「サグラダ・ファミリアは完成しない」常識が崩れた日…オリコン誤報騒動があぶり出した、ネットメディアの「構造疲労」
スペインの世界遺産サグラダ・ファミリアのメインタワー「イエスの塔」が6月10日、ついに完成する。「ずっと完成しないのが当たり前」だった存在の、歴史的な節目だ。だが――その数日前、「『サグラダ・ファミリア』ついに完成」という見出しのネットニュース記事がSNSを駆け巡り、9万件以上のリポストとともに拡散したことを覚えているだろうか。
実際に完成するのは数ある塔の一つにすぎず、ネット上には「まぎらわしい」「釣り見出しだ」との声があふれた。そして、配信元のオリコンニュースは1時間半後に訂正と謝罪に追い込まれた。
ただ、この騒動を一社の単純ミスとして片づけてしまうと、本質を見誤る。10年以上にわたってネットニュースへの反応を定点観測してきた筆者の立場から言えば、この誤報の背後には、ネットメディア全体が抱える「構造疲労」が透けて見えるからだ。
「ついに完成」の中身
話題になったのは、2026年6月2日にオリコンニュースが配信した記事だ。同サイトの公式Xが「『サグラダ・ファミリア』ついに完成 NHKが歴史的生中継へ」と投稿したことから、SNS上は「ついに」「ずっと完成しないと思っていた」などと盛り上がった。

「ついに完成」と報じた、オリコンニュースの当初の投稿(画像:オリコンニュース公式Xより)
しかしユーザーの一部からは、「まぎらわしい」「全部が完成するわけではない」といった指摘が続出。約1時間半後に「訂正とお詫び」と題した投稿が行われ、正しい記事タイトルは「『サグラダ・ファミリア』メインタワーついに完成」だったと伝えた。

約1時間半後に投稿された<訂正とお詫び>(画像:オリコンニュース公式Xより)
この訂正内容から分かるように、今回完成するのは、サグラダ・ファミリアのメインタワーである「イエスの塔」だ。建築家アントニ・ガウディ(1852〜1926年)の没後100年となる6月10日に完成し、翌11日の夜(日本時間)には、NHK総合で大聖堂内部からの生中継が行われる予定だ。
なお、サグラダ・ファミリア全体の完成は、現時点で2035年ごろになると見込まれている。あと10年ほどで完成することも十分に驚きだが、現時点で「完成」しているわけではない。オリコンの表現は、結果的に誤報となってしまった。
なぜ"釣り見出し"はここまで嫌われるのか
オリコンニュースのX投稿は、ポストから1週間弱で、約9万リポスト、32万いいねと、桁外れの注目を集めた。だからこそ、誤った情報を伝えたことへの苦言も少なくない。 筆者はネットメディアの編集者として、これまで10年以上にわたって、「ネットニュース記事に対するSNSの反応」を定点観測してきた。その経験からすると、これらの“怒り”が生まれる背景には「PV(ページビュー)が取れるなら、どんなことをしてもいいのか」といったメディア批判があると考えられる。
「ついに完成か」と期待を持たせつつ、実際には異なる内容を伝える記事タイトルは、“釣り見出し”と呼ばれ、ネット上で非常にウケが悪い。今回の件は、おそらく担当者の勘違いで起きたのだろう。しかし、疑心暗鬼になっているネットユーザーからは、「わざと誤解させて、PVを稼ごうとしていたのではないか」と、うがった見方が出てもおかしくない。
多くのニュースサイトにとっては、記事に張られた広告収入は重要で、PVの最大化は生命線となっている。それに読者側も気付いているからこそ、“悪知恵”を働かせているのではないかという疑念が生じるのも理解できる。
崩れたのは「サグラダは完成しない」という“当たり前”
このような、そもそものネットニュース不信に加えて、今回のケースには“当たり前の崩壊”に対する衝撃が重なった。それだけ「サグラダ・ファミリアは、ずっと完成しないものだ」という前提は、日本の人々(おそらく世界中がそうだと思うが)の共通認識だったと考えられる。 横浜駅や渋谷駅のように、延々と続く駅周辺の再開発を「日本のサグラダ・ファミリア」などと呼ぶ人がいるように、「サグラダ・ファミリア=完成しない」は、日常に染み付いた常識だった。
だからこそ、「ついに完成」のインパクトは、想像以上に大きかった。多くの人が動揺したのは、「誤報か否か」よりも「“当たり前”が崩れる」ことへの戸惑いだったのではないだろうか。 オリコン側に落ち度があるとすれば、「それだけ読者に衝撃を与える内容だ」との認識が足りなかったことだろう。
これだけの反響があると事前に気付いていれば、記事公開にあたって、通常の記事以上に、しっかり精査していたはずだ。 衝撃が強ければ強いほど、そうでないと分かったときの落差も大きくなる。そして、そのギャップによって、「振り回された」と感じたネットユーザーの失望は、やがて媒体への嫌悪感へとつながっていく。こうした“落胆が生むブランドイメージ低下”への配慮が不足していた点は、反省すべきだろう。
オリコンを一方的に責められない理由
とはいえ、ネットメディア編集者の目で見ると、オリコン側にも擁護の余地はある。
くしくもオリコンは5月28日、MBO(マネジメント・バイアウト)を実施し、非上場化(現在は東証スタンダード市場に上場)する方針を明らかにしていた。 発表資料では、ネットニュース事業の“現在地”が示されている。
そこでは、オリコンニュースが「圧倒的なPV数と認知度」を持つ一方で、SNSの普及やメディア乱立による競争の激化を背景に、「フェイクニュースの拡散など情報の真正性が問われる局面が増加」しているとして、コンテンツ制作能力と信頼性の必要性に触れている。
さらに、現在の読者層が30〜40代中心であることを認めつつ、「持続可能な成長のためには10代〜20代の若年層の取り込みが必要」との認識も示した。言い換えれば、現状を維持していても、いずれ行き詰まってしまうということだ。

