みでは限界があった。
「本当は学校間でもっと移りやすかったり、制度がもっと柔軟であれば当事者もこんなに苦しくない。ガチガチの教育システムを見直す必要があると思います」(佐伯教諭)

今年3月には、通信制開設後、最初の卒業式で11人を送り出した(写真:筑紫女学園)
今年4月、通信制課程は75人の転入学者を迎え入れ生徒数は134人に増えた。
初年度を振り返り、「入学説明会では保護者の隣で一言も発さなかった子が、笑顔で話しかけてくれたとき、彼女たちの居場所をつくって本当に良かったと思えました」とかみしめるように話した森田教諭は「生徒が多くなっても、一人ひとりとの関わりが疎かにならないように」と表情を引き締めた。