藤井聡太竜王が「かなりの力戦志向、終盤力は詰将棋で養われた」と評価する山下数毅三段は竜王戦本戦へ「一局一局」と抱負…挑戦も1回戦負けもあると先輩は分析[指す将が行く]

 奨励会員ながら竜王戦5組で優勝を果たした17歳の山下数毅三段が、6月25日に初の本戦対局に臨む。藤井聡太竜王は勝ち上がりに注目していて、山下三段の棋風に意表をつかれながらも、古風な魅力を見いだしていた。「詰将棋」によって鍛えられた足腰のしっかりした終盤力と、憧れという大山康晴十五世名人の受けの強さを併せ持つ山下三段は夏の竜王戦本戦で台風の目となるか。(デジタル編集部・吉田祐也)

「仮想山本博志五段」…振り飛車党の兄弟子が愛情あふれる特訓, 大山康晴十五世名人思わせる「忍耐」…△5五歩で流れ変える, 自然な駒組みで圧倒、5組を制して奨励会員が初の本戦入り, 令和を生きる17歳どうし…「中原VS米長」のようなねじり合い, 秒読みのなか、連続王手の千日手の筋で逃れる…攻防で芸術的な見切り, 竜王戦は快進撃も、折り返し直前の三段リーグでは波に乗れず, 終盤力はトップ棋士と遜色なし、粘りも身につけ「成長」示す夏に

兄弟子の山崎九段(左端)が見守る中、竜王戦5組決勝の対局を振り返る山下三段=吉田祐也撮影

「仮想山本博志五段」…振り飛車党の兄弟子が愛情あふれる特訓

 第38期竜王戦5組の2回戦で、優勝候補筆頭の藤本渚六段に逆転勝ちした山下三段は、続く準々決勝でタイトル挑戦経験のある出口若武六段を破った。準決勝まで駒を進めたことで新規定ができた。奨励会員による4組昇級が迫り、勝てば「次点」付与というもの。

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練習将棋で山下三段を鍛えた兄弟子の西田六段

 過去に三段リーグで次点を獲得している山下三段にとって、竜王戦5組準決勝の山本博志五段戦は実質的に「四段」が懸かる大一番だった。山下三段の兄弟子である西田拓也六段は「対振り飛車は彼にとって難所だと思った」と、山本五段戦を前に練習将棋で弟弟子を徹底的に鍛え上げた。山本五段は三間飛車が十八番の戦法で駒組みがうまく、終盤も粘り強い。自身も振り飛車党の西田六段が「仮想山本五段」となって盤を挟んだ。「自分から転がって負け筋に突っ込む指し方はするな」と山下三段にアドバイスを送った。

「仮想山本博志五段」…振り飛車党の兄弟子が愛情あふれる特訓, 大山康晴十五世名人思わせる「忍耐」…△5五歩で流れ変える, 自然な駒組みで圧倒、5組を制して奨励会員が初の本戦入り, 令和を生きる17歳どうし…「中原VS米長」のようなねじり合い, 秒読みのなか、連続王手の千日手の筋で逃れる…攻防で芸術的な見切り, 竜王戦は快進撃も、折り返し直前の三段リーグでは波に乗れず, 終盤力はトップ棋士と遜色なし、粘りも身につけ「成長」示す夏に

竜王戦5組準決勝で読みに没頭する山下三段(左)と山本五段

 関西棋界らしい熱い教えを胸に、山下三段は山本五段戦に向かった。先手の山本五段は三間飛車を採用し、後手の山下三段は居飛車・左美濃で対抗形の将棋になった。玉頭である2筋の歩を伸ばしたのは山下三段の趣向であったが、序盤巧者の山本五段は的確にとがめた。3六の地点まで力強く金を繰り出していったのが好着想で、後手玉は先手の角の利きに悩まされることになった。中盤で読みに没頭した両対局者。駒運びに制約がある山下三段は苦慮する様子だった。

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第1図

 振り飛車のツボを心得ている山本五段は、大駒の配置に注意を払いながら丁寧に中盤を指し進め「模様がいいと思っていました」と局後に話した。後手は飛車角が窮屈な形になり、なかなか好転しない。夕方に局面を見つめた千田翔太八段は「弟弟子を応援していますが、かなり逆転しにくい形です」と冷静に形勢を判断した。山本五段が▲7六飛(第1図)とした局面は先手が有利だ。大駒の働きが悪い後手はどう指すか。山下三段は盤に覆いかぶさるようにして熟考し、指し手を吟味した。

