「アフター万博」の成功例か 大阪・千里ニュータウン 大規模住宅開発の先進モデルに

住宅地の向こうに見える「太陽の塔」と万博記念公園の緑
大阪・関西万博は開幕以来、大勢の人が訪れている。そんなにぎわいを思い出させるのが、55年前に開かれた「日本万国博覧会」。会期中、6千万人以上が訪れたアジア初の万博は、会場となった大阪・北摂地域の発展に大きなインパクトをもたらした。特に象徴的なのが隣接する千里ニュータウン(大阪府豊中、吹田両市)。竹藪が広がる丘陵地は約10万人が暮らす巨大都市に成長した。万博と開発。社会が急速に変わる時代の先進モデルになった。

千里ニュータウン情報館に飾られている住民から贈られた「千里万国春」の書と曽谷博之さん=大阪府吹田市(河合洋成撮影)
「千里万国春」
「千里万国春(しゅん)」。北大阪急行桃山台駅から北へ。新千里隧道の入り口に、ある扁額が掲げられている。気付く人はほぼいない。
揮毫したのは当時の府知事、左藤義詮氏。「東洋一の千里ニュータウンがあったればこそ、その隣が脚光を浴びた」との言葉を残す。千里ニュータウン情報館(吹田市)の曽谷博之さん(64)は「人工都市造りと万博開催を同時進行させたその手腕を評価すべきだ」と強調する。

田畑と竹林が広がる千里丘陵に世界的イベントがやってくる。知事の大号令のもと、大阪は動き出す。開催決定からの準備期間は5年。その中で最優先事項の一つだった万博までの大量輸送路として、同急行の整備が加速、同タウンも急発展する。大阪市営地下鉄(当時)の江坂駅から北上し、千里中央駅で東進して万国博中央口駅に至る路線は会期中、約4150万人を運ぶ大動脈となった。
70年安保、東西冷戦激化の時代に「人類の進歩と調和」をテーマに開かれた万博。「平和でないとまちは滅びる。そんな願いで左藤さんは万博の成功を千里の将来に重ね、この『千里万国春』という言葉を考えた」(曽谷さん)

「下の道路が万博路線だった」と話す奥居武さん。旧千里中央駅があった=大阪府豊中市(柿平博文撮影)
交通の要衝に
戦後復興から高度経済成長期に入った時代。猛烈な人口流入に伴う住宅不足に悩まされた大阪府は、都心部から15キロ圏内にありながら「手つかずの里山」だった千里丘陵に目を向けた。昭和33年、日本初の巨大ニュータウン建設を決め、2年後にマスタープラン(基本計画)を策定。翌年、開発が始まる。
自然を切り開き、広さ約1160ヘクタール、計画人口15万人という東洋一の巨大都市を造る。「府の職員には満州帰りの技術者がいて『満州でできなかったことを大阪でやろう』と庁内は未来のまちづくりにかけた情熱にあふれていたと聞いている」。同ニュータウンに詳しい千里パブリックデザイン理事長の奥居武さん(66)は語る。
そして、ムードが極まったのが万博誘致の成功だった。国家プロジェクトの資本投下で会場整備はもちろん、周辺開発として同タウンも大きな恩恵に浴す。
新御堂筋や大阪中央環状線の縦横の道路軸。鉄道は同急行だけではなく、先に阪急千里線が北千里駅まで延伸された(万国博西口駅を仮設)。箕面・桜井駅まで結ぶ計画もあったという。
万博が開かれた45年、同タウンは完成する。交通の要衝となり、大阪都心部に直結したその利便性は「グレーター千里」としてもてはやされた。
緑と街の調和
万博とセットになった同タウンの注目度は万博終了後も衰えなかった。副都心として都市化する案もあった会場は一転、緑地公園化へと大きく方向転換する。パビリオンの瓦礫を埋めた土地に植栽し、わずか30年で「森」を造る目標を掲げた。万博で見せたのは人類の進歩。では、「調和」とは何か-が問われた反省からといい、公害問題が噴出した時代背景もあった。
失った緑の再生だけではない。文化が千里を彩る。跡地には国立民族学博物館などが開設され、周囲には大阪大学などの研究機関も。単なるベッドタウンではない付加価値が千里一帯のイメージをアップした。「ただの住宅開発ではなく、その後の博覧会を含めた都市開発の原型になった」(奥居さん)。
万博効果は「吹田市内の基盤整備にもつながった」とは同市立博物館学芸員の藤田裕介さん(35)。見渡す限り田んぼだった江坂駅周辺はビル街に一変。下水道整備などへの巨額のインフラ投資で「吹田は一気に発展した」という。
還暦を過ぎ、同タウンは住民の高齢化、団地の老朽化に加え、商業施設の閉鎖、千里阪急ホテルの撤退(来年3月)が重なる。同急行延伸で地盤沈下も心配されている。しかし、同情報館ではまちの歴史を学ぶ子供たちの姿があった。千里と万博のレガシーは今も語り継がれている。(河合洋成)
千里ニュータウン
開発開始後、昭和37年、入居が始まる。50年には過去最多の約13万人に。一時9万人弱にまで減ったが、現在は10万人台と復調傾向にある。次世代に向けた住宅や施設の新陳代謝を図るため、大阪府と吹田、豊中両市などが大規模な再生事業を進めている。