オリコン株式会社がホームページで5月28日に公開した、MBO(マネジメント・バイアウト)の実施及び、公開買い付けの応募を推奨するというお知らせの一部(画像:オリコン公式ホームページより)
こうした“現在地”の中でも、経営課題の筆頭としてオリコンと丸の内キャピタル(三菱商事系のファンド)が挙げたのが、「AIの進化や検索エンジンの変化による“ゼロクリック化”への対応」だった。ゼロクリック化とは、検索結果やAIが画面上で答えそのものを示してしまい、ユーザーが記事をクリックしなくなる現象を指す。これはネットメディアにとって、収益の根幹を揺るがす最大級の脅威だ。
多くのニュースサイトは、SNSやポータルサイトから流れてくる“一見さん”のPVに広告収益を依存している。雑誌のように固定客に買ってもらうモデルと違い、クリックされなければビジネスが成り立たない。その入り口をAIに塞がれることの意味は、計り知れない。
「無料で読めて当たり前」も、もう限界に近い
筆者の経験からしても、長年続くネットメディアの中には、「ターゲット層がそのまま年を重ねている」ケースが少なくない。新規読者を取り込めないまま、流動的なPVを追ってスピード勝負に明け暮れ、その過程でチェック機能がやせ細っていく――今回の“早とちり”も、この構造と無縁ではないはずだ。業界全体の収益構造が誤報の温床になっていることは、間違いない。多くの媒体がそれを懸念しながらも、SNSやポータル、そしてAIの影響力の前に、抜本的な手を打てずにいる。
そう考えると、自社のコア読者層の課題に正面から言及し、MBOという大手術に踏み切ったオリコンは、むしろ動きが早いほうだと言える。意図的になのか、無策ゆえか。現状維持のまま、静かに衰えていくメディアを、筆者は数多く見てきた。「変わる決意」を持てる媒体にこそ、生き残りの余地があるはずだ。
ただ、多くの媒体は「このままでいてほしい」という願望から抜け出すことが難しい。まるでサグラダ・ファミリアの建設と同じように、「それが当たり前」となっている以上、認識を変えるのは並大抵のことではないのだ。

「完成しないのが当たり前」だったサグラダ・ファミリアのように、「このままでいてほしい」という願望から抜け出すことは容易ではない(写真:おたどん/PIXTA)
そして、“当たり前”にとらわれているのは、メディア側だけではない。読者もまた、少しずつ認識を改める必要がある。「あらゆるニュース記事は無料で読めて当然」――日本のネットユーザーにとって、これもまた揺るがぬ常識だ。
だが、その“無料が当たり前”こそが、PV至上主義を生み、釣り見出しや早とちりの温床になってきた側面は否めない。「サグラダ・ファミリアは完成しない」という常識が崩れたように、「ニュースは無料」という常識もまた、静かに限界を迎えつつある。 収益と利便性のバランスを、どう取り直すか。今回の“誤報騒動”は、その問いを私たちに突きつける、思いがけない好事例となったと言えるだろう。