「地元の旧帝大でいい」が才能を殺す?令和の学生こそあえて東大に狙いを定めるべき"偏差値信仰"ではない理由
東京大学を目指す意味は?
4月21日、文部科学省記者クラブにて、一般財団法人「ドラゴン桜財団」の記者発表を行いました。
【クリックして漫画を読む】ドラゴン桜で描かれている「東大を目指す意味」とは?
この「ドラゴン桜財団」は、東大を目指す意欲のある学生を支援するために立ち上げた団体です。審査に通った学生には、年間30万〜60万円程度の「ドラゴン桜奨学金」を支給します。さらに、現役東大生や東大卒の講師、東大合格者を多数輩出している有名進学校の現職教員、そして東大合格者の多い大手予備校の講師による「リアルドラゴン桜プログラム」を受講できる仕組みも用意しています。
で、そんなドラゴン桜財団の発表した際、記者発表の場で、ある記者さんからこんな質問を受けました。
「地方に住んでいる学生が東京大学を受験することを支援する財団にしたいとのことですが、一方で、東京大学以外にも地方には旧帝大をはじめ素晴らしい大学がたくさんあります。そこではなく、なぜ東京大学にこだわるのですか?」
これは、かなり多くいただく意見です。自分もドラゴン桜を手伝い始めて久しく、いろんな学校でお話をしていますが、やはりしばしば「東大を目指すこと自体が時代遅れなんじゃないか」と言われることがあります。昔ならまだしも、今はもうそういう時代ではないのではないか、という意見です。
確かに、大学の価値は偏差値だけでは測れませんし、進路のあり方も昔よりずっと多様になっています。そうした見方には一理あると思います。
それでも、ドラゴン桜やドラゴン桜財団は、なぜ東大を勧めるのか?
自分の答えは結局一つで、「東大が日本の大学の中で偏差値上トップに位置する大学だから」です。
「なんだそれ、結局偏差値信仰かよ」「そんなの時代遅れじゃないか」と思う人もいるかもしれません。しかし、ここで言いたいのは偏差値がすべてだということではありません。
まず一度、いちばん高いところを目指してみればいい
たとえば中高生って、大学受験が近づいていないタイミングでは、将来やりたいことや行きたい大学がまだ明確でない時期がありますよね。そういうときには、まず一度、いちばん高いところを目指してみればいいと思うのです。
合格可能性が高いか低いかは、最初の段階ではあまり関係ありません。野球部に入ったら、まずは甲子園を目指すのと同じです。目標が定まっていないなら、とりあえず偏差値上トップの大学を目指しておけばいい。自分の「ここまで」というラインを、できるだけ高い位置に設定しておくことは重要なことだと思います。
逆に、地方の学生の中には、東大以外の大学を自分にとってのトップ校だと捉え、「この大学が自分の天井だ」と考えてしまう人が少なくありません。たとえば東北の学生と話すと、「東大は絶対に無理だから、東北大を目指して勉強しよう」と考えている生徒がかなり多いことを実感します。
もちろん東北大は素晴らしい大学です。しかし、選択肢としてそもそも東大がないというのは、少し歪んでいると僕は考えてしまいます。
最初から東大を選択肢に入れていない生徒は、東大には来ません。東北大でA判定が出て、実はもっと上の大学を目指せる学力があったとしても、そもそも目指すという発想自体がない。本来なら「それ以上」に実力を発揮でき、人間的成長を得られる瞬間があるかもしれないのに、「ここまでだろう」というラインが低く設定されているが故に、そこでストップしてしまうかもしれない。
選んだ上で東大以外の大学に行き、東大に「行かない」のと、選ばずにそもそもそういう選択肢があるとも考えずに東大以外の大学に行き、東大に「行けない」のとは、大きな差があると思います。
ドラゴン桜の漫画でも描かれた「上を目指す」意義
ドラゴン桜の漫画の中では、「東大を目指す」と最初に考えたことで、努力し、思考し、成長し、いろんなことが好転していく様が描かれていました。
※外部配信先では漫画を閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください。

漫画『ドラゴン桜』

漫画『ドラゴン桜』

(漫画:©︎三田紀房/コルク)

漫画『ドラゴン桜』

漫画『ドラゴン桜』

(漫画:©︎三田紀房/コルク)
東大という選択肢もある
結局、どんなきっかけだっていいんだと思いますが、「自分でもいけるかもしれない」「ここが天井じゃなくて、もっと上があるのかもしれない」と思うことは、何かしらの人生のプラスになるとも思うのです。
だから私は記者発表の場で、こう答えました。
「いい大学が他にもたくさんあることは認識しています。しかし地方の子に対しては、選択肢を示すことも大人や社会の役割だと思っています。地方の子は、そもそも選択肢が少ない場合がある。周りがみんな『この大学でいい』と言っている中で、自分たちは『東大という選択肢もある』と言ってあげたいんです」と。
東大を目指すことはゴールそのものではなく、自分の可能性を狭めずに生きるための、一つの強いきっかけになると僕は信じています。