セーターから自動車まで「すべての業界」に影響? 日本発の「破壊的技術」...「スパイバー」人工繊維の可能性とは

セーターから自動車まで「すべての業界」に影響? 日本発の「破壊的技術」...「スパイバー」人工繊維の可能性とは

スパイバー代表の関山和秀 JEYUP KWAAK

<宇多田ヒカルとのコラボでも話題に。あらゆるものの生産方法を覆す山形県発の「人工タンパク質繊維」が100年後の地球を救う>

庄内地方の数千年前から続く水田の隣で、大きな夢が成長している。山形県鶴岡市に拠点を置くSpiber(スパイバー)は2007年の創業時からスタートアップ企業が直面する不確実性と戦いながら、着実に歩み続けてきた。

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同社が手掛けるのはセーターから自動車まで、あらゆるものの生産を根本から変える可能性を秘めた世界最先端のテクノロジーだ。

社名は「スパイダー」と「ファイバー」から成る造語(起業のきっかけはクモの糸の研究だった)。同社はファッション業界の革命にとどまらない、はるかに大きなビジョンを描く。

スパイバーの開発する素材が世界に広まれば、環境負荷を最小限に製品を生産する循環型経済の実現にかつてなく近づくかもしれない。

「プロジェクトを立ち上げて20年、長期的で大きなインパクトを世の中に与えられることにぶれずに集中してきた」と、関山和秀代表は言う。「熱意を持ったメンバーが集まっていて、モチベーションはすごく高い」

スパイバーの「ブリュード・プロテイン」素材を生み出す技術、特にその汎用性は素人目には信じ難い。サトウキビを主原料に微生物発酵で作られるこの人工タンパク質繊維は生分解可能。アパレル向けでは、動物由来のウールやカシミヤを上回る細さや質感の糸や生地を製造できる。

ブリュード・プロテインの粉末 COURTESY OF SPIBER

20年間の研究を経て、「ブリュード・プロテイン」を驚くべき方法により分子レベルで改変することで、理論的にはタンパク質を基盤とするものはほぼ何でも作れることが示された。人工肉やレザー、防水透湿素材、炭素繊維との複合化など可能性は無限だ。

ただし、世界がこのような「破壊的技術」を受け入れる準備ができているかどうかは別問題だ。この技術で全てのタンパク質由来の原材料が置き換え可能になり、大量生産できるようになれば、どの業界も影響を免れない。

例えばファッション業界。スパイバーの生地は、洗濯のたびにマイクロプラスチックを水中に放出する石油由来の安価なポリエステルに取って代わるかもしれない。しかし、最高品質のカシミヤを低コストで完璧に模倣できるとしたら、企業はこの破壊的変化を受け入れるだろうか。

世界中のファッション業界が製造過程の環境負荷の低減を公言しているが、専門家によると実質的成果はほとんど出てない。

職人技を思わせる姿勢

しかし、モダンな本社会議室で取材に応じた関山は気にしていないようだ。50年、100年という長期目標を目を輝かせて語る。研究の詳細についても驚異的な速さで説明してみせる。研究内容と独自技術、必要になった修正......。

本社ラボの小規模微生物培養装置 COURTESY OF SPIBER

スポーツアパレルのゴールドウイン(Goldwin)やハイブランドのバーバリー(Burberry)から化粧品の資生堂、歌手の宇多田ヒカルまでそれぞれのコラボレーションは新たな展開や成長をもたらしたが、関山は謙虚さと当初の決意を忘れない。

その姿勢は日本の職人技を思わせる。「これで絶対にOKだと思ったことは、たぶん一度もない」

関山はスタートアップの難しさを正直に語る。創業からほぼ20年、スパイバーはいまだに黒字転換を果たしていない。

世界を見渡せば、数百万ドル以上の投資を調達した競合企業やエコフレンドリーをうたうファッション系スタートアップが次々に倒産している(スパイバーは外資系ファンドのカーライル・グループや政府系のクールジャパン機構、塗料大手の関西ペイントなどの支援を受けている)。

それでもひるまない関山は、思わぬひらめきが訪れた日を今も鮮明に覚えている。高校時代、教室でルワンダ大虐殺のドキュメンタリーを視聴した。約100日間の内戦で80万人以上が犠牲になった近年で最悪の悲劇の1つだ。

人々の苦しみに衝撃を受けた関山は、原因の1つが資源をめぐる争いだったと知り、そうした分野で人々に希望をもたらす何かをしたいと心に決めた。

独自のブリュード・プロテイン繊維を使用したYUIMA NAKAZATOとdoublet(ダブレット)のコレクション COURTESY OF SPIBER (4)

東京生まれの関山が東北に移住したきっかけは、世界的科学者の冨田勝・慶應義塾大学教授との出会いだった。

同大は2001年、冨田の主導で鶴岡に先端生命科学研究所を設立。この研究所で関山は04年、後輩の菅原潤一とクモの糸の研究を開始し、わずか3年後に起業家の道を歩み始めた。

関山は言う。「人類の50年後、100年後を考えたとき、必ずスパイバーのような技術を基盤にして、新しいサプライチェーンやバリューチェーンがつくられるだろう」

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2024年の全国ツアーで「スパイバー(Spiber)」のブリュード‧プロテインでできた衣装を着用した宇多田ヒカル。デザインは「A-POC ABLE ISSEY MIYAKE」チームが手がけた ジェヨブ・S・クァック(韓国在住ジャーナリスト)