「ヤバイ…やらかしました」が825万再生… 閉店寸前だった地方の総菜屋が「広告費ゼロ」「週3営業」でも大繁盛の秘密
「美味しいのに、来てくれない……」
【写真を見る】ヤバイ! 母のやらかしを正直に告白する様子
10年前、地方の小さな総菜屋「フードショップヒライ」は危機を迎えていた。客足は大きく減り、常連さんから「美味しい」と言われる総菜も、値引きしても売れ残るばかりだった。
しかし、2026年の今、開店前から80人以上が並び、平均1時間半で総菜は完売。
このV字回復の立役者となったのは、多田良平さん(36)。店長・平井外澄さん(89)の孫だ。かかった広告費は、なんとゼロ。
その舞台裏には「やらかし」を告白する、ありのままを見せるなんとも飾らないSNS姿勢があった。

多田良平さん(36)。好きな飲み物は、三重県の学校給食で親しまれている「大内山牛乳」(写真:筆者撮影)
美味しそうな写真だけでは、人は動かない
フードショップヒライは70年以上続く家族経営の総菜屋だ。
店長の孫・良平さんは専門学校卒業後、名古屋のIT企業に就職。その後、「三重なんて、何もない」と家族に言い捨てて関東へ。
しかし2016年秋、良平さんは三重県に戻ることになる。店長(祖父)外澄さんのレジ打ちミスが増え、家族から呼び戻されたのだ。
「じいちゃんは1万円と5千円の釣りを間違えたりしていて。当時は神奈川県に住んでいて、そこにいたかったけど、仕方ないかって感じでした」。そう笑いながら語る良平さんだが、帰ってきて目の当たりにした店の現実は笑えるものではなかった。
客は70〜80代の常連ばかりで、雨の日や寒い日は足が遠のく。今の3分の1の量しか作っていなかったのに総菜は余り、値引きしても売れ残った。
「美味しいのに、お客が来てくれないのはもったいないなあ」
店を閉店する話まで出ていた。「何とかしなければ」という一心で良平さんが目をつけたのが、インスタグラムでの発信だった。
インスタグラムでフードショップヒライの発信を始めたのは、2019年。最初は「よくある商品PR」の発信ばかりだった。美味しそうな総菜の写真を撮り、動画を撮り、投稿する。5年間、その方法で続けたがフォロワーは4000人止まりだった。
転機は、鳥羽ビューホテルのスタッフが踊るTikTok動画が爆発的にバズっているのを目にしたこと。「うちもスタッフを登場させたら面白いかもしれへんな」。
最初は、母が手作業で値札シールを貼る動画を公開する。すると、今まで付かなかったコメント欄に「ヒライの手書きの文字、昔から好きです」「腱鞘炎にならないでね」と常連客の声が届く。次に、祖父が駐車場の案内役として旗振り棒を振る動画を公開すると、「いつもありがとうございます」「お体に気をつけてくださいね」というコメントが相次いだ。
そして2024年2月、祖父がねぎまを黙々と作る場面を投稿すると、これまで4万弱だった再生数が60万再生を超えた。「作業する光景や、スタッフを出すと反響がいい。じゃあ、祖父が総菜を作っている光景を公開したらどうなるやろう」。その読みは見事に当たった。

外澄さんが登場する動画は、応援メッセージであふれる(写真:フードショップヒライ インスタグラム)
商品ではなく「スタッフ」を登場させると反響が違う。手応えをつかんだが、良平さんはここで満足しなかった。次の一手は、もっと大胆だった。
「やらかし」と「ヤバイ」。個人商店だから言える言葉
60万再生の次にバズったのが、「母親のやらかし」シリーズだ。
発端は母の失敗だった。翌日の弁当用に仕入れた鮭を、その日に誤って焼いてしまった。困り果てた家族をよそに、良平さんがとった行動は「素直に動画にする」だった。

この失敗から、佐栄子さんは「やらかしキャラ」に(写真:フードショップヒライ インスタグラム)
開店前にその顛末を投稿すると、コメントが殺到した。「焼いても2つで390円、安いやん」「お母さん、どんまい」。お客さんは笑いながら買いに来て、焼き鮭はすぐに完売した。
「やらかしたことを素直に暴露したら面白いやろうと思って。もちろん、やらせは一切なくて、本当に、正直に」。こうして「やらかしたら動画にする」というルールが生まれた。現在このシリーズは最大825万再生を記録する。

