杉良太郎、81歳「残りの人生、誰かのために尽くして死んでいこう。それが一番自分らしい」

■人は人のために生きてこそ―「生涯献身」という生き方, ■「当たり前じゃないか、売名だよ」, ■長生きして、ベトナムの「ひ孫」の顔を見るのが楽しみ, ■健康は「歯」と「ダンス」と「自律」

数多くの大ヒット時代劇や映画で主演を務め、歌手としてもミリオンセラーを記録する、ハレやか世代にとってまさに時代を代表する“大スター”、杉良太郎さん。生涯をかけて社会福祉活動をする姿もよく知られています。今回は「生涯献身」という生き方に至る杉良太郎さんの信念について伺いました。「朝日脳活マガジン ハレやか 2026年6月号」(朝日新聞出版)より抜粋して紹介します。

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■人は人のために生きてこそ―「生涯献身」という生き方

 昨年81歳を迎え、芸能活動は62年目、福祉活動にいたっては67年目になります。

 私の福祉活動の原点は、15歳のとき。当時通っていた歌謡学院の先生が目の不自由な方で、「刑務所や養老院の慰問に行きたいから付き合ってくれないか」とおっしゃったのがきっかけでした。アコーディオンを弾く先生に付き添い、学生服姿で初めて刑務所の慰問に訪れました。

 当時の刑務所は、今とは比べものにならないほど過酷な場所でした。目の前に並ぶ受刑者たちは、15歳の私にとって、それはもう恐ろしい顔に見え、足がガタガタと震えて止まらなかったのを覚えています。それでも、一生懸命に歌うと、そのこわもての男たちが、声を出すことも許されない厳しい規律の中で、涙を流しながら割れんばかりの拍手を送ってくれたのです。

 今の刑務所は随分と環境が良くなりましたが、それでも人間の尊厳をめぐる課題は山積みです。私は現在、法務省の特別矯正監として、受刑者の更生だけでなく、刑務官の職場改善にも取り組んでいます。

 67年前のあのときの刑務所での体験、受刑者が見せた涙と拍手が、私の心に深く刻まれました。人はどんな環境にあっても、心でつながることができる。その確信が、今の私を支え、全ての活動につながっているのです。

 よく「なぜそんなに長く続けられるのか」と聞かれますが、私にとって福祉は特別なことではありません。80歳を目前にしたときに「自分はこれからどうやって生き、何を目標に人生を終えるのか」と考えました。そこでたどり着いたのが、「生涯献身」という言葉です。

 残りの人生、誰かのために尽くして死んでいこう。それが一番自分らしい。そう腹をくくったのです。困っている人がいれば放っておけない。その性分に従って生きるだけです。

 長年活動を続けていると、必ずと言っていいほど「売名行為ではないか」という批判にさらされます。特に東日本大震災の際、石巻市で炊き出しをしていたときのことは忘れられません。カレーを配り、疲れ果てていた私にリポーターがマイクを向け、「それは売名ですか」と問いました。

■人は人のために生きてこそ―「生涯献身」という生き方, ■「当たり前じゃないか、売名だよ」, ■長生きして、ベトナムの「ひ孫」の顔を見るのが楽しみ, ■健康は「歯」と「ダンス」と「自律」

■「当たり前じゃないか、売名だよ」

 私は思わず答えました。「当たり前じゃないか、売名だよ。あなたもしなさいよ」と。日本は慈善活動に対する意識がどこか遅れていると感じることがあります。何かをすれば裏があるのではと疑う。しかし、批判を恐れて何もしないより、たとえ偽善と言われても動くほうが、目の前の困っている人にとっては救いになります。

 海外では評価が全く違います。アメリカのチャリティー王と言われたボブ・ホープ氏に会った際、彼は「杉は日本のチャリティー王だ」と握手を求めてくれました。彼は役者のキャリアよりも、どれだけチャリティーをしているかを重視していたのです。

 ボランティア(福祉活動)とは、本来「一方通行」であるべきです。相手に感謝されることを期待した瞬間、それは純粋な善意ではなくなってしまいます。たとえ睡眠時間を削って1週間尽くしても、「ありがとう」の一言すらもらえないこともある。それでも、どうすれば相手が喜ぶかを必死に考え抜く。ただそれだけです。

■人は人のために生きてこそ―「生涯献身」という生き方, ■「当たり前じゃないか、売名だよ」, ■長生きして、ベトナムの「ひ孫」の顔を見るのが楽しみ, ■健康は「歯」と「ダンス」と「自律」

■長生きして、ベトナムの「ひ孫」の顔を見るのが楽しみ

 海外での活動も長くなりましたが、特にベトナムとは37年の付き合いになります。ここまで付き合いが長くなったきっかけは、ハノイのある孤児院を訪れたことでした。そこで出会った子どもたちに、おもちゃやチョコレートを持っていきましたが、ある一人の子どもが、まったく喜ばなかったのです。理由を尋ねると、「お父さん、お母さんが欲しいんだ」と言うのです。その切実な瞳を見て、私はその場で「今日から私がお父さんだ」と約束したのです。

