「監督が怒ってはいけない大会」に現れたヒーローに、子どもたちの表情が変わった【取材帳】
編集委員 田中富士雄
特撮テレビ番組の「仮面ライダー」シリーズで、少なくとも初代の主人公は完全無欠のヒーローじゃない。意に沿わず手術を施されて誕生した改造人間だから、次々に人類のピンチを救いながらも、自らのアイデンティティーについて悩んだ。ヒーローたちは、スタートから11年目の「監督が怒ってはいけない大会」にも現れた。彼らは子どもたちへ手を差しのべ、一方で自身の存在価値や未来像を模索し続ける実直なアスリートだった。
「おーい、来たぞ!」子どもたちと思いを共有

子どもたちの健闘をねぎらうパラ競泳の久保大樹選手。喜びも、悔しさも参加者と心の底から共有した(2024年10月の長野大会で)
バレーボールコートに立つ小学生6人のうち、中央で構えるリーダーだけが必死でボールに食らいつき、声を張り上げ、手を打ち鳴らしている。チームの後衛は明らかに幼い。試合そのものが初体験らしく、ハイタッチを求められても戸惑うばかり。失点続きのチームは沈没寸前だった。
昨年10月5日、長野県岡谷市で催された第2回長野大会で、サポートメンバーのパラ競泳・久保大樹選手(36)が体育館の一角に駆けつけたとき、焦りやもどかしさの入り交じったリーダーの表情に「孤独」が浮かんでいた。「おーい、来たぞ!」。久保選手は、とびきりの笑顔で力いっぱい叫ぶ。孤独の苦しみは、過去に痛いほど味わっていた。
幼少期から水泳に没頭し、全国高校総体のメドレーリレー優勝などを経て、日本体育大で主将も務めた。教職に就いていた24歳の秋、急激な筋力低下やまひを引き起こす神経疾患の難病「ギラン・バレー症候群」を発症。孤独なリハビリ生活を強いられ、パラ競泳に生きがいを見いだした。
東京パラ落選の悪夢…でも孤独じゃなかった
2018年アジアパラ大会は金メダル2個。トップスイマーとして21年東京パラリンピック代表に内定したが、直前の国際クラス分けで、出場種目の資格を満たしていないと判断される。内定は取り消し。「頑張って、はい上がって、やっとつかんだチャンス。それが目の前で消えた。『俺が何か悪いことしたんか』って絶望し、また孤独に襲われました。でも……」
告白は続く。

担当チームの勝利を喜ぶ元プロ野球選手の生山裕人さん(右端)。アスリートの応援は子どもたちに力を与えた(2023年6月の広島大会で)
「(いずれも世界的パラスイマーの)鈴木孝幸さん、富田宇宙君と食事する機会があり、僕の内定取り消しに宇宙君が『そんなのおかしい』と号泣したんです。ええ年のおっさん3人が、周りも気にせずボロボロ泣いた。考えたら、いっぱい支えてくれる人はいた。孤独じゃなかったんです」
さて、長野大会で沈没間近のチームを目の当たりにした久保選手は、孤軍奮闘のリーダーを「今の声かけ、ええぞ」と鼓舞し、呼応を始めた仲間に「ナイスチャレンジ」と拍手を送る。一方的にやられるばかりだったチームは、3試合目の第2セットだったか、19―21の大接戦を演じた。
一つの得点に全員が跳び上がり、子どもたちは劇的な変化を遂げた。久保選手は「プレーする小学生が『バレーって楽しい』と感じる瞬間に立ち会えたようで、『自分もこうやって力になれる』と実感して、メチャクチャうれしかったんです」と振り返る。
“変身”を解いた後も、主人公として…

アスリートとの連携は、スポーツ選手らの社会貢献活動を推進する日本財団「HEROs(ヒーローズ)」が協力する形で実現した。「監督が――」が22年の同財団「ヒーローズ アワード」を受賞した際、大会の看板である元バレー女子日本代表の益子直美さん(59)が事務局に相談したという。23年6月にスタートし、今年5月末現在で、参加者は延べ72人まで膨らんだ。
長野大会で窮地に陥った子どもを見かね、久保選手に応援を要請したのはヒーローズ事務局の小関華奈さん。「久保さんの応援や助言で、子どもの顔が変わっていくんです。『アスリートってすごい』『スポーツって素晴らしい』と感激しました」と回想し、「それに」と言葉を添える。
「半信半疑のアスリートもいるんです。競技の成功体験が、指導者に怒られて育った過去と結びついているので。でも、大半の方は益子さんたちに接して『自分が抱えてきた課題に対してアクションを起こさなければ』とか『アスリートの力はどう使うべきか』とか、大切な思いを持ち帰ってくれます。単なる協力ではなく、すごく勉強させていただいていると感じます」
益子さんらの「ほかのスポーツにも広がってほしい」との願いに触発され、一部のアスリートは大会サポートメンバーへの“変身”を解いた後も、主人公として「監督が――」の輪に加わる意思を固めた。つまり、他競技アスリートによる公認大会が生まれた。
理念の継承を誓って「仮面ライダー2号」よろしく、ヒーローたちは自走し始めた。
ヒーローたちが広げた社会貢献活動

被災地支援のため、小型重機の運転資格講習に臨んだ元アーティスティックスイミング日本代表の杉山美紗さん(3月11日、長野県小布施町で)
ヒーローズ内に2023年12月、大規模災害に見舞われた被災地のサポートに取り組む「災害支援チーム」が発足した。図らずも昨年元日に能登半島地震が発生し、秋の豪雨災害が重なって、被災地は壊滅状態。チームは頻繁に現地へメンバーを派遣しており、現役、引退後を問わず延べ489人(5月22日現在)のアスリートが土木作業や学校訪問などの支援に携わった。
長野県小布施町で行われた小型重機の運転資格講習会を通じて、29競技の計55人が整地や解体に必要な資格を取得した。その多くが実際に、被災地でガレキ撤去作業に従事している。
このうち元アーティスティックスイミング日本代表の杉山美紗さん(34)は「監督が――」にも複数回、参加しており、明るいキャラクターが大人気。「とにかく子どもの様子を観察し、それぞれの素晴らしい部分を見つけ、さらに『その子なりのチャレンジは何なのか』を考えながら声をかけて、私も一緒に成長しています」と話す。
ヒーローズは多岐にわたる社会貢献活動を展開しており、参考までに紹介しておくと、直近の24年「ヒーローズ アワード」受賞者はプロボクシングの那須川天心選手らだった。
「取材帳」は記者が取材帳に書き留めた情報をもとに、独自の視点でテーマを深掘りします。