「煮込みすぎて味は濃いけど美味しいです」と、やらかしを告白(写真:フードショップヒライ インスタグラム)
その後も、三重弁の解説動画、家族のナレーションを入れる、姪の登場ーー。そのたびに反響を確かめ、また次の手を考える。試行錯誤の末に行き着いたのが、「ヤバイ」というワードだ。
食べ物を扱う店が“ヤバイ”と投稿すると、「何がヤバイんだろう?」と最後まで動画を見てしまう。第1弾の「ヤバイ、パイナップル」動画は、148万再生に着地した。

姪のさくらこちゃんは、「味見担当」(写真:フードショップヒライ インスタグラム)
「ヤバイ」も「やらかし」も、大手企業のSNSでは使いにくい言葉だ。しかし、「大手のPRでできないことは、個人商店ではやりやすい」と良平さんは確信を持って言う。隙を見せる、失敗を笑いに変える、本音を出すーー。その「人間くささ」こそが、フォロワーの心をつかむのかもしれない。
さらに、「商品がまだ残ってます」と追加でストーリーズを投稿すると電話がかかってくる。「今残ってる〇〇を取り置きしてほしいです」。画面の向こうで、地域の誰かがヒライの今日を気にかけている。
飾らず、人間くさく、素直な発信に切り替えたことで、20〜60代の客層も加わった。発信の前と後で、店の景色がまるごと変わったのだ。
この発信を一手に担う良平さんには、実はもうひとつの顔がある。
「三重には何もない」と思っていたが…
良平さんは「ふがまるちゃん」という名で活動する写真家でもある。 かつての良平さんは「三重なんて何もない」と思い込み、カメラを向ける気にもなれなかった。
だが、ある日見た海に心を動かされる。
「三重の海って、こんなに綺麗なんや」

鳥羽市の展望台から望む海。良平さんが撮影したこの写真は 三重フォトギャラリー から無料でダウンロードできる(画像:三重フォトギャラリー)
その日から県内を撮り歩き、店の壁に写真を飾ると常連客は大喜び。「次はここを撮って」「本にしてほしい」と声が上がり、客の要望で自費出版した写真集は完売。後に商業出版も実現した。
撮影した写真は三重県の市町村や観光協会に無償で提供し、花火のポスターや大阪万博の三重ブースにも使われた。
「三重県の写真は、自分のものじゃない。その場所を盛り上げるために撮っているんです」

お客の要望に応えたら、窓も壁も絶景写真で埋め尽くされた(写真:筆者撮影)

商業出版も含め、全8種類の写真集がズラリ(写真:筆者撮影)
惜しみなく手放すのは、写真だけではない。取材日の前日、佐賀県のスーパーがヒライの投稿に似た動画をインスタグラムに公開していた。良平さんはそれを知りながら、カラッとした笑顔でこう言った。
「どんどんマネしてほしいですね! 研究は、マネすることから始まると思うので!」
現在、全国の自治体や観光協会からSNSセミナーの依頼を受け、富山、福島、岐阜、千葉、栃木など県外でも活動する。フードショップヒライの成功例と失敗例を携えて。
小学6年生から独学でホームページを作り、高校では母校のサイトをリニューアル。今もそのページは現役だ。専門学校では「同級生に教えることが多く、多田先生と呼ばれていた」と照れくさそうに笑う。独学の原点は、マネすることから始まっていた。

営業前の恒例投稿「ご来店お待ちしております」の撮影。取材日は、父と娘で手をクネクネさせて踊る演出(写真:筆者撮影)
「三重が純粋に盛り上がってほしい。故郷への恩返しみたいな感じですかね!」とニカッと笑う。その言葉に、損得勘定のにおいはない。
平均1時間半で売り切れる理由
「売り切らないと儲けが出ない仕組みにしている」。調理担当のみかさんは、そう言い切った。
値引きはしない。最初から「全部売り切れる量だけ」を作るのだ。9〜10種類の総菜を1種類につき25〜30パック。弁当は6種類ほどあり、トータル80個前後。旬の素材や安い食材を見つければその日のメニューを少し変え、調味料も最安値店を調べて回る。徹底した原価管理が、低価格を支えている。
売れる理由は、原価管理だけではない。みかさんには、生まれつきとも言えるこだわりがある。
「私ね、隙間恐怖症なんですよ。隙間があると気になって仕方がない(笑)」