 以来、里子の数は増え続け、今では245人(2026年1月時点)。立派な大人になり、日本語センターの教師や、なかには共産党の局長クラスになった子もいます。結婚して子どもがいる子もたくさんいます。

 ベトナムでの支援にはこれまでに十数億円を投じてきましたが、それは金銭的な援助だけではありません。日本語学校を建て、文化を伝え、彼らが自立できる道を共に作ってきました。現在は山岳地帯の学校の寄宿舎を建てたり、盲学校でオーケストラを作っているところです。

 成長した子どもたちが、自分の子ども(私にとっての孫)に、「このお父さんが自分たちの生活を支えてくれたんだよ」と語り聞かせている姿を見るのが、今の私にとって最高の報酬です。もう少し長生きすれば、ひ孫の顔も見られるかもしれない。それが何よりの楽しみです。

■健康は「歯」と「ダンス」と「自律」

 同世代の皆様から、健康の秘訣についてもよく尋ねられます。私は今も、81歳にしてすべて自分の歯です。これは誇れることだと思っています。子どもの頃、硬いめざしなどをしっかりかんで食べた習慣が、今の丈夫な歯を作ってくれました。口腔環境を整えることは、全身の健康、さらには免疫力を保つことにも直結します。

 また、最近はダンスをシニア世代に勧めています。私が名誉会長を務める一般社団法人日本国際ダンス連盟FIDA JAPAN内に創設した「ダンス健康クラブ」には、65歳以上(GOLD世代)の方々のダンスチームが登録しています。

 ダンスは単なる運動ではありません。振り付けを覚え、衣装を着て、人に見られる。すると、脳から良いホルモンが出て、表情が明るくなり、姿勢まで変わり、さらには生き方までをも若返らせるのです。

 食事については、1日3食、決まった時間にとることを心がけています。以前は2食でしたが、それでは痩せすぎてしまう。一時期、トレーニングで10キロほど体重を落としたときは、周りから「ご病気ではないですか?」と心配されましたが、どこも悪くはありません。自分の体のことは、自分が一番よく分かっています。「健康は人が気をつけるものではなく、自分で守るもの」という自律の精神が大切です。

 シニア世代の皆様に伝えたいことがあります。それは、「ながら」をやめるということです。

 最近は、スマートフォンをいじりながら、テレビを見ながら、といった「ながら」が当たり前になっています。しかし、夫婦でも親子でも、相手の目を見て話すことが少なくなってはいませんか? 「ながら聞き」は、相手の心を無視しているのと同じです。短い時間でもいい。相手の正面に座り、目を見て真剣に向き合う。そんな丁寧な積み重ねが、豊かな人間関係を作ります。

 私の仕事の一つに、オレオレ詐欺などの特殊詐欺を防ぐ警察庁の特別防犯対策監としての活動があります。このような犯罪を撲滅するには、家族のきずなが不可欠です。日頃から「ながら」をやめ、相手の目を見て真剣に向き合うことは、犯罪から守ることにもつながると思っています。

 それからもう一つ。「もう年だから」と自分を制限してはいけません。年を気にせず、毎日を前向きに過ごすことが長生きの秘訣です。 私はかつて、広島や長崎の原爆病院を慰問しましたし、ハンセン病療養所の入所者の方々と抱き合ってきました。そこで学んだのは、「明日も同じように生きられるとは限らない」という厳然たる事実です。

 今日という日を精いっぱい生きる。困っている人がいたら、自分のできる範囲でそっと手を差し伸べる。そんな優しさが循環する社会であってほしいと願っています。

 皆様も、今日という日を大切に、輝いて生きてください。

(構成・文/山下 隆)

■人は人のために生きてこそ―「生涯献身」という生き方, ■「当たり前じゃないか、売名だよ」, ■長生きして、ベトナムの「ひ孫」の顔を見るのが楽しみ, ■健康は「歯」と「ダンス」と「自律」

すぎ・りょうたろう / 1944(昭和19)年、兵庫県生まれ。子どものころから歌手を志し、65年に歌手デビュー。翌年からは俳優としても活躍し、67年「文五捕物絵図」(NHK)で主役に抜擢される。その後「遠山の金さん」(テレビ朝日系)をはじめ1400本以上に主演。15歳で始めたボランティア活動は、刑務所の慰問、災害時の支援、ベトナムの子どもたちへの援助など多岐にわたる。2008年には芸能人として初の緑綬褒章、09年には紫綬褒章を受章。2016年度文化功労者にも選出された。芸能活動60周年を記念して上梓した『生涯献身』(徳間書店)は、役者、歌手として華々しく活躍し、さらに社会福祉や国際交流で身を粉にする杉良太郎さんの生きざまに触れて、心が揺さぶられる一冊です。

■人は人のために生きてこそ―「生涯献身」という生き方, ■「当たり前じゃないか、売名だよ」, ■長生きして、ベトナムの「ひ孫」の顔を見るのが楽しみ, ■健康は「歯」と「ダンス」と「自律」

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