12日間ビデオ通話つなぎっぱなしで監視され、“警察官”相手に分刻みの行動報告 「あのときに電話に出なければ…」1600万円だまし取られたエリート会社員が振り返る恐怖

宇都宮東警察署
「トイレに行きます」
「昼ご飯食べます」
「片付けます」
「読書します」
大手企業に勤める宇都宮市の会社員、水野光一さん(31歳、仮名)は、1カ月ほど、自分の行動を分刻みで報告し続けた。チャットの送信先は、自分を容疑者として調べている警察官だと信じていた。しかし、実際は詐欺グループだった。
水野さんは逮捕されたくない一心で、言われるがまま指示に従い続け、ビデオ通話を12日間つなぎっぱなしにした。恐ろしい日々だった。そして、現金1600万円をだまし取られた。
水野さんは2月、記者の取材依頼に応じ、「仕事帰りなら」と近くのカフェに来てくれた。うつむきがちで、憔悴しきっている様子。コーヒーを飲んで一息つくと、ぽつりぽつりと被害の全容を語ってくれた。始まりは1本の電話。一体何が起きたのか。(共同通信=宮脇奈月子)

警察官と名乗った人物とのチャット記録(水野さん提供)
▽「カードが不正に使われています」【11月10日】
最初の電話は、昨年11月10日の晩。仕事から帰り、いつものように夕飯を作っているとスマートフォンの着信音が鳴った。画面には「+1」から始まる国際電話の番号。大手銀行員を名乗る女性から「クレジットカードが不正に使われています。警察に相談して被害届を出してほしい」と迫られた。
身に覚えがないと伝え電話を切ったが、しばらくして別の番号から再び着信があった。「福島県警です。あなたに詐欺グループとの共犯容疑がかかっています」

ニセ警察官から送られてきた偽の供述調書(水野さん提供)
▽「取り調べ同意書」が送られてきて…
「身に覚えがありません」と何度言っても、警察官だという男は聞く耳を持たない。「共犯者はみんなそう言う。あなたの詐欺グループのメンバーは何人も逮捕されている。供述調書もある」
水野さんをショートメッセージでのやりとりに誘導し、同時に電話をビデオ通話に切り替えさせた。別の容疑者の供述調書とされる画像を送って見せ、他にも水野さんの名前が入った通帳や、実在しない「取り調べ同意書」などの画像も送られてきた。
男は、高圧的な態度でまくし立て、それらしい司法用語を並べる。「勾留しますよ」「容疑が固まらなくても、こちらにその気があれば逮捕できる」。水野さんは犯人扱いされるうちに「知らないうちに関与していたのではないか」という考えが頭によぎるようになった。
▽特別に「優先調査」が適用できるかも
男らと話し始めてから3時間が経過していた。身に覚えのない話で責められ続け疲弊している水野さんに、男はこう持ちかけた。
「他の共犯者は拘束されているが、妊娠や病気など配慮が必要な場合や素直に捜査に応じてくれる場合にだけ適用できる『優先調査』という捜査方法がある。君の態度が検事に認められれば、特別に適用できるかもしれない。明日検事と話をしてほしい」
この「優先調査」という言葉は、警察庁のホームページに注意喚起がある。「優先調査名目で現金をだまし取る手口が増加」。だがこの時の水野さんは知るよしもなかった。
▽「牢屋に入らなくてもいいなら…」【11月12日】
水野さんは12日から会社を休み、なるべく顔が映るようにしながらビデオ通話をつなぎっぱなしにした。指示通りインターネットは遮断し、テレビのコンセントも抜いた。「捜査だと会社にも迷惑がかかると思った。牢屋に入らなくてもいいなら」。わらにもすがる思いで指示に従った。
▽「その態度は何だ」とニセ検事【11月13日】
翌13日の朝、検事だという男とビデオ通話をすることになった。水野さんは必死に訴えた。「自分は詐欺グループと関係ない。話はするので逮捕はしないでほしい」
すると男は、血相を変えて水野さんを責め立てた。「既に逮捕されていてもおかしくないのに、その態度は何だ。そのままだと身柄をとる。あなたは自分の立場がまるで分かっていない」。そう言うと、突然画面から消えた。
その直後、画面に戻ってきたのは警察官だと名乗っていた男だった。昨日まで高圧的だった男だが、この時は水野さんの味方をした。ニセ警察官にすがるような気持ちになった。
水野さんは声を震わせる。「今思えば、犯人たちはこうやって僕みたいな人を揺さぶるんですよね」。男たちは役割を分担し、三者三様に水野さんをさらに追い詰めた。

ニセ警察官から200万円を振り込むよう指示され、「承知しました」と応えるチャット記録(水野さん提供、画像の一部をモザイク加工しています)
▽何度もATMに通って…
ニセ警察官らとビデオ通話をつないでから5日が経過した。ついにニセ検事から「『優先調査』を行うことが決まった」と言われ、一安心した。すぐに検事は次の指示を出す。「金が犯罪に使われていないか調べるので、生活に必要な資金以外を指定の口座に振り込んでほしい」
水野さんはその日から5日間、指示されるがままいくつかのATMに通い、計1600万円を振り込んだ。
「夕飯食べます」「シャワー浴びます」「資格の勉強をしてもよろしいでしょうか」。何をするにも報告し、相談した。水野さんはこう考えていた。「容疑者なら監視されるのは当たり前」

ニセ警察官から送られてきた200万円振り込みを証明する文書(水野さん提供、画像の一部をモザイク加工しています)
▽「お金は戻ってこないよ」【12月14日】
入金が済み、ビデオ通話が途切れた後も、チャットで捜査のようなやりとりが2週間以上続いた。12月14日、返信が途絶えたことに気がつき、初めて詐欺を疑った。
ネットで同様の詐欺を検索し、疑いが確信に変わる瞬間、血の気が引いた。最初の電話から1カ月以上経過していた。猛烈な自責の念に駆られた。「なぜ最初に調べられなかったんだろう」
翌日、宇都宮東警察署へ相談に行くと、やっと出会えた本物の警察官は、こう言ったという。「詐欺の相談は毎日のようにある。被害届は作るけれど、資金洗浄されているだろうし、お金は戻ってこないよ」
水野さんは突き放されたように感じ、怒りと悲しみがこみ上げた。「またかというような反応だった。自分にとってはそんな軽い話ではない」
高齢者でもない30代の水野さんが、こうもだまされてしまうものなのか。特殊詐欺に詳しい捜査関係者に取材すると、こうコメントされた。「巧妙な手口で詐欺が繰り返され、憤りを覚える。日々巧妙化し、老若男女誰でも狙われる。被害者が増えないよう全力を尽くす」

▽詐欺被害3000億円
水野さんは取材中、自分を責める言葉を連ねた。「今なら気がつくと思う」「あのとき電話に出なければ」
「満額お金が返ってきても足りないくらい、あの1カ月がつらかった」。やりとりから解放されるためにと指示に従い続け、家族にも相談できなかったという。心の傷は癒えない。
警察庁が2月に発表した暫定値では、特殊詐欺や、SNSを介した投資詐欺と恋愛感情に乗じたロマンス詐欺の2025年の被害総額は、前年比62・8%増の計約3241億1000万円で、過去最悪を更新した。特殊詐欺では、警察官をかたり捜査名目で現金をだまし取る「ニセ警察詐欺」の被害が増えている。
手口の説明や注意喚起は、警察庁や各都道府県警のホームページに掲載されている。