調理担当のこだわりもインスタグラムで暴露(写真:フードショップヒライ インスタグラム)
ヒライのお弁当は上げ底をしない。詰めて、詰めて、詰めすぎて蓋が閉まらなくなるほど詰める。総菜は力をギュッと込めてラップをする。客から「海苔弁当は、海苔が見えない海苔弁や」と言われることは1度や2度ではない。美味しいものを、できる限り多く。その一心がリピーターを生んでいる。
そして2025年1月、フードショップヒライはある決断をした。
週4から週3営業へ
「週3日営業を、いっぺんやってみよう」
フードショップヒライの朝は早い。毎朝4時半から仕込みを始め、営業中も第2弾を作り続ける。閉店後も仕込みは続き、夜の11時までかかることも。週4日営業とはいえ、残り1日は仕入れ、1日は仕込み。完全な休日は1日しかなかった。みかさんはヘルニアになり、佐栄子さんは帯状疱疹に。じわじわと体が悲鳴をあげていた。
「賭けでした」と、みかさんは言う。週3日の営業なんてやれるのか。売り上げは落ちないか。不安を抱えたまま踏み切った結果ーー。週全体の売り上げは、下がらなかった。
秘密は2つある。1つは総菜の量だ。週4営業のときは、1種類当たり平均15パックだったが、今は平均25パックに。人気商品を30パックに増やした。品数は変えず、完売する個数を増やす。

テーブルの底が見えない。高さは20センチほど積み重なる部分も(写真:筆者撮影)
もう一つは、スイーツだ。週4日営業の頃、フルーツサンドは水・金の2日間のみ週200個を販売していたが、週3日営業への切り替えに合わせ「3日間で50個ずつ」に変えた。週間の総数は50個減ったものの、ロールケーキとプリンを固定商品として加え、1〜2品は仕入れや季節に合わせてランダムに変える。ラインナップを充実させて売り上げを補った。

紅茶のロールケーキ(390円)。厚みは、3〜4センチほど。甘すぎないクリームがくせになる(写真:筆者撮影)
「あとは体力との相談ですね。3日間でギュッと詰め込んで作るから」と、スイーツ担当の彩乃さんは少し困り顔で、でもうれしそうに笑う。ロールケーキは生地もクリームも当日の朝6時から仕込む。シュークリームの日は前日にクリームを仕込み、当日に皮を焼く。
総菜もスイーツも「作れば作るほど売り上げが上がる」とわかっていても、やらない。無理をしない。それがヒライの流儀だ。
「完全に休みの日が2日あるっていうのは、全然違う。週3日頑張ればいいって思えるから、続けられるんかな」
みかさんは、そうつぶやいた。
「満足して帰ってもらう。気に入ったらまた来てもらう」。それだけでいい
営業日の前日の夜、インスタグラムのストーリーズに「明日のメニュー」が投稿され、毎回5000人前後が見ている。広告費0円で、5000人にチラシを配っているようなもの。「バズらなくていい。この投稿は、明日来るお客のためだけにあるんです」と良平さんは言う。
一方、「やらかし」や「ヤバイ」は、フォロワー以外の人に届くことを意識した動画だ。まだヒライを知らない人への入り口として機能している。来る人を呼び、来た人をまた呼ぶーー。同じインスタグラムの中で、役割を使い分けている。

好きなポーズをお願いすると、4世代でジャンケンのようなポーズに(写真:筆者撮影)
「集客できても、食べ物が美味しくなければダメ。でも、うちの商品は忖度なくちゃんと美味しいから売れるはず。あとはどうやってお客さんを呼ぶか、それだけが課題でした。入り口を作って、来てもらって、満足して帰ってもらう。気に入ったらまた来てもらう。それでいいんです。あとは、家族みんなが健康に過ごして1日でも長く営業を続けたいですね」
今後の展望を聞くと、良平さんはカラッとした笑顔で答えてくれた。
創業70年以上。誰が何代目かは、家族の中では曖昧だ。誰が欠けても成り立たない。閉店しようとしていた店が、今日も開店前から列をなす。美味しい総菜を作り続け、素直に発信し、無理せず続けるーー。当たり前のことを、当たり前に積み重ねてきた。その先に、80人以上の行列がある。