大山康晴十五世名人思わせる「忍耐」…△5五歩で流れ変える

「仮想山本博志五段」…振り飛車党の兄弟子が愛情あふれる特訓, 大山康晴十五世名人思わせる「忍耐」…△5五歩で流れ変える, 自然な駒組みで圧倒、5組を制して奨励会員が初の本戦入り, 令和を生きる17歳どうし…「中原VS米長」のようなねじり合い, 秒読みのなか、連続王手の千日手の筋で逃れる…攻防で芸術的な見切り, 竜王戦は快進撃も、折り返し直前の三段リーグでは波に乗れず, 終盤力はトップ棋士と遜色なし、粘りも身につけ「成長」示す夏に

第2図

 精査を終えた山下三段は第1図から△5五歩と突いた。「自分から転がるな」という兄弟子の教えを盤上で体現した我慢の一手だった。山本五段は「意表をつかれました。△5五歩からの一連の辛抱がうまい手順で、見えていなかった」と嘆いた。△5五歩から▲同銀△同銀▲同角に△6四銀が先手を取る受け方で、山下三段は1歩を犠牲にしても、角の働きの差を詰めることを主眼に中盤を組み立てた。△6四銀に対し、▲6三歩△同飛▲7二銀(第2図)と先手が踏み込んだのは指しすぎだったか。読みになかった△5五歩が、山本五段を焦らせた。

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終盤の入り口で攻防の手段を探す山本五段

 「大山流」を思わせる忍耐は実を結ぶことになる。第2図で夕食休憩に入り、早めに部屋へ戻った山下三段はゼリータイプの飲料でさらにエネルギーを補給した。その眼光は鋭く、好機が訪れていることをうかがわせた。対する山本五段は目元をペットボトルで冷やし、頭を抱える姿は苦悩に満ちていた。再開を告げられた山下三段は第2図から△5五銀と角を取った。自信みなぎる力強い手つきだった。飛車は差し出すものの、先に銀を手にした駒得は大きく、形勢の針は後手に傾いた。

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第3図

 終盤の入り口でリードを奪ってからの山下三段の指し手はさえわたった。後手玉にアヤを求める▲4三香(第3図)に対し、△7八飛▲3九金をきかせてから、△3二玉と寄ったのがうまい受け。▲4二香成△同玉で後手は金銀の囲いに玉を納め、堅陣を保った。先手は角を手にしたものの、使う場所がない。中継を見た深浦康市九段は「山下三段は受けが強い。読みが正確という証しでもあります」と、一連の手順を称賛した。最終盤は圧巻のノータイム指しで山下三段が勝利し、5組決勝進出。実質的な「四段」の権利も手中に収めた。

自然な駒組みで圧倒、5組を制して奨励会員が初の本戦入り

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竜王戦5組決勝の指し直し局に臨む両対局者

 5組決勝は関西将棋会館の特別対局室で行われた。高田明浩五段との一戦は開始30分で千日手となり、指し直し局は高田五段が得意の一手損角換わりを選択した。千日手は高田五段の勝負師らしさが出た戦略の一つだったが、山下三段に動揺するそぶりはない。王道の駒組みで右桂を活用し、優位に指し進めた。兄弟子の山崎隆之九段は「自然な駒組みで模様をよくするのは山下三段が得意とする指し方」と語った。山崎九段は練習将棋で山下三段と盤を挟んでいるが「けっこう負かされています」と苦笑いを浮かべた。

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第4図

 本局で山下三段は「具体的に、どうリードを拡大すればよいかわからなかった」といい、互いに辛抱を重ねるような中盤の押し引きが続くなか、夜に高田五段が8筋から飛車を△4一飛と回したのを緩手とみたか、山下三段は▲2五歩(第4図)と本筋の継ぎ歩で攻めた。この手をみた山崎九段は「山下三段が勝ちます」と力強く断言した。終盤は高田五段に勝負手を放たれ、冷や汗をかいた山下三段だが、自玉を安全地帯へと移動させた後、鋭く寄せて5組優勝を果たした。奨励会員が初の本戦入りという快挙だった。

令和を生きる17歳どうし…「中原VS米長」のようなねじり合い

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炭崎四段

 関東の棋士らも、山下三段の強さを「本物」と認めるなか、5月17日に行われた加古川青流戦(加古川市、加古川市ウェルネス協会主催)での炭崎俊毅四段戦で山下三段はさらなる驚きを棋士に与えた。

 17歳どうしで同学年対決でもあった若手対象棋戦の一局。4月にプロ入りした炭崎四段にとってはデビュー戦だった。

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第5図

 「自分の考えを信じる」と公言し、AI型ではない炭崎四段が相掛かりを選択すると、出だしこそ現代調だったものの、早い段階で研究を離れた力将棋になった。中盤のねじり合いは中原誠十六世名人-米長邦雄永世棋聖を思わせる「昭和調」で、令和を生きる二人の17歳が古風な将棋を指すところが興味深い。圧巻だったのは互いに妙技を連発した終盤戦で、山下三段が△7七竜とした第5図はクライマックスの局面だ。早指し棋戦ゆえ、秒読みに追われる状況だが、先手玉の脇に引っかけてある6八の銀にも、深すぎる読みが込められていた。

秒読みのなか、連続王手の千日手の筋で逃れる…攻防で芸術的な見切り

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第6図

 後手玉は竜と2枚の馬に包囲され、絶体絶命に思えるが、第5図から▲3一竜△5二玉▲3二竜△5一玉と連続王手の千日手の筋で山下三段は巧妙に逃れた。同一手順の連続王手を繰り返してしまうと反則負けになるため、炭崎四段は▲6七金と自陣に手を戻した。後手を焦らせる受け方ではあるものの、山下三段は読みきっていた。すかさず△4九銀(第6図)と放り込んだのが決め手で、炭崎四段は投了を告げた。銀で取ると△6九銀打で、金で取れば△5七銀打から、玉で取ると△7九竜から詰む。際どくも鮮やかすぎる芸術的な勝ち方だった。

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山下三段の才能を注視していた藤井竜王

 加古川青流戦の対局を見た藤井竜王は「自分より年下の世代が指した将棋ですが、かなりの力戦志向ですね」とほほえんだ。10代どうしの将棋が非AI型であることに興味を引かれた様子で「山下三段の連続王手の千日手での見切り方は、詰将棋で養われた終盤力が存分に発揮されていました」と評価した。竜王戦5組を制した山下三段の将棋について「竜王戦は、どの対局もAIの影響をあまり感じない力戦調に映りました。山本五段戦は苦しい将棋でしたが、うまく辛抱しての逆転勝ちでした」と、若き才能を注視していた。

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山下三段の終盤力に舌を巻いた深浦九段

 令和の覇者から終盤力を評価された山下三段。その読みの精度に深浦九段の口から「やばい」と本音が漏れた。「名局賞候補」と棋士らを震え上がらせた加古川青流戦の見切りについて、練習将棋で切磋琢磨する藤本六段は「実戦において連続王手の千日手で逃れたこともすごいですが、△6八銀と引っかけて、あらゆる受け方をされても先手玉を寄せきることができると、秒読みのなか、かなり早い段階で読みきっていたのが山下三段の才能です」と話した。ただ、快進撃を続ける山下三段には、押さえておくべきミッションがあった。

竜王戦は快進撃も、折り返し直前の三段リーグでは波に乗れず

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竜王戦本戦に向けて抱負を述べる山下三段

 竜王戦4組昇級を決めた際、新規定による次点付与で「四段」の権利を得た山下三段ではあるが、18局の成績で競う三段リーグ戦で降段点(勝率2割5分以下)を取らないという条件付きだ。5勝目を挙げれば「四段」確定という状況だったが、4勝2敗で迎えた6月のリーグ戦で山下三段は2連敗し、4勝4敗に。まだ5勝に届いておらず、「棋士」の権利が確定していない状況で竜王戦本戦の対局を迎えることになった。もともと早指しタイプではあるが、竜王戦の5時間という長い持ち時間に慣れたことで、奨励会の90分という持ち時間への「アジャストが大変です」と語っていた。

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竜王戦6組決勝で感想戦を行う谷合四段

 竜王戦本戦1回戦の谷合廣紀四段戦は6月25日に東京・将棋会館で行われる。6組を制した谷合四段は「山下さんは強いですが、プロの意地をみせたい」と抱負を述べた。山下三段は「これからも一局一局、丁寧に積み重ねたい」と謙虚だ。5組決勝直後のインタビューを見つめた兄弟子の山崎九段は「本戦での勝ち上がりにも期待したいです。注目を浴びて報道陣に囲まれるなか、受け答えがしっかりしている。16歳(対局当時)とは思えない落ち着きがあって頼もしかった。見習いたい」と、持ち味の自虐を交えてエールを送った。

終盤力はトップ棋士と遜色なし、粘りも身につけ「成長」示す夏に

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練習将棋で山下三段と腕を磨いている藤本六段

 果たして、山下三段は実力者が集う竜王戦本戦でどれくらい勝てるのか。彼の棋力を最も知る藤本六段は「終盤力はトップ棋士と遜色はないが、三段リーグの途中経過を見てわかるように、もろさもある。勝ち上がって藤井竜王への挑戦権を得る可能性もあるし、1回戦負けも普通にある」と展望した。初戦の谷合四段はパンチ力のある振り飛車党で「山下三段にとって鬼門となるでしょう」と付け加えた。

 以前は練習将棋で時間を残してあっさり投了し、先輩棋士をあきれさせることもあった山下三段だが、今はしっかり時間を使って粘るようになり、「成長した」と山崎九段らは認めている。竜王戦の持ち時間は5時間。公式戦の経験を重ねて「長考派」へと変貌しつつある山下三段が本戦でも才能の片りんを見せるのか。盤上没我する17歳の夏は、長くなるか、それとも……。